第6話:追放者たちの技術と水車の産声
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「水車」という、村人たちが聞いたこともない構造物を作る。
水路を完成させた俺の言葉は、以前とは違う重みを持っていた。村人たちは「水車」という聞き慣れない言葉に疑問を挟むことなく、ただ、やる気に満ちた顔で俺の次の指示を待っていた。
「アシュラン、まずは何から始めるんだ?」
翌朝、俺の小屋には村の男たちが集まっていた。その目の色は、昨日までのものとは明らかに違う。そこには、諦観ではなく、かすかな期待と、ものづくりに対する純粋な好奇心が宿っていた。
俺は、数枚の羊皮紙に描いた設計図を広げた。
「まず、計画を説明する。水車は、昨日掘り当てた水路の終着点、つまり川岸に設置する。あの場所なら、一年を通して安定した水量と流速が得られることを測量済みだ」
俺の言葉に、村長のギードが頷く。
「確かに、あの辺りは川岸も固く、増水時にも土砂崩れが起きたことはないな」
「次に設計だ」
俺は別の図面を指さした。
「俺たちが作るのは、『ノーリア』と呼ばれる形式の水車だ。車輪の外側に桶を取り付けて、川の流れで車輪が回転すると、桶が水を汲み上げ、一番高い位置でその水を吐き出す仕組みだ。シンプルだが、揚水には最も効率的だ」
村人たちは、羊皮紙に描かれた奇妙な円形の構造物を、食い入るように見つめている。
「そして、最も重要なのが材料だ」
俺のその言葉に、一人の男が前に進み出た。村で一番の大柄で、腕の太い男、鍛冶屋のドルガンだ。彼は、かつて王都で名の知れた武具職人だったが、貴族の依頼を断ったことで睨まれ、些細な罪状で追放された過去を持つ。
「アシュラン。車輪の軸は、木のままじゃすぐに摩耗しちまう。鉄で補強する必要があるだろう。任せろ。俺の腕が鈍ってねえことを、見せてやる」
ドルガンの言葉に、別の男が続く。寡黙だが、村一番の腕を持つ大工のヘイムだ。彼は、高名な建築家だったが、その斬新すぎる設計思想がギルドの権力者に煙たがられ、この地に追いやられた。
「車輪の木組みも、桶の水漏れも、俺に任せろ。耐水性の高い鉄樫を、森のどこで手に入れられるか知っている」
彼らの言葉を皮切りに、村人たちは次々と名乗りを上げた。
「防水に使う松脂なら、俺が集めてこよう」
「部品を固定する丈夫な麻縄なら、俺が編む」
俺は、彼らの変化に内心驚いていた。 この村の者たちは、ただの追放者ではなかった。
鍛冶屋、大工、木こり、縄職人……。それぞれが、かつては一流の職人として、その腕一本で生きてきた者たちだったのだ。理不尽な理由で社会から弾き出され、この最果ての地で腐っていた彼らの職人魂に、俺の計画が再び火をつけたのだ。
「……昔の血が騒ぐ、か」
誰かがそう呟いた。その言葉に、皆が力強く頷いた。
それからの日々は、まさに村を挙げた一大プロジェクトとなった。
俺の指揮の元、ヘイム率いる大工たちが森から切り出した鉄樫を加工し、巨大な円形の外枠と、放射状に伸びるスポークを組み上げていく。その傍らでは、ドルガンが古びた炉に火を入れ、カン、カン、と心地よい金属音を響かせながら、車輪の軸を補強するための鉄製のパーツを打ち出していた。
女たちは、防水加工に使う松脂を集め、男たちの食事を用意する。子供たちは、大人たちの指示で小さな部品を運んだり、麻縄を編む手伝いをしたりと、自分たちのできることを探して駆け回っていた。
村全体が、一つの目的に向かって動き出している。その光景は、俺が一人で始めた孤独な作業とは、全く違う熱気を帯びていた。
もちろん、その輪に加わらない者たちもいた。
例のリーダー格の少年とその父親は、村の活況を苦々しい表情で遠巻きに眺めているだけで、決して手を貸そうとはしなかった。
数週間後、ついに直径4メートルにもなる巨大な木製の車輪が完成した。その外周には、ヘイムが寸分の狂いもなく組み上げた三十個もの木桶が、均等に取り付けられている。
「すごい……。本当にできちまった」
村人たちは、自分たちの手で作り上げた巨大な水車を見上げ、感嘆の声を漏らした。
だが、まだ終わりではない。
俺たちは、完成した水車を慎重に川岸まで運び、あらかじめ作っておいた頑丈な台座の上に設置した。車輪が川の流れに半分ほど浸かるように、角度を微調整する。そして、車輪の上部で桶が吐き出した水を受け止めるための木の樋を、俺たちが掘った水路の始点へとしっかりと接続した。
全ての準備が整った。
村人たちが、固唾を飲んで俺を見守っている。
「……よし」
俺は、水車を設置するために川の水を堰き止めていた、土嚢の堰を指さした。
「あれを、取り払ってくれ」
ドルガンとヘイムが頷き、数人の男たちと共に堰へと向かう。
「いくぞ!」「せーのっ!」という掛け声と共に、土嚢が一つ、また一つと取り除かれていく。
そして、ついに。
川の水が、ごう、という音を立てて、水車を設置した場所へと流れ込み始めた。
水は、勢いよく流れ込み、川岸に設置された水車の、斜め下に組まれた水受け板に、その力をぶつけた。
ギ、ギギ……ッ!
巨大な水車が、軋みながら、ゆっくりと動き始める。
村人たちの視線が、一点に集中する。
水に浸かった桶が、川の水をごっそりと掬い上げながら、ゆっくりと、しかし力強く、空へと持ち上がっていく。
ギシ、ギシ、と心地よい木の軋む音を立てながら、水車は回転を続ける。
そして、水を満たした桶が、ついに車輪の最高点に達した。
次の瞬間。
桶が傾き、その中に溜まっていた水が、ざあっと音を立てて、眼下の木の樋へと注ぎ込まれた。
樋に注がれた水は、そのまま水路へと流れ込み、村へと続く緩やかな傾斜を滑り落ち始めた。その流れの先頭を、エリアナをはじめとする子供たちが「わーっ!」と歓声を上げながら、楽しそうに追いかけていく。水は子供たちの笑い声を乗せて走り、ついに広場に作られた貯水池へと、勢いよく流れ込んでいく。
「「「おおおおおっ!!」」」
誰からともなく、割れんばかりの歓声が上がった。
エリアナをはじめとする子供たちは、飛び跳ねて喜び、大人たちは互いの肩を叩き合って、自分たちの成し遂げた偉業を称え合った。
水車は、休むことなく回転を続け、次から次へと川の水を村へと運び続ける。
もう、誰も、毎日二時間もかけて、重い桶を担いで川まで水を汲みに行く必要はないのだ。
俺は、その光景を静かに見つめていた。
俺が求めたのは、俺自身の快適な生活。そのための、ほんの少しの効率化だった。
だが、その結果生まれたこの光景は……。
「……悪くないな」
俺は誰に言うでもなく呟き、口の端に、満足の笑みを浮かべた。
追放者たちの村に、小さな、しかし確かな希望の歯車が、今、ゆっくりと回り始めた。
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