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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第4章 自律と観測

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幕間4-3:構想と肥大

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

これは、死の森に阻まれた辺境の村に、帝国の皇帝という特大の「厄介な客人」が訪れた後――そして、王国軍という次なる厄介事がやって来る前の話である。


追放された元宮廷魔術師アシュランが来てからというもの、ウルム村は急速な発展を遂げていた。 水路が整備され、耐熱煉瓦の工房が稼働し、農地が広がるにつれ、周辺から流れてくる難民や、噂を聞きつけた行商人など、人の出入りが目に見えて増え始めていたのだ。


人が増えれば、当然ながら相談事や揉め事、そして管理すべき物資の量も跳ね上がる。

当時の村にはまだ、それらを一括して処理する「公的」な拠点がなかった。


結果としてどうなったか。

村の中心から少し離れた、小高い丘の上に建つアシュランの「自宅」に、あらゆる案件が持ち込まれるようになってしまったのである。

極めつけは、神聖帝国皇帝ヴァレリアンの極秘訪問だ。あろうことか、あの皇帝との会談までもが、アシュランの自宅の応接室で行われる羽目になったのである。


「……またか」


図面を引いていたアシュランが、羽ペンを置いてため息をつく。

窓の外では、ギード村長を筆頭に、農作業班のリーダーや商人が、何やら難しい顔で列を作っていた。彼の自宅は、本来彼自身の休息と個人的な研究のためのプライベート空間である。それが今や、朝から晩まで泥靴の訪問者が絶えない「臨時役場」と化していた。


「俺の家は村の集会所じゃないぞ。この前は皇帝まで上がり込んできたし……」


生活空間と業務空間の混線。これは、極度の合理主義者であるアシュランにとって、最も耐え難いストレスであった。


「師匠、お茶のお代わりを淹れますわね。……あら、また外にお客さんが来ていますわ」


同居しているエレノアが、暢気な声で窓の外を覗き込む。彼女は聖女として村人から慕われているため、彼女目当ての相談者も少なくなかった。


「もう限界だ」


アシュランは立ち上がり、頭を掻き毟った。

見栄や体裁の問題ではない。村の運用上の必然として、そして何より自身の安らかな睡眠と研究環境を守るために、専用の「中枢施設」が必要なのだと、彼は痛感していた。



その日の午後。

まだ本格的な集会所もなく、ギードが仮の執務スペースとして使っていた小さな空き家に、村の首脳陣が集められた。


「というわけで、村の中央に公的な建物を一つ造る。俺の家にこれ以上、土を持ち込ませるな。次に皇帝クラスの要人が来ても、もう自宅で相手をするのは絶対に御免だ」


アシュランの開口一番の宣言に、ギードは苦笑いしながら頷いた。


「まあ、そうじゃろうな。村が大きくなって、わしもこの狭い空き家では書類の置き場にも困っとったところじゃ。村の役場兼、行商人や要人を通せるような、広くてしっかりとした建物が要るな」


ギードの意見に、同席していたカインが手元の羊皮紙にメモを取る。


「外部からの使者や要人を歓待する機能を持たせるなら、名前は『迎賓館』とするのが体裁が良いでしょう。先日のように皇帝陛下や、それに準ずる観測官などが来た際にも、あばら家やマスターの自宅に通すわけにはいきませんからね」


「迎賓館か。まあ、名目は何でもいい。要は機能をどう集約するかだ」


アシュランは白紙の羊皮紙を広げ、没食子(ぼっしょくし)インクでラフな四角形を描き始めた。


「ギード。あんたの執務室……村長室は要るだろうな」


「うむ。誰でも泥靴のまま、気安く相談に来られる場所がよいのう」



「なら一階だ。入り口のすぐ横に配置する。導線が一番短いからな」


アシュランは四角形の右下に『村長』と書き込む。


「おぬしの執務室も要るじゃろ?」


「俺のは最上階だ」


アシュランは間髪入れずに答え、四角形の一番上に線を引いた。


「俺は集中して図面を引きたい。用もないのにみんなが気軽に来られると困る。物理的な距離と階段という障害を設けて、不要な来客を選別する」


「おぬしらしいと言うか、何と言うか……」


ギードが呆れたように笑う。

ともかく、これで基本的な機能の配置は決まった。


「では、一階は受付と村長室、二階を俺の執務室兼、来客の応接室とする。手堅く二階建てで――」


アシュランがそう締めくくろうとした時、隣から静かな待ったがかかった。



「……あの、マスター。一つよろしいでしょうか」


カインが控えめに手を挙げた。


「私の研究室兼、私室もその建物に組み込んでいただけないでしょうか。現在、私は工房の片隅に寝泊まりしていますが、外部からの使者への対応や、夜間の魔力観測を行うには、村の中央に拠点を置いた方が都合が良いのです」


「ふむ。確かに、外からの情報を整理する人間が中枢にいるのは理にかなっている。いいんじゃないか?一部屋割り当てよう」


アシュランが図面に『カイン室』と書き足すと、今度は向かいに座っていたエレノアが身を乗り出した。


「ずるいですわ! なら、私にもお部屋が欲しいですわ!」


「なんだ。てことは、やっとお前、俺の家から出て行くのか?」


アシュランが少しホッとしたような顔で言うと、エレノアは頬を膨らませた。


「それとこれとは別ですわ、師匠! 私の居住空間はあの小高い丘の家です! でも、聖女としての執務や、精霊さんたちとお話しするための静かな『祭壇の間』が必要ですわ! お客様が来た時に、お茶の準備をしたり、身だしなみを整えたりする控室だって要るじゃありませんの!」


エレノアの主張は感情的ではあったが、結果的に「来客時の控室」「迎賓の準備室」という、運用上欠かせない機能を突いていた。先日の皇帝来訪時にも、エレノアはアシュランの自宅の応接室の隅に作業台を設けて、そこでお茶を淹れるという窮屈な対応を強いられていたからだ。


「……チッ。まあいい、一理ある。だが二階建てではスペースが足りなくなったな。階層を増やすしかないな」


アシュランは二階建ての図面を横線で割り、三階、四階と枠を増やしていく。


「一階に村長室と受付、それに大きな会議室。二階は客室と、完璧な空調設備を整えた応接室。三階は村の管理室と書庫。そして四階の最上階を、俺とカイン、エレノアの専用区画プライベートとする」


図面の形が、急速に縦に伸びていく。

だが、アシュランのペンは止まらなかった。彼は図面の一番下、地面のラインよりも下に、さらに大きな四角形を描き込んだのだ。


「そして、地下を一区画掘る」


「地下じゃと? なぜそんなものが要る?」


ギードが怪訝そうな顔をする。アシュランは木炭を置き、真剣な顔で説明を始めた。


「温度安定保管庫だ。これから村が発展すれば、食糧、薬品、種子、そして精密な魔道具の素材など、莫大な物資を管理することになる。これらはすべて、温度や湿度の急激な変化に弱い」


「なるほど……」


「地下は年間を通して温度が安定しやすい。干し肉も、薬草も、塩も、そして記録用の羊皮紙もな。物資管理を村の運用中枢でやるなら、保管庫を地下に切るのが最も合理的だ」


アシュランは図面の地下部分をトントンと叩いた。


「腐らせないことは、生産することと同じくらい重要だ。俺たちの生存確率を上げるための、必須の基板だよ」


「……うむ。おぬしがそこまで言うなら、必要なんじゃろうな」


ギードが納得したように頷く。

さらに、カインが図面の最上階を指差した。


「マスター。四階建てとなれば、村で最も高い建物になります。ここに観測用のテラス、あるいは広いバルコニーを設けてはいかがでしょう。村の外周、西の街道、そして森の天候の変化を、誰よりも早く察知できます」


「監視塔の代わりというわけか」


「監視ではありません。あくまで『観測』です。情報伝達のタイムラグをなくすための、合理的な配置ですよ」


「悪くない。採用だ。4階と最上階に全方位を見渡せるバルコニーを追加する」


アシュランがガシガシと図面を書き換えていく。

その様子を後ろで見ていた村の大工頭が、顔を引き攣らせて声を震わせた。


「あのぅ、アシュラン様……。最初、手堅く二階建てって話でしたよな?」


「二階建てだと機能が足りない。だから増やす。何か問題があるか?」


「いや、問題っていうか……これ、村の役場っていう規模じゃねぇですよ! 城か砦の図面だ!」


「名前は『迎賓館』だ。文句があるならギードに言え」


丸投げされたギードが、深々とため息をついた。

贅沢をしようとしたわけではない。ただ、村の現実的な要望と、アシュランの異常なまでの合理性をすべて積み込んでいった結果、過積載の巨大建築物が図面上に誕生してしまったのだ。


「こうなったら、腹を括るしかないのう。村の総力を挙げて建てるぞ!」


ギードの号令と共に、当初の予定から大きく姿を変えた「迎賓館」の建設プロジェクトが幕を開けたのである。



それから数ヶ月。

ウルム村の中央に確保された広大な建設現場は、連日、村人たちの熱気と職人たちの怒号に包まれていた。


「おい、もっと深く掘れ! アシュラン様が指定した地層まで届いてねぇぞ!」


大工頭の指示の下、まずは深い地下掘削から工事は始まった。

強固な岩盤を精密な魔力操作で砕き、耐熱煉瓦で壁を補強していく。形になり始めた地下保管庫に足を踏み入れた職人たちが、驚きの声を上げていた。


「おお、こりゃひんやりしてるな。夏でも涼しそうだ」


「確かに、こりゃあ麦や干し肉の保存にはうってつけだべ」


アシュランの「温度安定」という理屈が、現場の肌感覚として証明された瞬間だった。


基礎工事が終わり、上階の骨組みが組み上がり始めると、今度はその異常な「高さ」が村人たちを圧倒した。

地上四階建て。それは、平屋ばかりの辺境の村において、天を突くような巨塔に等しかった。


「マスター。あそこからなら、東の街道の砂埃も、西の森の煙も、一目瞭然ですね」


建設中の足場から見上げながら、カインが満足げに頷く。

その横で、アシュランは図面と睨めっこしながら、職人たちに細かい指示を飛ばし続けていた。


「三階南側の窓の位置がずれている! 風の抜けが悪くなるだろうが、やり直せ! 四階のバルコニーの視界角も甘い、手すりの高さを下げろ!」


理詰めで容赦のないダメ出しに、職人たちが半泣きで作業をやり直す。

そこに、エレノアがカゴいっぱいの差し入れを持ってやってきた。


「皆様、お疲れ様ですわ! あら、師匠。二階の客室の廊下ですが、少し殺風景じゃありませんこと? もう少し動線を広くして、角に花瓶でも置ける丸みを持たせた方が、お客様も歩きやすいですわよ」


エレノアは見た目の華やかさ(装飾)のつもりで提案したのだが、アシュランはその言葉にピクリと反応した。


「……なるほど。角を削れば死角が減り、来客の案内動線がスムーズになるな。採用だ。おい、二階の廊下の設計を変更するぞ!」



「またですかァ!?」


現場に職人の悲鳴が響き渡る。

そんな光景を少し離れた場所から見ていたギードが、苦労の滲む顔で笑った。


「やれやれ。立派なのはええが、あれは迎賓館なのか、役場なのか、それとも砦なのか、さっぱり分からん建物になってきたのう」


その呟きを耳ざとく拾ったアシュランが、足場の上から振り返って言い放った。


「全部だ。この村の生存に必要なインフラの、すべてをあそこに詰め込む」


見栄えのための城でもなく、権力の象徴でもない。

ただひたすらに「機能」と「必要性」を追求し、村人全員の要望を呑み込んだ結果生まれた、異形の巨大建築。


当初二階建ての予定だったそれは、赤く美しい耐熱煉瓦と継ぎ目のない石材で構成された、地上四階・地下一区画の堅牢な要塞へとその姿を変えていた。

名は「迎賓館」のまま。だが、その実態は間違いなく、この急成長するウルム村の心臓であり、頭脳となる中枢施設であった。


村の風景を一変させるその巨大な建物は、完成の時を目前に控えていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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