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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第3章 不可侵と均衡

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第36話:鉄壁の結界と轟く雷鳴

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

最初の一矢は、叫び声すら上げなかった。


防壁から放たれたのは、火でも雷でもない。

鈍い金属音を引き裂く、乾いた衝撃だった。


次の瞬間、先頭を走っていた騎馬の一頭が、何かに叩き潰されたように横倒しになった。

馬の巨体が地面に叩きつけられ、騎士が宙を舞う。


「――なっ!?」


遅れて、轟音が届いた。


重弩砲(バリスタ)の射出音。

それは魔法の詠唱よりも早く、剣戟よりも重い、純然たる“物理”の咆哮だった。


二射、三射。

城壁の上から放たれた巨大な鉄杭が、進軍陣形の要所を正確に貫いていく。

鎧ごと、盾ごと、人と馬をまとめて引き裂き、地面へ縫い留める。


「ば、馬鹿な……! 置物ではなかったのか!?」


「全軍、前進! 魔術師部隊、詠唱始め! あの汚らわしい壁を、我らが魔法芸術の粋をもって、塵芥へと変えてやれ!」


リヒテンブール公爵家嫡男、アルベールの甲高い号令が、乾いた平原に響き渡る。

彼の目には、眼下のウルム村が、ただの虫けらの巣にしか映っていなかった。

分厚い防壁も、天を突く煙突も、彼にとっては生意気な「ごっこ遊び」の産物に過ぎない。本物の魔法の威力を見せつければ、あんなものは紙細工のように崩れ去る。そう信じて疑わなかった。


彼の隣に控えるリュシアンは、主君の横顔に浮かぶ隠しきれない焦燥と、現実を見ようとしない歪んだ自尊心を見て、静かに胃の痛みを覚えていた。


アルベールの軍勢の中核をなす、三十名の魔術師たちが一斉に杖を構え、呪文の詠唱を開始した。

大気中のマナが震え、それぞれの杖先に、灼熱の炎弾や、鋭い氷の槍、風の刃が形成されていく。


「放てぇっ!」


号令と共に、色とりどりの魔法が、死を運ぶ光の奔流となって、ウルム村の防壁へと殺到した。

それは、並の城壁であれば一撃で粉砕し、内側の家々ごと焼き尽くすほどの、圧倒的な破壊の力。


だが。


ドォン! バァン! ジュワッ!


魔法が壁に着弾する数メートル手前で、何もない空間が、まるで水面のように揺らめいた。 次の瞬間、半透明の、陽光を乱反射させる幾何学模様の光の壁が出現し、全ての魔法を事もなく受け止めた。 炎は霧散し、氷は砕け散り、風は虚空へと吸い込まれていく。 爆発音すらなく、ただ光が明滅しただけで、アルベール自慢の斉射は無に帰した。


「なっ……!?」


アルベールは、信じられないというように目を見開いた。

その整った顔が、驚愕と屈辱にみるみるうちに赤く染まっていく。


「馬鹿な! なぜだ!? 我が魔術師団の攻撃が、傷一つつけられん、だと!?」


彼の完璧な計画では、この最初の一撃で壁は崩れ落ち、追放者どもは泣き叫びながら慈悲を乞うはずだった。

それが、どうだ。まるで、子供が投げた小石を、大人が片手で軽く受け流したかのように、あっさりと無力化されてしまった。


アルベールが震える声で叫ぶのを、リュシアンは冷めた心で聞いていた。


(……やはり、こうなるか。あの男、アシュラン・ド・ランテーム。そして、彼に従う帝国の聖女と賢者。彼らは、我々の常識が通用する相手ではない。アルベール様は、最初から相手を見誤っておられたのだ……)



その頃、ウルム村の防壁の内側。

地下に新設された「防衛管制室」で、エレノアは静かに目を閉じていた。

彼女の前には、俺が設計し、カインが調整した、村全体の魔力分布を可視化する水晶板が、穏やかな光を放っている。


「……見えますわ、師匠」


彼女は、俺にではなく、自らの内なる声に語りかけるように呟いた。


「敵の魔力の流れ、そのあまりにも非効率なエネルギーの浪費が。師匠の『マナ・エントロピー理論』を応用すれば、彼らの魔法のベクトルと威力を予測し、最小限の魔力で、その進行方向にだけ『偏向シールド』を形成することが可能です」


彼女がやっているのは、ただ魔力で分厚い壁を作る「力技」ではない。

敵の攻撃エネルギーそのものを解析し、それに合わせて最適な角度と強度の盾を、着弾の瞬間にだけ展開する。それは、この世に二つとない究極の盾だった。


「防衛結界、稼働状況良好。損耗率、ゼロですわ」


エレノアが、こともなげに報告する。

俺は管制室の隅で、冷えた麦茶を飲みながら頷いた。


「よし。次はカインだな」



「な、何を怯むか! 魔法が効かぬなら、物理で砕くまでよ! 攻城兵器、前へ!」


最初の攻撃を無力化され、プライドを傷つけられたアルベールが、ヒステリックに叫ぶ。

彼の号令で、後方に控えていた三台の巨大な投石機(カタパルト)が、ギシギシと重苦しい音を立てて前進を始めた。

巨大な岩石を放り投げ、物理的な質量で壁を砕く兵器だ。


だが、その命令が、彼らの運命を決定づけた。


ウルム村の防壁の四隅に設置されていた、箱のような物体。

それを覆っていた偽装カバーが弾け飛び、中から巨大な弩砲――自動迎撃バリスタが、その不気味な姿を現した。


管制室で、カインが冷静に魔導盤を操作する。


「ターゲット確認。攻城兵器三機、および指揮官周辺の武装集団。……排除行動開始」


次の瞬間、バリスタが機械的な駆動音と共に、恐るべき速度で旋回した。

魔石を動力源とした自律思考回路が、敵の投石機の位置をミリ単位で捕捉し、風向きと重力を計算に入れて自動で照準を合わせていく。


ヒュン! ヒュン! ヒュン!


風を切り裂く鋭い音と共に、太い鉄の矢が放たれた。

それは雨のように無差別に降るのではない。恐ろしく正確な軌道を描いて、王国軍の頭上を越えていく。


「な、なんだ、あれは!?」


アルベール軍の兵士たちが悲鳴を上げる。

だが、その矢は兵士たちには目もくれない。全ての矢が、ただ一点、前進してくる投石機「だけ」を狙っていた。


ゴッ! ギャイン! バキッ!


鉄の矢は、投石機の主要な支柱を砕き、巻き上げ用の歯車を破壊し、台座を貫いた。

ほんの数十秒の出来事だった。

アルベール軍が誇る攻城兵器は、一発の石を投げることもなく、無力な木と鉄の残骸へと変わり果てていた。


「……信じられない」


リュシアンは、そのあまりにも一方的で、精密機械のような攻撃に、ただ呆然と呟いた。

人を殺さず、兵器だけをピンポイントで破壊する。それは、「いつでもお前たちを殺せるが、今は見逃してやっている」という、強者からの無言のメッセージでもあった。


「おのれ、おのれ……! 小賢しい玩具を使いおって!」


だが、アルベールにはそれが通じない。

彼のプライドは、現実を受け入れることを拒絶していた。


アルベールは、屈辱に顔を歪ませ、自らの腰に佩いた装飾過多な剣を抜いた。


「ええい、ままよ! 全軍突撃だ! 騎士団、我に続け! 力押しで構わん、あの城門を破り、異端者どもを一人残らず根絶やしにしてくれるわ!」


狂乱した指揮官の命令に、騎士たちが戸惑いながらも従おうとする。

五百の兵が、一斉に村へ向かって雪崩れ込もうとした、その時。



「……やれやれ。諦めてくれたら良かったんだけどな」


防壁の上からその様子を見ていた俺は、深いため息をついた。

これ以上の戦闘は無意味だ。あとは、彼らの心を折るしかない。


「カイン。例の雷魔法、いけるか?」


俺が尋ねると、カインから力強い返事が返ってきた。


『もちろんです、マスター。出力調整、完了しています』


「よし。当てなくていい。彼らの目の前に、特大の『警告』を刻んでやれ」


『承知いたしました』


カインが魔法陣を展開する。 以前、平原で実験した「電荷分離」と「絶縁破壊」の理論を応用した、戦略級雷撃魔法。 空が、急速に暗くなる。


「な、なんだ!?」


突撃しようとしていたアルベール軍の足が止まる。

頭上に渦巻く黒雲から、バチバチという不吉な音が響き渡る。


「……穿て雷撃」


カインの詠唱と共に、空が裂け、雷鳴より先に、皮膚を刺すような焦げた空気が肺に流れ込んだ。


ドッッッッッッガーーーーーーーン!!!!


鼓膜を破るような轟音。 そして、アルベール軍の最前列、数十メートル前の地面に、天から極太の雷柱が突き刺さった。


ズズズンッ!!


大地が揺れ、衝撃波が兵士たちをなぎ倒す。

土埃が晴れた後。

そこには、直径十メートル、深さ数メートルにも及ぶ、巨大な焦げた穴が穿たれていた。

地面はガラス化し、まだ赤い熱を放っている。


一瞬の静寂。


あまりの出来事に、誰も声を上げることすらできない。

ただ、焼け焦げた地面から立ち上る陽炎と、土の焼ける匂いだけが、そこに漂っていた。


「な、なんだこれは……」


やがて、誰かが震える声で呟いた。


「魔法、か……? こんな威力、見たことがねえぞ……」


「たった一撃で……地面が溶けてやがる……」


兵士たちが、ざわつき始める。

彼らの視線は、恐怖に染まり、目の前の巨大な穴と、その向こうにそびえる防壁を交互に見つめている。

あと数歩進んでいれば、自分たちが蒸発していた。その事実が、じわじわと彼らの理性を侵食していく。


アルベールは、ただ立ち尽くしていた。

視界の端で、兵士たちの士気が音を立てて崩れていくのが分かる。


彼は理解した。自分が恐れていたのは追放者ではなく、理解できない理屈そのものだったのだ。


「ひ、ひいぃっ!?」


誰かの悲鳴が、堰を切ったように恐怖を伝染させた。


「ば、化け物だぁ!!」


その一言が合図だった。

先ほどまでの突撃の勢いは嘘のように、兵士たちが一斉に武器を捨てて逃げ出し始めた。

ある者は腰を抜かして地面を這いずり、ある者は恐怖で足が動かずその場にへたり込み、またある者は味方を突き飛ばして一目散に馬を走らせる。

軍団としての統率は完全に崩壊し、そこにあるのはただの烏合の衆の潰走劇だった。


「ま、待て! 逃げるな! 敵前逃亡は死罪だぞ!」


アルベールが叫ぶが、もはや誰も聞く耳を持たない。

恐怖は、どんな命令よりも強く、彼らを支配していた。


「……こ、これまでです。アルベール様」


リュシアンが、震える声で進言する。 アルベールは、目の前に穿たれた巨大なクレーターと、逃げ惑う自分の兵たちを、ただ呆然と見つめていた。 剣を取り落とし、膝が震えている。 自らが信じてきた魔法も、魔術師としての誇りも、全てが、あの村の得体の知れない「科学」の前に、赤子のように捻り潰されたのだ。


「……っ、て、撤退だ……」


もはや彼のプライドは完全に砕け散り、その口から漏れたのは、か細く、絞り出すような声だけだった。


その言葉を唯一聞き取ったリュシアンが、主君の惨状に一瞬顔を歪ませながらも、すぐさま全軍に聞こえるよう大声で叫んだ。


「撤退! 全軍、撤退せよ!!」


敗走するアルベール軍の背中を見送りながら、俺は防壁の上で肩の力を抜いた。

「取りあえず何とかなったな。」

誰も傷つけず、何も壊されず。完全勝利といっていいだろう。



ウルム村を見下ろす丘の上。 その戦いの全てを、一人の影が静かに監視していた。 帝国の『黒鴉』、ベアトリクス・フォン・アイゼン。


彼女は、鉄の仮面のような無表情の下で、冷や汗を流しながら、ウルム村の戦力を分析していた。


(……驚異的だ。魔力消費を極限まで抑えた防御結界。敵意を自動で感知し、兵器のみを正確に破壊する迎撃システム。そして、最後の一撃……あんな魔法は今まで見たことも聞いたこともない)


彼女の手が、震えている。


(最小限の労力で、敵の戦意を完全に粉砕する。これは、もはや(いくさ)などと呼べる代物では……)


彼女は、その光景を目に焼き付け、報告すべき内容を、一言一句、記憶に刻み込んだ。


『――ウルム村、エルディナ王国の私兵団五百を、損害ゼロで撃退。その防衛能力、我が帝国の一個師団に匹敵、あるいは、それを凌駕すると判断。』


(この事実は、一刻も早く、陛下にご報告せねば……)


彼女の報告が、この先のウルム村に与える影響は計り知れないだろう。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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