第40話:聖樹の若木と新たな開発
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聖樹ガオケレナの若木が俺の家の中庭に生えてから、数日が過ぎた。
村には、これまでになかった清浄な空気が流れていた。
それは感覚的な心地よさだけでなく、目に見える変化としても現れ始めている。
村のあちこちで、「不思議なものを見た」という報告が相次いでいた。
「ふぁ……。今日もいい天気だ」
朝、俺は自宅の中庭で伸びをした。
目の前には、先日突如として生えてきた聖樹「ガオケレナ」の若木が、朝露を浴びて神々しく輝いている。
まだ若木とはいえ、その高さはすでに二階建ての屋根を越えようとしていた。成長速度が異常だ。
「おはよう、家主様!」
若木の枝から、緑色のワンピースを着た少女がひょいと飛び降りてきた。
精霊王の娘、リナだ。
「おはよう、リナ。調子はどうだ?」
「最高だよ! この村の空気は美味しいし、土もフカフカだし、水も綺麗! お母様が言っていた通り、とっても『秩序』に満ちてる!」
彼女は無邪気に笑うと、俺の足元にまとわりついてくる。
見た目は十歳くらいの可愛らしい少女だが、その正体は高密度のマナの塊だ。
「師匠! おはようございます!」
「おはようございます、マスター」
そこへ、エレノアとカインがやってきた。
エレノアはいつもの聖女服だが、カインは目の下に隈を作り、髪も少しボサボサだ。
「カイン、酷い顔だぞ。また徹夜か?」
「ええ……。先日お話しした『スマートゴーレム』の開発で、ふと良いアイデアが浮かんだものでして、つい」
カインは苦笑しながら眼鏡を直す。
なるほど。彼がここ数日姿を見せなかったのは、それが理由か。
マナ・エントロピー理論を応用した新型動力炉の実装に、手応えを感じているらしい。
「ところでマスター、いつの間にこんな立派な庭木を植えたのですか? ……というか、このお嬢さんは?」
カインが、きょとんとした顔でリナを見つめる。
「あれ? エレノア、カインには言ってないのか?」
「言いましたわよ! あの時のカインは生返事だったから、きっとちゃんと聞いてなかったんですのよ!」
エレノアがプリプリと頬を膨らませる。
「……あ、いや、何か言っていたような気もしますが、ちょうど計算の佳境でして……」
カインがバツが悪そうに視線を泳がせ、そして、改めてリナを凝視した。
その瞬間。
彼の眼鏡の奥の瞳が、これ以上ないほど大きく見開かれた。
「――っ!? こ、この圧倒的なマナの密度……! し、しかも、肉体を持たぬ高質量のエネルギー体……!?」
カインは、まるで未知の天体を発見した天文学者のように、リナに食いついた。
「もしや、貴女がエレノア嬢が言っていた……『精霊』なのですか?」
「うん! 初めまして。わたし、リナ。精霊王リナフェリアの娘だよ」
「せ、精霊王の……娘……!?」
カインが絶句する。
その口から漏れたのは、驚愕と、そして何より深い知的好奇心に満ちた声だった。
「……ほ、ほう……。いや……興味深い。実に、興味深い。実に興味深い。貴女のその体は、物理的な干渉を受け付けるのですか? それとも、魔力的な波長のみに反応するのですか? 構成要素は炭素ベース? それとも純粋なエーテル?」
カインはズズイとリナに近づき、眼鏡を光らせて観察し始めた。
「こらカイン! 失礼ですわよ! リナちゃん相手になんてことを!」
エレノアが慌てて止めようとするが、リナはケラケラと笑った。
「あはは! 面白いお兄ちゃん! 家主様と同じ匂いがする!」
彼女はカインの無礼を咎めるどころか、面白がっているようだった。
「わたしの体はね、この聖樹を核として顕現した、マナの集合体だよ。触れることもできるし、ご飯だって食べられるよ!」
「なんと……! では、味覚や消化器官も模倣されていると? それは魔力効率の観点から見て、どのようなメリットが……?」
カインとリナの間で、高度な魔法理論と物理学を交えたオタク談義が始まってしまった。
どうやら、この二人は相当に気が合うらしい。
「あー、盛り上がってるところ悪いんだが、仕事の話をしていいか?」
俺が手を叩くと、二人はハッとしてこちらを向いた。
「仕事、ですか?」
「ああ。せっかく世界樹という最強のリソースがあるんだ。これを活用しない手はない」
俺は広げていた設計図をテーブルに置いた。
「まず、カイン。この聖樹の根元から湧き出る水を、村全体に循環させる『灌漑システム』の再設計をお願いしたい」
「灌漑……ですがマスター、すでに水路はありますが?」
「ただ流すだけじゃない。この水には、植物の成長を促進するマナや養分が大量に含まれている。これを、必要な畑に、必要な濃度で供給する制御システムを作るんだ」
俺は図面を指差した。
「バルブによる流量調整と、土壌センサーによる自動給水。世界樹の恵みをできるだけ効率よく村中の作物に行き渡らせる」
「なるほど……! 『生命循環農法』の拡大版ですね!」
カインが膝を打つ。
「そして、エレノアとリナには、これだ」
俺はもう一枚の図面を見せた。
「『実験庭園』だ」
「ぼたにか……ぁでん……?」
エレノアが不思議そうに復唱する。
「ああ。聖樹の周りを整備して、様々な植物を効率的に育てるための研究エリアを作る。リナの力があれば、季節に関係なくあらゆる植物を育てられると思うんだがどうだ?」
世界樹ガオケレナの枝「ヴィスプ・ビシュ」は、万物の種を宿しているという伝説がある。
ならば、冬でも夏野菜が採れるし、遠い南国のフルーツだって栽培できるかもしれない。
「聖樹の加護が及ぶ範囲全体を、一つの巨大な『育成装置』として機能させるんだ」
その発想が、いずれ村の規模を超えた変化をもたらすことになるとは、この時の俺たちはまだ知らなかった。
「面白いね! わたしの力を『肥料』や『空調』として使うなんて、言い出すのは家主様くらいだよ!」
リナは楽しそうに笑った。
「いいよ、協力する! この村がもっと豊かで『快適』になれば、わたしも嬉しいもん!」
「ありがとうございます、リナちゃん! わたくしも、全力でお手伝いしますわ!」
エレノアもやる気満々だ。
「よし。カインは配管と区画の設計。エレノアとリナは、土壌と種の選定だ。……頼んだぞ」
「「「はい!」」」
三人の頼もしい返事が重なった。
こうして、ウルム村の日常は、相変わらず「新しい何か」を生み出す熱気に包まれて過ぎていく。
外の世界では、王国の使節団がこちらへ向っているとも知らずに、俺たちは今日も、最高に贅沢で、忙しいスローライフを満喫していた。
――その平穏が、いつ崩れてもおかしくないものであるとも知らずに。
「マスター。この灌漑システムを応用すれば、『流体駆動式の次世代ゴーレム』の関節機構に応用できるのでは?」
「……ほう? 言ってみろ」
「はい。従来のマナ駆動に加え、聖樹の水圧を補助動力とすることで……」
いつの間にか、俺とカインの議論は、灌漑システムから脱線し、以前から構想していた「自律型汎用ゴーレム」の設計へと熱を帯びてシフトしていた。
気付けば日が暮れ、食事も忘れ、俺たちは図面の上に新たな線を書き加えていく。
平和な日常を守るための――新たなる力。
その開発に明け暮れる日々こそが、俺たちにとっての「日常」なのかもしれない。
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