幕間3-1:村長と責任
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夜の帳が下りたウルム村は、静まり返っていた。月光に照らされ、正門前の「黒皇石」の石碑が、不気味な存在感を放っている。
村の防壁の上に、ギードは腰を下ろしていた。安酒の瓶を手に、石碑を睨むその横顔には、疲労と苛立ちが滲んでいる。
「……ここでしたか、村長」
背後から声をかけると、振り返りもせず、ギードは鼻を鳴らした。
「ああ、アシュランか。……今度は何を決めてきたんじゃ? あの皇帝と」
アシュランは言葉に詰まった。「どうなった?」ではない。「何を決めた?」――その違いが、胸に刺さる。
「……相互不可干渉協定です。……あの石碑は、その契約の証です」
アシュランは簡潔に説明した。帝国からの不干渉。技術の秘匿。緊急時の協力。そして、この村が事実上の独立自治区となること。
「最悪の事態を避けるための、計算結果です」
沈黙が落ちた。ギードは石碑を見つめたまま、低く言った。
「大したもんじゃ。あんたは、いつも正解を持ってくる。わしらじゃ逆立ちしても思いつかん方法で、畑を作り、壁を作り、王国を蹴散らし、皇帝まで追い返しおった。感謝してもしきれんよ」
「ええ、それは私の快適さのためでもありましたから」
「じゃがな」
ギードは強い口調で遮った。
「それを決めるのは、本来あんた…いや、あんた一人じゃなかろう」
「……え?」
「村の未来じゃぞ。帝国と手を組むか、独立するか、それとも滅びるか。……それは、この村に骨を埋める覚悟をした、わしら全員で決めることではないのかね?」
アシュランは言葉を失った。
ギードは立ち上がり、防壁の縁に足をかけた。
「あんたは優しいのう。賢くて、強くて、優しい。だから全部一人で背負って、全部一人で解決して、『ほら、安全になったぞ』ってわしらに与えてくれる。……じゃがな、それは『飼い主』の理屈じゃ」
飼い主。
その言葉が、アシュランの脳天を殴りつけた。
「わしらは、あんたに守られるだけの羊じゃあない。追放されて、泥水すすって、それでもここを終の棲家に決めた人間じゃ。……皇帝が怖くないわけではない。じゃが、勝手に『守られる道』を選ばされるのは、腹が立つんじゃよ!」
ギードが初めて、感情を露わにして叫んだ。
それは、無能な村長の嘆きではない。
これまでアシュランという圧倒的な才能の影で、自らの無力さに歯噛みし、それでも「長」としての矜持を保とうとしてきた男の、魂の叫びだった。
アシュランは、呆然とギードを見上げた。
思い上がりがあった。無自覚な傲慢さがあった。
「彼らは科学を知らない」「彼らは力がない」。
だから自分が、最適な解を導き出し、導いてやらなければならないと。
(……ああ。俺はまた、計算を間違えていたのか)
アシュランは、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ギードに向かって、深々と頭を下げた。
「……すまなかった、村長」
「なっ……!」
アシュランは顔を上げ、真摯な眼差しでギードを見つめた。
「越権でした。だから、返します」
顔を上げ、静かに言う。
「滅びの道は塞ぎました。ですが、ここから先を決めるのは……あなたたちです」
アシュランは、眼下の石碑を指差した。
「あの石碑を受け入れるか、利用するか。決めるのは、村長。あなたです」
ギードは目を閉じた。村の灯りを思い浮かべ、やがて、口元を歪める。
「……ふん。聞くまでもないことじゃな」
ギードは、酒瓶をあおり、笑った。
「あやつらの性根は、わしが一番よう知っておる。皆、誰かに飼われるくらいなら、泥水をすする方を選ぶ馬鹿共じゃよ。……ならば、長としてわしが断言しよう」
酒瓶を夜空に放り投げ、ギードはニヤリと笑った。
「選ばされた自由なんぞ、御免じゃ。この村は、“選んだ自由”で行く」
アシュランも、わずかに笑った。
「……厳しい道ですよ」
「望むところじゃ」
ギードはニカっと笑い、空になった酒瓶を夜空に掲げた。
二人は、静かに手を交わした。
主従でも、保護者でもない。
ウルム村の未来を、共に背負う者として。
夜風が、二人の間を吹き抜けていく。
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