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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

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第34話:氷の魔道具と真夏の祝祭

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

エルディナ王国の王都で、アルベール率いる私兵団が出立したことなど、アシュランたちが知る由もなかった。


その頃、遠く離れたウルム村には、容赦のない夏の日差しが降り注いでいた。


「……暑い。無理だ。溶ける」


俺は、自宅の研究室の机に突っ伏し、半ば死に体になっていた。 断熱材を入れた家は外気よりは幾分ましだが、反射炉がフル稼働し、村の人の出入りも増えたこの夏の暑さは、前世の日本を思い出させる湿気と熱気を帯びている。


「師匠、だらしないですわよ。私を見てください。聖女たるもの、心頭滅却すれば……あっつ……」


エレノアもまた、いつもの純白のローブを脱ぎ、薄手の麻のシャツ一枚で団扇を仰いでいた。

その顔は、完全に茹で上がったタコである。


「これじゃ、知的生産性が著しく低下するな……カイン。例のアレは、まだか?」


俺が呻くように問うと、工房から、煤だらけの賢者が顔を出した。

疲労の色よりも、興奮の光がその瞳に宿っている。


「お待たせしました、マスター! 『試作零号機』、組み上がりました!」


「おっ!でかした!」


俺はガバッと起き上がると、ふらつく足取りで工房へと向かった。

そこには、木箱と金属パイプ、そして複雑な魔方陣が刻まれた基板が組み合わさった、奇妙な箱が鎮座していた。


「これが……アシュラン式冷却保存庫、通称『冷蔵庫(フリーザー)』です。」


「ようやくだな。カイン。」


「はい。マスターの理論と、私の魔導工学の結晶です」


カインが誇らしげに箱を撫でる。

この装置の肝は、二つの理論の融合にある。


一つは、俺が提供した「ヒートポンプ」の原理。 以前作った蒸気ボイラーの逆転の発想だ。揮発性の高い錬金薬液を使用した冷媒を圧縮・膨張させることで、庫内の熱を奪い、外へ放出する。


そしてもう一つが、カインが構築した「電魔統合理論」に基づくハイブリッド回路だ。


「従来の魔導具、例えば王侯貴族が使う『氷の魔石箱』は、魔石の魔力を直接『冷気』に変換していました。ですが、それでは変換効率が悪く、高価な魔石を頻繁に交換するか、魔術師が常に魔力を込め続けなければなりません」


カインが解説する。


「ですが、このハイブリッド回路は違います。魔力を一度『電気的信号』に近い波動に変換し、それを動力の回転エネルギーとして使用します。さらに、回路内で減衰する魔力を循環・再利用するシステムを組み込みました」


「つまり?」


エレノアが首を傾げる。


「つまり、一度魔力をチャージすれば、少なくとも一ヶ月は放置しても稼働し続けるということです!実際の所は、稼動してみないと解りませんがね」


カインがドヤ顔で言い切った。

これは革命だ。

魔力持ちがいない一般家庭でも、月に一度魔力を「給油」してもらうだけで、冷蔵庫が使えるようになる。エネルギー革命の第一歩だ。


「カイン。早速動かしてみるのですわ」


エレノアがワクワクした様子を隠しもせずにカインを急かす。


「承知した」


そう言いながら、俺と目を合わせたカインが起動レバーを倒す。


ヴゥゥゥン……と低い駆動音が響き、箱の背面から温かい風が吹き出した。 そして、数分後。 俺がおずおずと扉を開けると――。


ヒヤァ……。


そこには、冷たく、澄んだ空気が満ちていた。


「おおおおっ!!」

「涼しい! 涼しいですわ師匠! まるで冬の雪山のようです!」


エレノアが顔を突っ込んで歓声を上げる。


「成功だな。……よし、これさえあれば、アレが作れる」


俺はニヤリと笑い、次の指令を出した。


「カイン、エレノア。牧場へ行って、ボルグから新鮮なミルクと卵をもらってきてくれ。あと、行商人から買った砂糖も持ってきてくれ」


「え? 何をするんですか?」


「ふふふふふ……。まぁ、見ておき給え。このクソ暑い夏を乗り切るための、至高のデザートを作って見せよう」



数時間後。

村の広場には、仕事終わりの村人たちが集められていた。

彼らの視線の先には、俺たちが作った「冷蔵庫」と、そこから取り出された金属製のボウルがある。


「アシュラン、これは一体なんだ? 随分と冷えてるようだが」


ギードが不思議そうにボウルを覗き込む。


中に入っているのは、白くなめらかな、半固形の物体だ。 ミルクと卵黄、砂糖を混ぜ合わせ、冷蔵庫の中で冷やしながら、カイン特製の自動攪拌機で撹拌し続け、空気を含ませた特製のアイスクリームだ。


「まあ、食べてみてくれ。暑気払いだ」


俺は木のスプーンでそれをすくい、ギードや子供たちに配った。


「えー、なになに?」


「冷たい!」


キドがおっかなびっくり、白い塊を口に運ぶ。

その瞬間。


「!!!」


キドの目が、これ以上ないほど大きく見開かれた。


「あ、甘い! 冷たい! 口の中で溶けた!?」


「なんじゃこりゃあ!?」


ギードも驚愕の声を上げる。

「濃厚なミルクの味がするのに、冷たくて、ふわふわで……。こんな食い物、見たことも聞いたこともないぞ!」


「うめええええ!!」


「頭がキーンってするけど、止まらねえ!」


村人たちの間に、爆発的な歓声が広がった。

炎天下の重労働で火照った体に、冷たくて甘いアイスクリームは、まさに劇薬的な美味さだ。


そして、誰よりも感動していたのは、やはりこの方だった。


「…………っ!」


エレノアは一口食べた瞬間、言葉を失った。


「淡雪のように消えて……そのあとに、慈悲深い甘さが残りますわ……。冷たさが喉を通るたび、魂が清められるよう……」

彼女はうっとりと頬を染め、俺を見た。


「師匠! これは……これはまさに、天界の神々のみが食すことを許された奇跡、『雪の(スノー・)神々の食べ物(アンブロシア)』ですわ!」


「いや、アイスクリームだ」


「スノー・アンブロシア! 決定です!」


エレノアの宣言により、この村の名物に、また一つ大層な名前の品が加わってしまった。


「おい、もっとないのか!」


「俺にもくれ!」


村人たちが殺到する。

俺はカインと顔を見合わせ、苦笑した。


「仕方ない。冷蔵庫はフル稼働だ。材料がある限り作るぞ!」


「はい、マスター! 」


その夜、ウルム村では即席の「アイスクリーム祭り」が開催された。 焚き火の代わりには、未だ試作段階ではあるが、カインが作った「光る魔石ランプ」が広場を照らす。 大人たちは冷えたエールを、子供たちはアイスクリームを片手に、歌い、笑い、夏の夜を楽しんだ。


「……いい夜じゃな」

喧騒から少し離れたベンチで、ギードがしみじみと呟いた。


「ああ。これぞ、俺が求めていたスローライフの一片だよ」

俺も隣に座り、冷たい風を感じながら言った。


「わしらは、国を追われた身じゃ。本来なら、今頃は野垂れ死ぬか、絶望して生きる屍になっていたはずじゃった。……それがどうだ。こんなに美味いものを食って、こんなに笑っておる」


ギードは、楽しそうに踊る村人たち、その中には、新しく受け入れた難民のトマスたちも混ざっている。ギードは彼らを見つめ、目を細めた。


「アシュラン。あんたのおかげじゃよ。礼を言う」


「よしてくれ。俺は、自分が快適に過ごしたいだけだ」


焚き火の代わりに灯る魔石ランプの光を眺めながら、俺は肩をすくめた。


自分の作ったもので、誰かが笑う。

それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……マスター」


「師匠!」


カインとエレノアが、追加のアイスを持ってやってくる。

二人とも、口の周りに白いクリームをつけて、子供のように笑っていた。


「おかわり、できましたわよ!」


「冷却効率、さらに向上しました!」


「はいはい。……ったく、しょうがないな」


俺は苦笑いしながら、差し出されたスプーンを受け取った。



宴が終わり、俺は、心地よい疲労感と共に家へと帰った。しかし、玄関を開けた瞬間、熱気が俺を襲った。


「……暑っ」


断熱の効いた我が家は、夏でも夜ともなれば涼しいはずだ。 なのに、部屋の中は外気よりも遥かに暑い。まるでサウナだ。


俺は慌てて熱源を探し、そして、キッチンに置かれた「冷蔵庫」の背面に手をかざして、全ての謎を解いた。


「……あ」


背面から吹き出す排熱を前に、全てを理解する。


「――真夏の暖房機じゃないか!」


俺の絶叫が、深夜の村に響き渡った。


「これじゃあ眠れない! 窓を開けて…… いや、排気ダクトを作らないと……!」


あちらを立てればこちらが立たず。 物理法則は、どこまでも公平で、残酷だ。


この「冷蔵暖房機」が改良され、きちんと「冷蔵」と「排熱」を分離した快適なシステムへと進化するのは、まだ少し先の話である。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

これにて第2章、完結となります。

幕間を挟み、第3章へと物語は続きます。

引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


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