第30話:電磁誘導と賢者の閃き
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[日間] 異世界転生/転移〔ファンタジー〕ランキング(連載中)191位
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これからも楽しんでいただけるよう、引き続き執筆していきますので、
どうぞよろしくお願いいたします。
雷魔法の実験を終えた興奮も冷めやらぬまま、俺たちは自宅の研究室に戻っていた。
あの一撃が示した、自然界のエネルギーの片鱗。
そして、それを技術として再現できる可能性。
俺の頭の中は、新たなプロジェクトへの期待で満ち溢れていた。
「さて、それじゃあ、発電機の製作に取り掛かるとしよう」
俺がそう宣言すると、カインは真剣な眼差しで頷き、エレノアは「やったー!」と無邪気に歓声を上げた。
「まずは、基本となる電流の概念からだな」
俺は、カインに向き直って言った。
エレノアはその様子を眺めながら、作業台の上に並ぶ魔石や工具へと視線を移していた。
理論の話が始まったことを察したらしく、無理に口を挟む様子はない。――彼女は、こういう時は聞き役に回る。
「カイン。君は、磁石が鉄を引きつけることは知っているな?」
「はい、マスター。磁鉄鉱などが持つ、不思議な性質ですね」
「そうだ。その磁石の周りには、目には見えない『磁力線』という力の流れがある。そして、銅のような電気を通しやすい金属を、たくさん巻いたもの――これを『コイル』と呼ぶ」
俺は、羊皮紙に簡単な図を描きながら説明を続ける。
賢者であるカインは、その図を食い入るように見つめ、俺の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、全神経を集中させていた。
「ここからが重要だ。このコイルの近くで、磁石を動かす。あるいは、磁石の近くでコイルを動かす。そうすることで、コイルを貫く磁力線の流れを、意図的に変化させるんだ」
「……磁力の流れを、変化させる……?」
「そうだ。その磁力線の『変化』しようとする力こそが、コイルの中に電気――つまり、電流を流そうとするエネルギーを生み出す。これが、発電の最も基本的な原理、『電磁誘導の法則』だ」
「磁石とコイルを動かすと、電気が発生する……」
カインが、その単純な結論を反芻する。
やがて、その目が驚きと理解に大きく見開かれた。
「なんと……! なんと単純で、そして美しい法則なのでしょう……!」
彼は、まるで神の啓示でも受けたかのように、その場に立ち尽くしていた。
複雑な儀式も、詠唱も必要ない。ただ、「動かす」だけでエネルギーが生まれる。そのシンプルさが、賢者の琴線に触れたようだ。
「具体的な構造は、こうだ」
俺は、さらに図を描き足していく。
「まず、磁石を取り付けて回転させる部分、『回転子』。そして、その周りに、銅線を巻いたコイルを固定した『固定子』。この二つで発電機は成り立っている」
「なるほど……」
「あとは、この回転子を、何かの力で回し続けてやればいい。例えば、ノーリアのような水車で回せば『水力発電』。風車で回せば『風力発電』。燃料を燃やして水を蒸気に変え、その蒸気の力でタービンを回せば『火力発電』になる。動力源は違えど、やっていることは全て同じ。回転子が回ることで、固定子のコイルに電気が生まれる。ただ、それだけのことだ」
俺の説明が終わると、カインはしばらくの間、羊皮紙に描かれた図面を無言で見つめていた。
その頭脳が、今、俺が提示した全く新しい知識を、驚異的な速度で解析し、自らの知識体系と融合させているのが分かった。
「……素晴らしい。実に、素晴らしいです! マスター」
やがて顔を上げた彼の目には、もはや単なる驚きではなく、新たな世界の扉を開いた者だけが持つ、深い探究の光が宿っていた。
一方、その隣では。
「……理屈は難しいですけれど」
エレノアが小さく首を傾げながらも、羊皮紙に描かれた図へと視線を向けていた。
「でも、“動かすと力が生まれる”ってところは、なんだか分かる気がしますわ」
それだけ言って、彼女は再び静かに聞き役に戻る。
細部を追うよりも、全体の流れを掴もうとする――それが彼女のやり方だ。
「ならば、マスター」
カインが、興奮を抑えきれないといった様子で続けた。
「その『発電機』を再現するとすれば……。まず、回転させる動力は、魔法で代用することが可能では? 風魔法の術式を刻んだ魔石を使えば、燃料なしで永久に回り続けるタービンが作れます」
「ほう、なるほど」
「そして、磁石の代わりには……そうだ、指向性を持つ高純度の魔力鉱石が使えるかもしれません! 磁力と魔力、性質は似ています。ならば、コイルの代わりにミスリル銀の線を使えば、電気ではなく純粋な魔力エネルギーを取り出すことも可能なのでは?」
カインの思考は、止まらなかった。
彼は、俺が提示した基本原理を、瞬時にこの世界の法則へと翻訳し、具体的な応用案を次々と生み出していく。
「いや、待てよ……? 発想を転換すれば、電磁誘導だけが道ではないかもしれませんよ。例えば、一部のマナ結晶は、強い圧力をかけると発光・発熱する性質を持ってます。その光や熱を、別の装置で電気に変換することは……?」
「あるいは、体内に魔力経路があるように、特定の鉱物にも『魔力の通り道』が存在する。これを導線のように使い、マナの流れそのものを、直接電流へと変換できないだろうか……?」
そして、彼はハッとして顔を上げた。
「そうだ! マスターの『マナ粒子エントロピー増大則』! マナが、秩序ある状態から、無秩序な状態へと散逸していく、その拡散エネルギーを利用すれば……! 魔法陣そのものを、一種の発電回路として設計することも、理論上は可能なのでは……!?」
次から次へと溢れ出す、天才的な発想の奔流。
俺は、ただ、呆然とその様子を見つめていた。
俺が教えたのは、たった一つの基本原理だ。
だが、彼はそれを核として、全く新しい科学技術の樹を、その頭脳の中に、一瞬で芽吹かせ、育て上げてしまった。
やはり、カインは本物の天才だ。 俺が持つ知識は、前世の先人たちが積み上げてきた、完成された知識の受け売りに過ぎない。 だが彼は、今、この瞬間に、未知の真理を、自らの力で創造している。
「……カイン」
俺が声をかけると、彼ははっと我に返った。
「す、すみませんマスター。つい、思考の世界へ……」
「いや、素晴らしいアイデアだ。君は、本物の天才だな」
俺は、感嘆のため息を漏らした。
「俺が教えたのは、たった一つの基本原理だ。だが、君はそれを瞬時に世界の理と結びつけ、全く新しい可能性をいくつも見つけ出した。……分かった。電磁誘導式なんて、ありきたりなものはやめだ」
俺はニヤリと笑った。
「君が考えた、君ならではの発電方法。その中で、君が最も美しいと思う理論を、君自身の手で形にしてみてくれないか?」
俺の言葉に、カインは一瞬、息を呑んだ。
そして、やがて、その目に、賢者としての誇りと、一人の探求者としての純粋な喜びの光を、同時に宿らせた。
「はい、マスター! このカイン・フォン・ローゼンベルク、生涯の全てを懸けて、マスターのご期待に応えてみせます!」
「やったー!」
話の内容は全く分かっていないだろうに、エレノアが、とりあえず楽しそうな雰囲気だけを察して、無邪気に歓声を上げた。
こうして、俺たちの次なる挑戦――この世界独自の、科学と魔法が融合した全く新しい発電システムの開発が始まった。
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