第33話:王国の決断と独善の刃
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エルディナ王国王宮、その大会議室には、玉座を中心に王国の中枢が集っていた。
重苦しい沈黙だけが、国の行く末を量るかのように場を支配している。
玉座に座すは、国王アンリ四世。
その両脇には、軍部の最高司令官である元帥と、王家に連なる大貴族たち。
そして、円卓には、老練な宰相をはじめとする重臣たちに加え、王立魔術院の代表として白髭の院長が鎮座している。
その脇には、今回の報告者として控えるアルベール・ド・リヒテンブールと、王国の守護者たる『ラ』の称号を持つ名門貴族の席に、氷の魔術師オリヴィエ・ド・ラ・ヴァレットの姿があった。
魔術院内の根回しを終えたアルベールは、満を持して、この王国の最高決定機関で、自らの進言を始めようとしていた。
彼の顔には、自らの正しさを微塵も疑わない、傲慢なまでの自信が浮かんでいる。
「――国王陛下、並びに、ご列席の皆様」
アルベールは、芝居がかった仕草で、恭しく一礼した。
「本日、私がご報告申し上げるは、我らが王国の安寧を脅かす、由々しき事態についてにございます」
彼は、リュシアンからの報告を、さも自分が陣頭指揮を執って確認してきた事実であるかのように語り始めた。悪意と野心で巧みに脚色されたその報告は、聞く者の不安を煽るには十分だった。
ウルム村が、王国への反逆を目論む異端者アシュランに支配された、危険な武装集落であること。
帝国の聖女と賢者が、彼の妖しげな術によって心まで囚われ、人質同然となっていること。
そして、その村が、今もなお軍備を増強し続けていること。
「……以上が、私が危険を顧みず極秘裏に現地へ赴き、この目で確認した辺境の地の真実でございます。皆様、これを聞いて、黙っておられるおつもりか!」
アルベールの扇動的な言葉に、会議室は即座に二つに割れた。
「許せん! 我らが追放した罪人が、帝国の至宝を手駒にし、我々に牙を剥こうなどとは!」
口火を切ったのは、武功を立てる機会に飢えている、好戦的な軍部の将軍だった。彼の意見に、手柄を立てて家名を上げたい若い貴族たちが、次々と同調する。
「まさに! これは、我が王国の威信に対する、明確な挑戦ですぞ!」
「直ちに討伐隊を編成し、逆賊アシュランの首を刎ねるべきだ!」
だが、その熱狂に、冷や水を浴びせる声が上がった。
「……お待ちいただきたい」
氷の魔術師、オリヴィエ・ド・ラ・ヴァレットだった。
彼は、魔術師としてだけでなく、国境を守護する『ラ』の一族としての矜持を込めた、芯の通った声で続けた。
「アルベール殿の報告、あまりに一方的で、感情的すぎる。帝国の聖女と賢者に手を出すことが、何を意味するか。それは、あの好戦的な若き皇帝が治める帝国に、戦争の口実を与えるに等しい、極めて危険な愚策です」
その言葉に、今度は白髪の宰相が、重々しく頷いた。
「オリヴィエ殿の言う通りだ。アルベール殿の報告は、あくまで『アシュランが反逆の意思を持っているように見える』という、憶測の域を出ておらぬ。そのような不確かな情報で、王国を存亡の危機に晒すなど、あってはならんこと。まずは、事実確認のため、公式な使節団を派遣し、彼らの真意を問うのが筋であろう」
慎重論を唱えるオリヴィエと宰相に対し、アルベールは、内心で舌打ちしながらも、顔には悲痛な表情を浮かべてみせた。
「皆様の、国を思うお気持ち、痛いほど分かります! ですが、その悠長な判断が、取り返しのつかない事態を招くとしたら!? 聖女様と賢者様が、完全にあの男の傀儡と化してしまった後では、全てが手遅れなのですぞ!」
アルベールの言葉は、彼らの恐怖と、そして帝国に対する劣等感を、巧みに刺激した。
「我々がすべきは、断固たる行動です! 逆賊アシュランを討伐し、彼の妖術に惑わされている帝国の至宝を、我らが『保護』するのです! これは好機ですぞ! 我々が彼らを『解放』し、手厚く保護すれば――少なくとも、帝国が“先に囲い込む”ことは防げます。何もしないことこそ、最大のリスクではありませんか?」
だが、その時まで沈黙を守っていた、玉座の上の存在が、静かに口を開いた。
「……もう、よい」
国王アンリ四世。その一言で、会議室の喧騒は、水を打ったように静まり返った。
「アルベールよ。其方の憂国の念、分からぬでもない。だが」
国王は、その威厳に満ちた目で、アルベールを真っ直ぐに見据えた。
「帝国の介入を招きかねぬ不確かな情報で、この王国を危機に晒すことは、余が許さぬ。これ以上、この場で煽動を続けることも許さん。この件は終わりだ正式な使節団の派遣については、宰相、そちに一任する」
それは、アルベールの進言に対する、完全な、そして公然の「否決」だった。
「……御意に」
アルベールは、屈辱に顔を赤く染めながら、そう答えるのが精一杯だった。王国の最高決定機関で、公然と恥をかかされた。彼のプライドは、ズタズタに引き裂かれた。
◇
その日の夜。
リヒテンブール公爵家の自室で、アルベールは、一人、グラスの中の葡萄酒を睨みつけていた。
(……なぜだ。なぜ、誰も分からぬ。あのアシュランという男の、底知れぬ不気味さを。そして、奴を放置しておくことの、本当の危険性を……!)
彼の脳裏に、リュシアンが報告した、ウルム村の異様な光景が蘇る。
(そうだ。国王陛下も、宰相も、あの老いぼれどもは、皆、臆病風に吹かれているだけだ。ならば……)
「――国が動かぬなら、私が動くまで」
アルベールは、グラスの中身を一気に煽ると、決意の光を目に宿した。
彼は、自らの家門が持つ莫大な財産を使い、秘密裏に兵を集め始めた。
騎士団の主流から外され、不満を抱える者。手柄を立てて、一気に成り上がりたいと願う、野心家の若手騎士。そして、金さえ積めば、どんな汚れ仕事も請負う、腕利きの傭兵団。
表向きは、「辺境で目撃された、危険な魔獣の討伐」を名目とした、公爵家直属の私兵団の結成。だが、その真の目的は、ただ一つ。
「リュシアン」
計画を知らされ、その無謀さに青ざめる部下に、アルベールは狂信的な光を宿した目で言った。
「国が動かぬ以上、私がやるしかない。今回の討伐、私が直々に指揮を執る」
「ア、アルベール様ご自身が、ですか……?」
「そうだ。あの会議室にいた腰抜け共には任せておけん。奴らは、事の重大さをまるで理解していないのだ。私が自らの手でアシュランを討ち、王国を救わねばならん。これは、真の愛国者である私にしかできぬ“是正”だ。歴史は、常に正しかった者を後から選ぶ。お前も、私と共に来い」
リュシアンは、主君の目に宿る、もはや正気とは思えぬ光に、何も言うことができなかった。彼は、この計画が、王国を、そして自らを、破滅へと導く道であることを知りながら、ただ、黙って頷くことしかできなかった。
数日後。
アルベールが率いる五百の私兵団が、夜陰に乗じて、王都の城門から静かに出立した。
その独善の刃が、平和なウルム村に向けられていることを、まだ、誰も知らなかった。
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