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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第3章 不可侵と均衡

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第37話:勝利の美酒と次世代の守護神

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

その夜、ウルム村は、久しく忘れていた“祝祭”の熱気に包まれていた。


広場の中央では、昼間の戦闘で回収したアルベール軍の旗や修復不可能な武具が、巨大な焚き火にくべられ、パチパチと音を立てて燃えている。 その炎は、村人たちの高揚した顔を明るく照らし出し、彼らの影を、まるで踊っているかのように壁に映し出していた。


逃走の際に置き去りにされた新品同様の防具や武器、軍馬は、すでに村の備蓄として整然と運び込まれている。――戦いに勝つとは、こういうことだ。生き残り、奪われず、むしろ糧を得ること。


「がっはっは! 見たか、奴らのあの無様な逃げっぷりをよ!」


ドルガンが、エールの満たされた木の杯を高く掲げ、豪快に笑う。

その隣では、ボルグが分厚い猪肉の塊にかぶりつきながら、満足げに頷いた。


「ああ、全くだ! 俺たちの村を舐めてかかった罰だ!」


「それもこれも、アシュランが作ったあの『バリスタ』と、カイン様が操る魔法のおかげだ!」


「いやいや、エレノア様の結界がなけりゃ、今頃俺たちは黒焦げだったぜ!」


誰か一人の奇跡ではない。村全体で掴み取った勝利だという誇りが、声の端々に滲んでいた。


ヘイムは、そんな喧騒から少し離れた場所で、静かに杯を傾けていた。

彼の視線は、傷一つない防壁に向けられている。その目には、自らが建てたものが完璧に機能したことへの、職人としての静かな満足感が浮かんでいた。


エレノアは子供たちに囲まれ、身振り手振りで戦いの話をしている。

その表情は、帝都にいた頃の、どこか張り詰めた聖女のものではなく、ただ仲間と勝利を分かち合う、一人の朗らかな女性の顔だった。


カインは、そんな彼女の様子を微笑ましげに眺めながら、俺の隣で、熱心に何かの計算式を羊皮紙に書きつけていた。

……宴の最中でも、彼の探究心は休むことを知らないらしい。


俺は、その光景を満足とともに眺めながら、同時に冷めた計算もしていた。

勝った。だが、これは「終わり」じゃない。


宴もたけなわとなった頃、俺は、ギードやドルガン、ヘイムといった村の主だった者たちと、そしてカインとエレノアを、焚き火から少し離れた静かな場所へと集めた。


「今日の勝利は、本物だ。皆のおかげだ」


一度、そこで言葉を切る。


「……だが、これで安心できるほど、世界は甘くない」


空気が変わる。


「今回は、アルベールの独断と慢心に助けられた。だが、もし次が“国”だったら? 正規軍と魔術院が本気で動いたら? 今日と同じ結果になる保証はない」


それは脅しではなく、事実だった。


「勝った今だからこそ、次を考えねばならん」


ギードが深く頷く。


「力が通じると知ったが、同時に限界も見えた、というわけじゃな」


その言葉に、カインが、悔しそうに唇を噛んだ。


カインが唇を噛む。


「……試作ゴーレムを出せなかった。改良が必要です」


「結界も同じですわ」


エレノアが続ける。


「わたくし一人に依存する守りは、危うい」


勝利の熱狂の裏に隠されていた、厳しい現実。

だが、誰も下を向いてはいなかった。彼らの目には、課題を乗り越え、さらなる高みを目指そうとする、強い光が宿っていた。


その瞬間、カインが一枚の羊皮紙を広げた。

「だからこそ――次世代の守護神が必要です」

描かれていたのは、銀黒の騎士像。


「『スマートゴーレム』。半永久駆動のマナ炉心と、自律判断型の制御系を備えた、新世代機です」

カインは、その設計図を指さしながら、熱っぽく語り始めた。


「動力源は、マスターの『マナ・エントロピー理論』を応用した、半永久機関『マナ炉心エントロピー・コア』。これにより、従来のゴーレムとは比較にならない、圧倒的な持久力と出力を実現します。そして、制御系には、『条件反射式ルーン』を組み込み、常に最も効率的な魔力消費パターンを自己選択させる。武装は、敵の装甲を物質の構成粒子まで崩壊させる『マナ振動剣』と……」


「……おい待て、カイン。物質の構成粒子って、いつの間にそんな概念まで理解したんだ?」


俺がツッコミを入れると、カインは涼しい顔で答えた。


「以前、マスターが『物質は微細な粒子の集合体だ』と仰っていたではありませんか。ならば、その結合を魔力振動で解けば、理論上はいかなる物質も切断可能かと」


俺は思わず苦笑する。

「……相変わらず、発想が飛びすぎだ」


「マスターに教えて頂いた理屈の、当然の帰結です」


「……天才って怖いな」


俺は、ただ感嘆のため息を漏らした。

教えた覚えのないことまで、勝手に応用して兵器に転用している。

やはり、こいつは本物の化け物だ。


すると、今度はエレノアが、負けじと声を上げた。


「わたくしにも、考えがありますわ、師匠!」


彼女もまた、一枚の魔方陣が描かれた石板の設計図を取り出した。


「師匠の理論をさらに応用すれば、それが誰であろうとほんの少しの魔力を注ぐだけで、わたくしが張るものと同等の防御結界が自動で起動・維持されるようにすることが可能です! これが実現すれば、たとえわたくしが倒れても、村の守りは万全ですわ!」


新たな守護神と、誰もが扱えるようになる絶対的な盾。

二人の天才が提示した未来のビジョンに、そこにいた誰もが、息を呑んだ。


「よし。やろう」


俺は力強く頷いた。


「それが完成すれば、この村は誰にも脅かされない、真の楽園になる」



一方その頃。


祝祭の光が届かぬ闇の中を、一台の豪奢な馬車が、荒々しく夜道を叩いていた。


「――違う……!」

車内に響いた声は、叫びにもならない、掠れた呻きだった。


アルベール・ド・リヒテンブールは、座席に沈み込み、両の手首に嵌められた手枷を睨みつけていた。

冷たい金属が、脈打つ皮膚に食い込むたび、現実が否応なく突きつけられる。


「違う、違う違う……ッ!」


理解できなかった。なぜ、自分が負けたのかが。

詠唱はなかった。魔力の奔流も、荘厳な魔法陣もなかった。

ただ、音もなく降り注いだ“何か”が、兵を、誇りを、計算を、一方的に破壊した。


「あんなものが……魔法であるはずがない……!」


声を荒げるたび、馬車が軋む。

その揺れすら、今の彼には、世界そのものが拒絶しているかのように感じられた。


「リュシアン! お前も見たはずだ! あれは……詐術だ! そうだろう!?」


縋るような視線を向けられても、腹心は答えなかった。

否――答えられなかった。


彼の脳裏に焼き付いているのは、

魔力探知すら許さず、法則そのもので殴りつけてきた、あの“現象”だった。


「……アルベール様」

掠れた声が、闇に落ちる。


「我々は……魔法で敗れたのではありません」


アルベールの瞳が、ぎょろりと動いた。


「知恵で……世界の理で、完敗したのです」

その瞬間、何かが、決定的に壊れた。


「黙れッ!!」

アルベールは立ち上がろうとして、手枷に引き戻され、無様に座席へ叩きつけられた。

金属音が、檻の扉が閉まる音のように、車内に響いた。


「私は認めん……! 認めるものか……! 王都に戻ればいい……! 魔術院が……帝国が……!」

言葉は次第に、意味を失っていく。


リュシアンは、それ以上何も言わなかった。この男は、もう敗北しているのではない。“理解できない場所”に、自ら閉じこもったのだ。


馬車は夜を裂き、逃げるように走り続ける。だが、それは逃走ではない。

アルベール・ド・リヒテンブールは、自ら作り上げた檻の中へと、帰っていっているだけだった。



帝都ヴィンデル、皇帝の執務室。


ヴァレリアン皇帝は、報告書を読み終え、静かに笑った。


「一個師団に匹敵……か。いや、それ以上だな」


ベアトリクスの報告書を読み終えた皇帝は、しばらくの間、何も言わなかった。

やがて、彼は、ふっと、息を吐くように笑った。


彼は、椅子から立ち上がると、窓辺に歩み寄り、遥か東の空を見つめた。その先にある、地図にも載っていない、小さな村を思うように。


「エルディナ王国が捨てた石ころが、いつの間にか、どの宝石よりも眩い光を放ち始めた、か。……もはや、このまま放置しておくわけには、いかんな」


その呟きは、果たして、脅威と捉えたものか。それとも、抑えきれないほどの興味と独占欲の現れか。

ベアトリクスには、その真意を測りかねた。


ただ、確かなことは一つ。


帝国の巨大な天秤が、今、ウルム村という小さな重りを乗せられ、大きく、そして静かに、傾き始めたということだけだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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