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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第1章 追放者たちと快適化計画

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第4話:子供たちと小さな一歩

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

俺が、村人たちが言うところの「奇妙な道具」を片手に、村と川の間をうろつき始めてから数日が過ぎた。


村人たちは、畑仕事の合間に遠くから俺の様子を眺めては、怪訝そうに首を捻っていた。彼らの目には、俺の行動が理解不能な奇行にしか映らないのだろう。杭を打ち、ロープを張り、A字の木枠を置いては何かを熱心に羊皮紙に書きつけている男。その姿は、祈祷師のようでもあり、狂人のようでもあったのかもしれない。


「おい、あいつは一体何をしてるんだ?」


「さあな。だが、まともなことじゃないのは確かだ」


そんな囁き声が聞こえてくるが、俺は一切気に留めなかった。俺の頭の中は、観測データと計算式で満たされている。


距離は測鎖(そくさ)で地道に計測する。角度は測量杖と方位磁石で。そして最も重要な高低差は、A字の水準器で一歩ずつ、一歩ずつ確認していく。それは、途方もなく地味で、根気のいる作業だった。だが、物理学者としての俺にとって、この一つ一つのデータが積み重なっていく感覚は、何物にも代えがたい興奮を伴うものだった。


そして、さらに数日後。俺は全ての測量を終え、羊皮紙の上に詳細な等高線と水路の最適ルートを描き出すことに成功した。


「……なるほど、村長の言う通りか」


俺の測量によれば、川岸から村にかけて僅かに上り勾配となっていた。最終的には数メートル高い位置に村があった。普通にやったのでは自然に水が村へ流れてくることは、物理的にあり得ない。村人たちの経験則は正しかったわけだ。


だが、それで諦める俺ではない。

水を低い場所から高い場所へ運ぶ技術は、前世では当たり前のものだった。問題は、それをこの村にある材料だけで、どう実現するかだ。必要なのは、水を汲み上げるための「動力」。そして、その動力を生み出すための「仕組み」。俺の頭の中では、すでにいくつかの設計図が浮かび上がっていた。


「……まずは、水路からだな」


俺は気が進まなかったが、再び村長のギードを訪ね、村の男たちを集めてもらった。俺の前に立った彼らの顔には、相変わらず「で、今度は何なんだ?」という警戒心が浮かんでいる。


俺は地面に広げた羊皮紙を指さし、計画の全容を説明した。


「測量の結果、村長の言う通り、川は村より低い位置にあることが確認できた。だが、水を持ち上げる仕組みさえ作れば、村まで水を引くことは可能だ。そのための水路を、この図面の通りに掘りたい。そこで、君たちに協力を頼みたいんだがどうだろうか」


俺の説明が終わると、場はしんと静まり返った。やがて、一人の男が鼻で笑った。


「馬鹿げてる。水を持ち上げる仕組みだぁ? 川の水が、丘の上にあるこの村まで流れてくるわけがねえだろうが」


「そうだそうだ。わしらは何代もこの土地に住んどる。そんなことが可能なら、とくに誰かがやっとるわい」


彼らの反論は、経験則に基づいた、ある意味で正しいものだった。だが、それは「観測」と「思い込み」を混同した、非科学的な結論だ。


「あなたたちの言うこともわかる。この土地で長く暮らしてきた経験は、何より重いはずだ。だが、俺が調べた限りでは、やり方次第で可能だという結論が出た。試してみる価値はあると思うが、どうだろうか」


「やり方次第、ねぇ……。そんなうまい話があるもんか。無理なもんは無理だ」


議論は平行線を辿るだけだった。彼らは俺を、現実を知らない夢想家か、あるいは自分たちを騙してタダ働きさせようとしている詐欺師としか見ていない。


「そうか。残念だが、仕方ない」

俺は羊皮紙を丸めると、静かに立ち上がった。


「それじゃあ、俺一人で始めてみるとしよう」


俺が背を向けて歩き出すと、背後から嘲笑が聞こえた。だが、俺は振り返らなかった。彼らを説得するだけ無駄なエネルギーを使うくらいなら、その分、鍬を一度でも多く振るう方がよっぽど効率的だ。


翌日から、俺は一人で水路の予定地を掘り始めた。

もちろん、全ては俺が快適に暮らすためだ。水汲みの重労働から解放され、いつでも清潔な水が使える生活。それを手に入れるための、先行投資だ。


「楽をするための努力は惜しまないってね。」


ザク、ザク、と乾いた土を掘り返す音だけが、静かな丘に響く。

大人たちは、そんな俺の姿を「馬鹿な奴だ」とでも言いたげに一瞥するだけで、誰も声をかけてはこなかった。


そんな状況が、二日ほど続いた頃だった。

俺が汗だくで土を掘っていると、数人の子供たちが、遠巻きにこちらを見ていることに気づいた。その中の一人、栗色の髪をした活発そうな少女が、おずおずと近づいてきた。


「ねえ、何してるの?」


俺は鍬を振るう手を止め、少女の方を見た。


「水路を掘ってるんだ」


「すいろ?」


「まあ、小さな川だな。これができると、もう川まで水を汲みに行かなくても良くなる」


「えっ、本当!? そんなことができるの?」


少女の目が、驚きと期待に輝いた。俺は肩をすくめる。


「たぶんな」

俺がそう答えると、子供たちの中からリーダー格らしい少し体格のいい少年が前に出て来て、腕を組んで言った。


「うそだ!父ちゃんも、村のみんなも、そんなことできっこないって言ってたぞ!」


少年は疑いの目を隠さずに、俺を睨みつける。大人たちの言葉を鵜呑みにしているのだろう。


「そんなことは、やってみないと分からないだろ?」


俺はそう言うと、再び作業に戻った。子供たちは、それでも帰ろうとはせず、興味深そうに俺の作業を見守っている。


しばらく、そんな時間が流れた。

すると、最初に話しかけてきた少女が、リーダー格の少年をちらりと見ながらも、意を決したように叫んだ。


「私、手伝う! だって、もし本当にできたら、水汲みに行かなくて良くなるんだもん!」


少女はそう言うと、近くに落ちていた丈夫な木の板を手に、俺が掘った溝の土をかき出し始めた。その健気な姿に、他の子供たちは顔を見合わせ、戸惑っている。


「おい、エリアナ……」


「でも、父ちゃんたちが……」


何人かの子供たちは、手伝い始めた少女に戸惑いを見せていた。


すると、少年の一人がもじもじしながら言った。


「……じゃあ、俺も手伝ってみようかな。おれも、水汲み、楽したいもん」


「じゃあ、僕も!」


「私も!」


一人、また一人と、子供たちが作業に加わり始める。

もちろん、彼らの手伝いは戦力としては微々たるものだ。だが、一人で黙々と続けていた作業に、賑やかな声が加わった。


「こっちの石、重いよー!」


「なら、こうやってみんなで押そうぜ!」


彼らにとって、この作業は半分は遊びのようなものなのだろう。楽しそうに土を運び、石をどかしながら、キャキャとはしゃいでいる。

リーダー格の少年は、自分の言うことを聞かずに作業に加わった仲間たちを見て、顔を真っ赤にしていた。


「くだらねえ。俺はやんねーからな!」


リーダーの少年は、悪態をついてその場から去っていってしまった。


そんな子供たちの様子を、畑仕事をしていた大人たちが、眉をひそめて見ている。彼らの冷ややかな視線は、相変わらずだった。


それでも、俺の周りには、小さな仲間たちが集まっていた。


そもそも、俺が水路を作ろうと思った動機は、あくまで俺自身の快適な生活のためだった。けれども、こうして一生懸命に手伝ってくれる子供たちの姿を見ていると、自然と口元が緩む。


この子たちが、毎日のつらい水汲みから解放されるのなら、それはそれで悪くない結果だ。俺は、そんなことを考えながら、ただ黙々と鍬を振るう。


奇妙な協働作業が、この辺境の村で、静かに始まっていた。 そんな日が、しばらく続いた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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