第37話:勝利の美酒と次世代の守護神
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その夜、ウルム村は、久しく忘れていた“祝祭”の熱気に包まれていた。
広場の中央では、昼間の戦闘で回収したアルベール軍の旗や修復不可能な武具が、巨大な焚き火にくべられ、パチパチと音を立てて燃えている。 その炎は、村人たちの高揚した顔を明るく照らし出し、彼らの影を、まるで踊っているかのように壁に映し出していた。
逃走の際に置き去りにされた新品同様の防具や武器、軍馬は、すでに村の備蓄として整然と運び込まれている。――戦いに勝つとは、こういうことだ。生き残り、奪われず、むしろ糧を得ること。
「がっはっは! 見たか、奴らのあの無様な逃げっぷりをよ!」
ドルガンが、エールの満たされた木の杯を高く掲げ、豪快に笑う。
その隣では、ボルグが分厚い猪肉の塊にかぶりつきながら、満足げに頷いた。
「ああ、全くだ! 俺たちの村を舐めてかかった罰だ!」
「それもこれも、アシュランが作ったあの『バリスタ』と、カイン様が操る魔法のおかげだ!」
「いやいや、エレノア様の結界がなけりゃ、今頃俺たちは黒焦げだったぜ!」
誰か一人の奇跡ではない。村全体で掴み取った勝利だという誇りが、声の端々に滲んでいた。
ヘイムは、そんな喧騒から少し離れた場所で、静かに杯を傾けていた。
彼の視線は、傷一つない防壁に向けられている。その目には、自らが建てたものが完璧に機能したことへの、職人としての静かな満足感が浮かんでいた。
エレノアは子供たちに囲まれ、身振り手振りで戦いの話をしている。
その表情は、帝都にいた頃の、どこか張り詰めた聖女のものではなく、ただ仲間と勝利を分かち合う、一人の朗らかな女性の顔だった。
カインは、そんな彼女の様子を微笑ましげに眺めながら、俺の隣で、熱心に何かの計算式を羊皮紙に書きつけていた。
……宴の最中でも、彼の探究心は休むことを知らないらしい。
俺は、その光景を満足とともに眺めながら、同時に冷めた計算もしていた。
勝った。だが、これは「終わり」じゃない。
宴もたけなわとなった頃、俺は、ギードやドルガン、ヘイムといった村の主だった者たちと、そしてカインとエレノアを、焚き火から少し離れた静かな場所へと集めた。
「今日の勝利は、本物だ。皆のおかげだ」
一度、そこで言葉を切る。
「……だが、これで安心できるほど、世界は甘くない」
空気が変わる。
「今回は、アルベールの独断と慢心に助けられた。だが、もし次が“国”だったら? 正規軍と魔術院が本気で動いたら? 今日と同じ結果になる保証はない」
それは脅しではなく、事実だった。
「勝った今だからこそ、次を考えねばならん」
ギードが深く頷く。
「力が通じると知ったが、同時に限界も見えた、というわけじゃな」
その言葉に、カインが、悔しそうに唇を噛んだ。
カインが唇を噛む。
「……試作ゴーレムを出せなかった。改良が必要です」
「結界も同じですわ」
エレノアが続ける。
「わたくし一人に依存する守りは、危うい」
勝利の熱狂の裏に隠されていた、厳しい現実。
だが、誰も下を向いてはいなかった。彼らの目には、課題を乗り越え、さらなる高みを目指そうとする、強い光が宿っていた。
その瞬間、カインが一枚の羊皮紙を広げた。
「だからこそ――次世代の守護神が必要です」
描かれていたのは、銀黒の騎士像。
「『スマートゴーレム』。半永久駆動のマナ炉心と、自律判断型の制御系を備えた、新世代機です」
カインは、その設計図を指さしながら、熱っぽく語り始めた。
「動力源は、マスターの『マナ・エントロピー理論』を応用した、半永久機関『マナ炉心エントロピー・コア』。これにより、従来のゴーレムとは比較にならない、圧倒的な持久力と出力を実現します。そして、制御系には、『条件反射式ルーン』を組み込み、常に最も効率的な魔力消費パターンを自己選択させる。武装は、敵の装甲を物質の構成粒子まで崩壊させる『マナ振動剣』と……」
「……おい待て、カイン。物質の構成粒子って、いつの間にそんな概念まで理解したんだ?」
俺がツッコミを入れると、カインは涼しい顔で答えた。
「以前、マスターが『物質は微細な粒子の集合体だ』と仰っていたではありませんか。ならば、その結合を魔力振動で解けば、理論上はいかなる物質も切断可能かと」
俺は思わず苦笑する。
「……相変わらず、発想が飛びすぎだ」
「マスターに教えて頂いた理屈の、当然の帰結です」
「……天才って怖いな」
俺は、ただ感嘆のため息を漏らした。
教えた覚えのないことまで、勝手に応用して兵器に転用している。
やはり、こいつは本物の化け物だ。
すると、今度はエレノアが、負けじと声を上げた。
「わたくしにも、考えがありますわ、師匠!」
彼女もまた、一枚の魔方陣が描かれた石板の設計図を取り出した。
「師匠の理論をさらに応用すれば、それが誰であろうとほんの少しの魔力を注ぐだけで、わたくしが張るものと同等の防御結界が自動で起動・維持されるようにすることが可能です! これが実現すれば、たとえわたくしが倒れても、村の守りは万全ですわ!」
新たな守護神と、誰もが扱えるようになる絶対的な盾。
二人の天才が提示した未来のビジョンに、そこにいた誰もが、息を呑んだ。
「よし。やろう」
俺は力強く頷いた。
「それが完成すれば、この村は誰にも脅かされない、真の楽園になる」
◇
一方その頃。
祝祭の光が届かぬ闇の中を、一台の豪奢な馬車が、荒々しく夜道を叩いていた。
「――違う……!」
車内に響いた声は、叫びにもならない、掠れた呻きだった。
アルベール・ド・リヒテンブールは、座席に沈み込み、両の手首に嵌められた手枷を睨みつけていた。
冷たい金属が、脈打つ皮膚に食い込むたび、現実が否応なく突きつけられる。
「違う、違う違う……ッ!」
理解できなかった。なぜ、自分が負けたのかが。
詠唱はなかった。魔力の奔流も、荘厳な魔法陣もなかった。
ただ、音もなく降り注いだ“何か”が、兵を、誇りを、計算を、一方的に破壊した。
「あんなものが……魔法であるはずがない……!」
声を荒げるたび、馬車が軋む。
その揺れすら、今の彼には、世界そのものが拒絶しているかのように感じられた。
「リュシアン! お前も見たはずだ! あれは……詐術だ! そうだろう!?」
縋るような視線を向けられても、腹心は答えなかった。
否――答えられなかった。
彼の脳裏に焼き付いているのは、
魔力探知すら許さず、法則そのもので殴りつけてきた、あの“現象”だった。
「……アルベール様」
掠れた声が、闇に落ちる。
「我々は……魔法で敗れたのではありません」
アルベールの瞳が、ぎょろりと動いた。
「知恵で……世界の理で、完敗したのです」
その瞬間、何かが、決定的に壊れた。
「黙れッ!!」
アルベールは立ち上がろうとして、手枷に引き戻され、無様に座席へ叩きつけられた。
金属音が、檻の扉が閉まる音のように、車内に響いた。
「私は認めん……! 認めるものか……! 王都に戻ればいい……! 魔術院が……帝国が……!」
言葉は次第に、意味を失っていく。
リュシアンは、それ以上何も言わなかった。この男は、もう敗北しているのではない。“理解できない場所”に、自ら閉じこもったのだ。
馬車は夜を裂き、逃げるように走り続ける。だが、それは逃走ではない。
アルベール・ド・リヒテンブールは、自ら作り上げた檻の中へと、帰っていっているだけだった。
◇
帝都ヴィンデル、皇帝の執務室。
ヴァレリアン皇帝は、報告書を読み終え、静かに笑った。
「一個師団に匹敵……か。いや、それ以上だな」
ベアトリクスの報告書を読み終えた皇帝は、しばらくの間、何も言わなかった。
やがて、彼は、ふっと、息を吐くように笑った。
彼は、椅子から立ち上がると、窓辺に歩み寄り、遥か東の空を見つめた。その先にある、地図にも載っていない、小さな村を思うように。
「エルディナ王国が捨てた石ころが、いつの間にか、どの宝石よりも眩い光を放ち始めた、か。……もはや、このまま放置しておくわけには、いかんな」
その呟きは、果たして、脅威と捉えたものか。それとも、抑えきれないほどの興味と独占欲の現れか。
ベアトリクスには、その真意を測りかねた。
ただ、確かなことは一つ。
帝国の巨大な天秤が、今、ウルム村という小さな重りを乗せられ、大きく、そして静かに、傾き始めたということだけだった。
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