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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第3章 不可侵と均衡

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第38話:聖樹と小さな来訪者

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

王国軍を撃退してから数日。

ウルム村には、戦いの爪痕など微塵も感じさせない、穏やかで清浄な空気が満ちていた。


「……なんだか最近、空気が美味いな」


朝、窓を開けた俺は深く息を吸い込み、思わず呟いた。

森の香りは濃いのに雑味がなく、肺の奥まで澄み切った感覚が広がる。

おまけに体が妙に軽い。連日の徹夜作業の疲れが、一晩で抜け落ちたようだった。


「ええ、そうですわね師匠! この村は今、精霊たちの『大人気リゾート地』になっていますもの!」


朝食の席で、エレノアが満面の笑みを浮かべる。

焼きたてのパンに蜂蜜を惜しげもなく垂らしながら、実に楽しそうだ。


「リゾート地?」


「はい! 水の精霊たちは浄化された水路を、火の精霊たちは効率的な反射炉を、そして風の精霊は計算された通気性を持つ家々を愛してやみませんの」


彼女は誇らしげに窓の外を指差した。


「「師匠が物理学(フィジック)|で築いた“無駄のない流れ”――それこそが、彼らにとって理想の秩序(アシャ)|なのですわ。だから、あんなにも楽しそうに集まって……ほら、あそこにも!」


エレノアが指差す先には、ただの焚き火があるだけだ。

だが、彼女にはそこで火の精霊たちがダンスを踊っているのが見えているらしい。


「はいはい、精霊さんたちね」


俺は軽く流しながら、コーヒーを啜った。

まあ、環境が良いというのは悪いことではない。測定データを見ても、大気中に生命活動を活性化させる未知の粒子濃度――エレノアが言うところのマナ――が著しく上昇している。

因果関係は不明だが、住環境が良くなっているのなら問題はない。



その日の午後。

エレノアは、いつものように村の薬草園へ……ではなく、隣接する『鋼牙の魔境』の浅層へと足を運んでいた。


「ふふふ~ん♪」


鼻歌交じりに歩いていた彼女の足が、ふと止まる。

風が止み、鳥の声が消え、森全体が息を潜めた。


『……聞こえるかしら、人の子よ……』


鈴の音のようで、どこか威厳を帯びた声が、頭の内側に直接響く。


「どなたですの?」


『わたくしは、この森の緑を統べる者。そなたたちの地より漂う、清浄なる気配に惹かれ、声をかけました』


その声は、森の深奥――人の踏み入れぬ領域から届いていた。


『我らが住まうこの森は、強き獣たちが跋扈し、弱肉強食の混沌(アンラ)に満ちている。生きるために奪い合い、枯れ、腐り落ちる……。けれど、そなたたちの地には、美しき秩序(アシャ)があるわ』


「秩序……。ええ、そうですわ! 我が師匠、アシュラン様が築かれた(ことわり)です!」


エレノアは誇らしげに胸を張った。


『……お願いがあるの。わたくしの娘を、その秩序の中で育ててはくれないかしら? この混沌の森では、あの子が健やかに育つには過酷すぎるのです』


「娘さん、ですの? まあ、素敵! 師匠もきっと喜びますわ!」


エレノアは、その声の主が何者であるかを直感的に理解し、満面の笑みで頷いた。

そして、大急ぎで村へと駆け戻った。


「師匠ーっ! 大変です! 森の『木の大精霊』様が、娘さんをこの村に留学させたいと仰っています!」


工房で図面を引いていた俺の元に、エレノアが飛び込んでくる。


「留学? 木の精霊の娘?」


「はい! あちらの森は混沌(アンラ)に満ちているけれど、この村には美しい『秩序(アシャ)』があるから、安全なここで育ててほしいと!」


俺はエレノアの言葉に、内心で首を傾げた。

木の精霊? 移住?

またいつもの「見えざるものが見える」聖女様の妄言か、とも思った。魔力のない俺には、そんなものは影も形も見えないからな。


だがまあ、エレノアがそこまで言うのなら、あながち嘘でもないのかもしれない。

それに、「秩序」というのが俺の作ったインフラやシステムを指すなら、悪い気はしない。

木の精霊の娘ということは、要するに若木が増えるということか?

村の周囲に木が増えれば、防風林や水源涵養林として機能するし、緑化は環境改善の基本だ。


実害がなくて、エレノアが喜ぶなら、断る理由もないか。

俺は軽く肩をすくめて答えた。


「害がないなら、好きにすればいいよ。土地なら余ってるしな」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「あ、そうだ。後でちゃんとカインにも報告しとけよ。あいつ、こういう未知の存在に関する情報共有が遅れると、拗ねてうるさいからな」


「はいです! 行ってまいります!」


エレノアはそう返事すると、泥だらけの服を着替えることもせずに、カインのいる実験室の方へと走っていった。


俺は、庭に植木を一本増やすくらいの感覚で許可を出した。



翌朝。


「……んあ?」


眩しい光に目を覚ました俺は、窓の外を見て、自分の目を疑った。


「……なんだ、あれは」


俺の家の中庭――昨日までは家庭菜園と洗濯干し場があった場所の片隅に、見慣れない「木」が生えていた。


高さは俺の胸のあたりまでだろうか。まだ若木と言っていいサイズだ。

だが、その存在感は異様だった。

幹は白銀に輝き、枝には黄金の葉が茂っている。

そして、その小さな体から発せられる清浄な空気が、庭全体を包み込んでいる。


「……いつの間に?だれが植えたんだろ?」


俺は庭に出て、その若木に近づいた。

根元からは、チョロチョロと清水が湧き出している。

明らかに、ただの木じゃない。


「師匠……?」


騒ぎを聞きつけたエレノアが、寝間着のまま飛び出してきた。


「師匠……これ……」

エレノアが息を呑む。


「え? なに? エレノア、これが何か知ってるのか?」


俺が尋ねると、エレノアは震える声で答えた。


「原初の聖樹……『ガオケレナ』の若木かと……」


「『ガオケレナ』?」


「別名『世界樹』とも言います」


「世界樹?」(ああ、知ってる。ファンタジーの定番だ)


俺が心の中でツッコミを入れた、その時だった。


若木の幹が、ふわりと淡く光った。

次の瞬間、その光の中から、緑色のワンピースを纏った少女が、音もなく抜け出してくる。

透き通るような肌。見た目は、十歳前後だろうか。


「……!」


俺は息を呑んだ。 精霊なんてものは、エレノアの妄想か比喩表現だと思っていた。いや、もちろんエレノアが言うのなら、精霊がいるかも知れないと思ったことはあった。しかし、いたとしても魔力のない俺には見えないものだと思ってた……。 だが。彼女は、そこにいる。


空気を押しのけ、地面に立ち、光を反射し、存在として完結している。

錯覚でも、幻影でもない。確かな質量と、異様なまでの存在感。


……なるほど。


俺は、ようやく理解した。エレノアが見ていたのは、比喩でも妄想でもなかった。俺には観測できないだけで、彼女は最初から“世界のもう一層”を見ていたのだ。


精霊とは、概念ではない。高密度に構造化された、エネルギー生命体――そう定義した方が、俺の世界観にはまだ馴染む。そして同時に、胸の奥で静かな感情が芽生える。

……ああ。あいつは、やはり特別だったのだな。



少女は、俺の目の前に降り立つと、少し緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げた。


「あ!初めまして!わたし、この森の……精霊王リナフェリアの娘のリナ!」


「せ、精霊王の……娘……!?」


エレノアが絶句する。 エレノアに声を賭けてきたのは、ただの大精霊ではなかったのだ。


精霊王。それは、この世界の自然現象そのものを司る、神にも等しい存在。その娘が、ここ……。


「お母さん……じゃなかった、母上が仰っていました。この地には、貴方が築いた美しい『(ことわり)』があると。わたしはまだ未熟だから、この清浄な『秩序(アシャ)』の中で、たくさん勉強しろって!」


リナは、その真っ直ぐで元気な瞳で俺を見た。その瞳は、朝露のように澄んでいる。

彼女にとって、俺の「物理学」による環境整備は、混沌とした自然界に秩序をもたらす、理想的な学び舎として映っているらしい。


「は、はあ……。気に入ってもらえたなら何よりだ…が……」


俺は、あまりの事態に戸惑いつつも、なんとか言葉を返した。

とりあえず、敵意はないようだ。むしろ、好意的すぎるくらいだ。

それに、この若木――リナの本体である聖樹からは、周囲の植物の成長を促進させるような、心地よい波動が出ている。


「お礼に、この『ガオケレナ』の力で、この地の緑を豊かにするね。まだまだ力は弱いけど、わたしが育てば、もっとたくさんの恵みがでるって!」


「……」


俺は、彼女の言葉を聞いて、頭の中で素早く計算した。


高性能な空気清浄機に、土壌改良装置。

しかも、成長すればするほど出力が上がる「育成型インフラ」だ。

これは、育てる価値がある。


「……採用!」


俺は即決した。 規格外の存在だろうが、神話級の聖樹の娘だろうが関係ない。 俺の「快適な生活」に役立つなら、それは「優れた仲間(パートナー)」だ。


「えっ、あ、師匠? 良いのですか? こんな、畏れ多い存在を……」


エレノアが、恐縮して震えている。


「いいんだよ。エレノア。」


「やったー!!!」


エレノアは満面の笑顔で喜びの舞を踊っている。


「リナちゃん、これからよろしく頼む。特に、夏の暑い日の木陰と、美味しい果物の提供を期待しているよ」


俺が握手を求めると、リナはきょとんとして、それから花が咲くように微笑んだ。


「はいっ! 任せて!家主様(やぬしさま)


彼女は俺の手を握り返した。その手は、ひんやりとして心地よかった。


「さあ、エレノア。忙しくなるぞ! この若木(リナちゃん)を立派な世界樹に育てるための、専用の灌漑システムと、実験庭園の設計だ!」


「は、はい! 師匠!」


こうしてウルム村には、

聖樹ガオケレナの若木と、精霊王の娘という規格外の“居候”が加わった。


それが、この村を巡る世界の天秤を、さらに大きく揺らすことになるとも知らずに。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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