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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第3章 不可侵と均衡

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第41話:王国の使節団と通告

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

季節は盛夏を迎えていた。

空はどこまでも高く青く澄み渡り、ウルム村を囲む『鋼牙の魔境』の緑はいっそう濃くなっている。

その穏やかな風景の中に、場違いな緊張だけが、確かに紛れ込んでいた。


村の入り口にある大門が、重々しい音を立てて開かれる。

そこから入ってきたのは、煌びやかな装飾が施された馬車と、王国の紋章を掲げた正規の近衛騎士団。 これは威圧でも、示威でもない。エルディナ王国という「国家」が、公式に送り込んできた使節団である。


「……ふん。相変わらず、泥臭い場所だ」


馬車から降り立ったのは、恰幅の良い中年男性――文官貴族ベルモン侯爵だった。

上質な礼服と宝石に身を包み、ハンカチで鼻を覆いながら、村を値踏みするように見渡す。


その背後で、護衛隊長として同行したオリヴィエ・ド・ラ・ヴァレットは、沈痛な面持ちで村を見つめていた。かつて追放を止められなかった男が築いた“城”を、彼は言葉なく見上げている。


「ようこそ、ウルム村へ。歓迎いたしますよ、ベルモン侯爵」


俺は、村の広場に設けた応接スペースで彼らを迎えた。

「応接スペース」といっても、急遽用意した長机と椅子、そして日除けのテントがあるだけの簡素なものだ。

だが、俺の背後には、最強の布陣が控えている。


右には、不機嫌を隠そうともしない聖女エレノア。

左には、無表情で羊皮紙とペンを構える賢者カイン。

そして後ろには、武装したギードやドルガンたち村の有力者。

この場は、交渉の席であると同時に、警告の場でもあった。


「アシュラン・ド・ランテームか。……随分と待たせてくれたな」


ベルモン侯爵は、俺を一瞥すると、許可も待たずに椅子にドカッと腰を下ろした。


「辺境の暮らしで礼儀を忘れたか? 王国の特使を迎えるにしては、あまりに粗末な歓迎ではないか」


「あいにくと、俺たちは忙しい身でしてね。それに、この村は、どの国にも所属していない土地。『王国の流儀』に従う義務はありません」


俺が淡々と返すと、侯爵の眉がピクリと跳ねた。

だが、彼はすぐに作り笑いを浮かべ、従者から受け取った羊皮紙を広げた。


「まあよい。今日は、寛大なる国王陛下からの、慈悲深い提案を伝えに来たのだ。心して聞くがいい」


侯爵は、朗々とした声で読み上げ始めた。


「一つ。先日のリヒテンブール公爵家嫡男、アルベールによる軍事行動は、彼の独断専行であり、王国としての意思ではないことをここに明言し、遺憾の意を表する」


「……遺憾、ですか」


俺は鼻で笑った。

五百もの兵が動いておいて「知らなかった」で済ませるつもりか。相変わらずのトカゲの尻尾切りだ。


「一つ。アシュラン・ド・ランテームへの追放処分を撤回し、その名誉を回復する。さらに、王立魔術院『名誉副院長』のポストを用意し、貴殿を再び王国の叡智として迎え入れる」


侯爵は、ここで言葉を切り、俺の反応を窺った。



「どうだ? 破格の待遇だろう。追放された身分から、名誉とは言え、副院長。実質、魔術院のナンバー2だぞ」


だが、俺は無言で先を促した。

侯爵は少し不満そうにしながらも、最後の一文を読み上げた。


「一つ。ウルム村全域をエルディナ王国の直轄領『ウルム辺境伯領』として編入し、アシュラン・ド・ランテームを初代辺境伯に叙爵する。……以上だ」


読み終えた侯爵は、羊皮紙を机に置き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「どうだ、アシュラン。悪い話ではあるまい? 罪人の汚名は雪がれ、栄誉ある地位と領地が約束されるのだ。陛下は、貴殿の功績を高く評価しておられる」


彼の目には、「これで落ちないはずがない」という確信があった。

一度捨てた人間に、これだけの待遇を用意したのだ。感謝して涙を流し、靴に口づけでもすると思っているのだろう。


確かに、常識的に考えれば破格だ。

だが、その提案の裏にある「意図」は透けて見える。

アシュランを懐柔し、ウルム村の技術を接収し、あわよくば聖女と賢者もセットで手に入れる。

そんな虫のいい計算が、プンプンと臭ってくる。


俺は、隣のカインと視線を合わせた。

カインは、微かに肩をすくめてみせた。

エレノアに至っては、露骨にため息をついている。


「……なるほど。王国の意図は理解しました」


俺は静かに口を開いた。


「ですが――お断りします」


「うむ、よき返事を期待して……んっ?」


ベルモン侯爵の笑顔が、凍りついた。


「な、何を言っている? 聞き間違いか? 断る……だと?」


「ええ。全ての提案を、拒否させていただきます」


俺は即答した。


「き、貴様……! 正気か!? 国王陛下直々の温情を、無下にするつもりか! 辺境伯だぞ!? 貴族の位と、魔術院の要職だぞ!?」


侯爵が椅子を蹴って立ち上がる。

顔を真っ赤にして叫ぶ彼に対し、俺は座ったまま、冷ややかに言い返した。


「温情? どの口が言うんですか」


俺の声に、広場の空気が凍りついた。


「俺は、魔力を持たないという理由だけで、研究を否定され、名誉を奪われ、着の身着のままでこの死地に追放された身です。この村にいる者たちも、皆そうだ。理不尽な理由で国を追われ、あるいは重税と飢餓に耐えかねて逃げ出してきた者たちだ」


俺は、後ろに控える村人たちを見渡した。

彼らの目には、王国への未練など欠片もない。

あるのは、自分たちの手で荒れ地を開拓し、魔獣の脅威に立ち向かい、豊かな生活を勝ち取った者だけが持つ、強烈な自負と誇りだ。


「この村は、誰のものでもない。俺たちの場所だ。王国の支配下になるつもりもなければ、貴族の位も必要ない。俺たちは、俺たちのルールで生きていく」


「き、貴様……! それが、王国に対する反逆の意思表示だと分かっているのか!?」


「反逆? 違いますよ。これは絶縁です。そもそも属していない国に、反逆はできないでしょ?」

俺は静かに、しかしはっきりと告げた。


「今後、エルディナ王国政府としての干渉は一切拒絶します。軍隊を送ろうが、使節を送ろうが、答えは同じです。二度と、この村の敷居を跨がないでいただきたい」


「ぐぬぬ……! 無礼者め! たかが小僧が、図に乗るなよ! ここにいる近衛騎士団がその気になれば……!」


侯爵が合図を送ろうとした、その瞬間。


『――動くな』


地を這うような低い声が、広場を支配した。

声の主は、賢者カインだ。

彼が指を弾くと、防壁の上に設置された八機の自動迎撃バリスタが、一斉に駆動音を立てて旋回し、その照準を正確に侯爵と騎士団に定めた。


「ひっ……!?」


さらに、エレノアが静かに立ち上がる。

彼女を中心に、目に見えるほどの高密度のマナが渦巻き、不可視の障壁が騎士たちの動きを完全に封じ込めた。


「おいたはいけませんわ。師匠の御前ですもの」


聖女の微笑みは、慈愛に満ちているようでいて、その瞳の奥には底知れぬ威圧感が宿っていた。

騎士たちは、武器に手をかけることすらできず、その場で彫像のように硬直してしまった。


「……な、なんなのだ、これは……!?」


ベルモン侯爵は、腰を抜かして椅子にへたり込んだ。

彼は、ようやく悟った。自分たちが相手にしているのは、村ではない。

国家に等しい「力」だと。


「ただし」


俺は、震える侯爵に最後の言葉を投げかけた。


「民間の行商人たちの出入りまで制限するつもりはありません。彼らには罪はないし、物流は双方にとって利益になりますからね。国としては付き合いませんが、人と人としての商売なら歓迎しますよ」


是々非々。

それが、俺の出した結論だった。


「……くっ! 覚えておれ! このような暴挙、タダで済むと思うなよ! 国王陛下への反逆として、必ずや後悔させてやる!」


侯爵は捨て台詞を吐くと、憤慨極まりない態度で馬車へと戻っていった。

騎士たちも、バリスタの照準から逃げるように、慌ただしく隊列を整える。


使節団の列が、逃げるように村を去っていく。


その最後尾。

オリヴィエが、馬上の人となり、俺の方を振り返った。

彼は、侯爵のように怒ってはいなかった。

その瞳に宿っていたのは、深い悲しみと、諦念。そして、微かな羨望だった。


彼は何も言わなかった。ただ、深く、静かに頭を下げただけだった。

その目には、かつて彼を救えなかった謝罪と、「達者で暮らせ」という、かつての同僚としての想いが込められているように見えた。


俺もまた、黙って頷き返した。

彼とは、もっと違う形で出会いたかった。だが、もう道は分かたれたのだ。



「……行っちゃいましたね」


エレノアが、ポツリと呟く。


「ああ。これでもう、後戻りはできないな」


王国との決別。

それは、俺たちがこの世界で「独立勢力」として生きていくことを、全世界に向けて宣言したに等しい。


「望むところですわ。わたくしの居場所は、ここ以外にありませんもの」


彼女は晴れやかに笑った。

カインも、眼鏡を直しながら頷く。


「賢明な判断です、マスター。腐敗した組織に戻っても、研究の邪魔になるだけですからね。それに、あの程度の国、今の我々の敵ではありません」


頼もしく、そして少し変わった俺の仲間たち。

彼らがいれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。


だが、問題はもう一つの大国――ヴィンデル帝国だ。

あちらがどう動くかで、この村の運命は大きく変わる。


「さて……。次はあちらさんの番か」


俺は、少し憂鬱な面持ちで東の空を見上げた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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