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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第4章 自律と観測

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第63話:噂と定義

お読みいただき、ありがとうございます。

このたび本作が、

[日間] 異世界転生/転移〔ファンタジー〕ランキング(連載中)120位に入ることができました。


ひとえに、読んでくださった皆さまのおかげです。

本当にありがとうございます。


これからも楽しんでいただけるよう、引き続き執筆していきますので、

どうぞよろしくお願いいたします。

ウルム村の入り口に新設された『対外折衝ギルド』の受付所は、今日も朝から慌ただしい空気に包まれていた。


「次の方、どうぞ。……はい、商会の登録証ですね。確認します」

「そちらの方は? ただの観光? ……まあ、村の中を見て回るだけなら構いませんが、畑や工房への立ち入りは禁止ですよ」


窓口に立つロイルは、次々と訪れる来訪者を捌きながら、ふと首を傾げた。

手元の記帳簿に並ぶ名前の属性が、以前とは明らかに変わってきているのだ。


少し前までは、鉄や作物を買い付けに来る「商人」がほとんどだった。彼らの目的は明確で、金と物を交換すればそれで済んだ。

だが、最近増えているのは、そうした実利目的の客だけではない。


「……あの、少しよろしいですか?」


窓口にやってきたのは、旅装に身を包んだ吟遊詩人風の男だった。


「この村の『空飛ぶ石』について歌を作りたいのですが、取材許可をいただけますか?」


「はぁ……。クレーンのことですね。危険なので現場には近づかないでください」


その後ろには、地図職人を名乗る男が控えている。

さらにその奥には、明らかに身分を隠した他国の密偵風の男たちが、鋭い視線で防壁の高さを測っている。


彼らは「買う」ために来たのではない。「見る」ために来たのだ。

まるで珍しい獣か、あるいは古代遺跡でも見物するかのような、値踏みする視線。


「……どうした、ロイル。手が止まってるぞ」

休憩に入った古株の係員が声をかけてくる。


ロイルはペンを回しながら、窓の外の行列を見つめた。


「いや……。最近、通り過ぎるだけの人が減ったなと思って」


「ん? 商売繁盛でいいことじゃないか」


「そうなんですけどね。……なんというか、立ち止まって『じろじろ見る人』が増えた気がするんです」


ロイルの違和感は正しかった。

アシュランが築き上げ、村人たちが育てたこの「システム」は、もはや、隠そうとしても隠れない光を放っていた。

光が強ければ、虫が集まる。

そして集まった虫たちは、見たものをそれぞれの巣へ持ち帰り、好き勝手な言葉で語り始めるのだ。



昼時。村唯一の宿屋兼酒場『赤煉瓦亭』は、外からの客と、昼休憩の村人たちで満席になっていた。

活気ある喧騒の中、あちこちのテーブルで「噂話」が飛び交っている。


「おい、見たか? ここの道路」


窓際の席で、帝国の行商人が同業者に話しかけている。給仕をしていた村の若者が、何気なく耳をそばだてた。


「ああ。雨が降ってもぬかるまない。それに、荷車の車輪が吸い付くように回る。……魔法か?」


「いや、もっと恐ろしい話もある。……聞いたんだが、この村には王国の徴税官が常駐していないらしい」


「は? 馬鹿な。これだけの規模だぞ? 税を取らない領主がいるかよ」


「いやさ、それがな。……ここは元々、どこの国にも属さない追放者たちが暮らす場所だったんだよ」


商人は声を潜め、しかし確信に満ちた口調で言った。


「それが今じゃ『自治都市』ってやつさ。帝国と王国の間にできた、どっちにも属さない独立国家。……だから、あんなバカでかい防壁と、独自の法律があるんだ」


「なるほど……。そう考えれば合点がいくな」


給仕の若者は、思わず吹き出しそうになるのを堪えて厨房へ戻った。

(独立国家だってさ。ギード村長が聞いたら腰を抜かすぞ)


彼らにとって、ここはあくまで「少し便利な村」でしかない。徴税が来ないのは、単にアシュラン様が追い返したからだ。


だが、噂はそれだけではなかった。

別のテーブルでは、傭兵風の男たちがジョッキを片手に議論している。


「あの倉庫の配置、見たか? 完璧な『兵站(へいたん)基地』の造りだ」


「ああ。物資の搬入路と搬出路が完全に分かれている。それに、あの『タグ』とかいう管理札……。あれは軍隊の補給部隊が使う暗号そのものだ」


男たちは、真剣な顔で村の手書きの地図を指差している。


「武器工房の煙も絶えない。……表向きは農具を作ってるってことらしいが、裏じゃ何を作ってるか分からんぞ」


「ちげぇねぇ。あのクレーンだって、石を運ぶふりをして、攻城兵器の実験をしてるのかもしれん」


厨房で皿を洗っていたヘイムが、その話を聞いて苦笑した。

(攻城兵器? ドルガンの旦那が作ってるのは、さらに楽をするための『自動脱穀機』だよ)


事実と妄想が入り混じり、勝手な解釈が付け加えられていく。


そして、最も多くの人々が囁き合っているのが、この噂だった。


「……賢者の実験場」


奥の個室で、身なりの良い学者が呟いた。


「水が勝手に流れる管。熱を逃がさない壁。そして、重力を無視する滑車。……こんな技術、一介の村人が思いつくはずがない」


「と、いうと?」


「どこかの大賢者が、この村全体を使って、新しい魔法理論の実験を行っているに違いない。……住人たちは、そのためのモルモットだ」


その言葉に、たまたま通りかかったロイルは足を止めた。

即座に否定しようとした。「俺たちはモルモットじゃない、自分たちで考えてやってるんだ」と。

だが、言葉は喉元で止まった。


(……完全な嘘、とも言い切れない、か)


アシュラン様はよく言う。「俺が楽をするために、お前らが実験台になれ」と。

結果的に便利になっているから誰も文句は言わないが、外から見れば「賢者の実験場」というのは、ある意味で一番真実に近いのかもしれない。


「……吟遊詩人の法螺話(ほらばなし)より、現実のほうがよっぽど奇妙だな」

ロイルは肩をすくめ、客に追加のエールを運んだ。


彼らにとって、これらの噂は「酒の肴」程度の笑い話でしかなかった。



午後。

酒場での噂話は、またたく間に村人たちの間に広まった。

だが、そこに危機感はない。むしろ、彼らはそれを面白がり、冗談のネタにし始めていた。


「よお、ベルン! 『軍事拠点』のパン屋殿、今日の兵糧(パン)の焼き加減はどうだ?」


鍛冶場にパンを届けに来たベルンを、職人たちがからかう。


「うるせぇよ。……そっちこそどうなんだ? 『秘密兵器工場』のドルガン将軍?」


「がはは! 違いない! 今作ってるこの『自動水やり機』は、敵の足を泥沼に沈めるための兵器だからな!」


ドッ、と笑いが起きる。

彼らにとって、自分たちが「怖い場所」だと思われていることは、ある種の優越感でもあった。

舐められるよりはマシだ。


「ロイル、聞いたか? 俺たちは『自治都市ウルム』の市民様らしいぞ」

「へへっ、出世したもんですね。……じゃあ、受付所の看板も書き換えますか? 『ウルム帝国・入国審査所』って」


平和な昼下がり。

自分たちに向けられた「定義」の危うさに気づく者は、まだ誰もいなかった。


ただ一人を除いて。



夕暮れ時。

村長の家の縁側で、ギードは一人、パイプをふかしていた。

その視線の先には、賑やかに仕事を終えて帰宅する村人たちの姿がある。


「……自治都市、軍事基地、実験場、か」


ギードは、風に乗って聞こえてきた単語を、口の中で転がした。

苦い味がした。


「どれも外れじゃ。……じゃが、どれも『そう見える』だけの理由は揃ってしまっておる」


ギードは知っている。

アシュランが作ったのは、ただの便利な村だ。

だが、その便利さが突出してしまった今、外の世界はそれを「ただの村」として放っておいてはくれない。

人間は、理解できないものに名前をつけたがる生き物だ。

名前をつけることで安心し、分類し、そして――対処しようとする。


「軍事基地」と呼ばれれば、軍が来る。

「自治都市」と呼ばれれば、国家が来る。

「実験場」と呼ばれれば、欲深い者たちが来る。


「中身が何であるか、など関係ない。……どう呼ばれるか、それが問題なんじゃ」


ギードは紫煙を吐き出した。

村人たちは笑っている。アシュランも「くだらん」と鼻で笑うだろう。

だが、長としてこの地を守ってきたギードには、その笑い声の裏で、見えない鎖がジャラジャラと音を立てて村を縛り始めている音が聞こえるような気がした。


「……名前をつけられる、というのは、面倒なことじゃな」


ギードは立ち上がり、沈みゆく夕日を見つめた。

夜が来る。

言葉という名の影が、村を覆い尽くそうとしていた。



村の入り口。

一日の仕事を終え、次の街へと向かう行商人の馬車が出発しようとしていた。

御者台に座る商人は、振り返ってウルム村の全景を眺めた。


高い防壁。

規則正しく並ぶ明かり。

そして、夜になっても止まない、低い機械の駆動音。


「……いい商売だったな」

隣に座る相棒が言う。

「ああ。鉄の質もいいし、何より取引が早くて助かる。……だが」


商人は懐から地図を取り出した。

ボロボロの羊皮紙に描かれた、この辺境の地図。

そこには、ただの点として「ウルム村(追放地)」と記されているだけだ。


「この地図は、もう使い物にならんな」


商人はペンを取り出した。

そして、「ウルム村」という文字の横に、小さく、しかしはっきりと書き足した。


『(自治都市?)』


「まあ、なんにせよ……“普通の村”じゃないのは確かだ」


商人は馬に鞭を入れた。

馬車が走り出す。

彼が書き込んだその小さなメモは、次の街で酒場の噂となり、やがて商会を通じて王都へ、そして世界へと広がっていくだろう。


ウルム村は変わらない。

今日も明日も、アシュランのために、そして自分たちのために、快適さを追求して働くだけだ。

だが、世界にとってのウルム村は、今日この瞬間から変質した。


「辺境の寒村」から、「正体不明の勢力」へ。

その小さな書き込みが、やがて別の地図を書き換えることになるとは、まだ誰も知らない。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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