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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

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第29話:賢者の雷撃と電気の夜明け

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

帝国と王国の水面下での動きなど、知る由もないウルム村。

俺たちの日常は、相変わらず平和で、そして知的な興奮に満ちていた。


その日の午後も、俺は自宅の研究室で、二人の弟子(仮)と魔法と科学の融合に関する議論に講じていた。


「――つまり、エレノアの治癒魔法の効率が劇的に上がったのは、魔力経路マナ・チャネルの詰まりを正確に特定し、そこにピンポイントで魔力を流せるようになったからだ。無駄な放出を抑え、必要な場所に、必要な量だけ流す。これが『流れ』の制御だ」


「はい、師匠! 『診断』と『制御』! なんと素晴らしい響きでしょう! これぞ、魂を救うための第一歩ですわね!」


エレノアが、いつものように目を輝かせて同意する。

その隣では、カインが冷静に、しかし熱心にメモを取っていた。


「流れ、か……」


俺は呟きながら、ふと窓の外を見た。

水路を流れる水。血管を流れる血液。そして、体内の魔力経路を流れるマナ。

この世界に来てから、様々な「流れ」を利用してきた。

だが、俺の知識の中には、文明を支える最も強力で、根源的な「流れ」がまだ手付かずで残っている。


「なあ、カイン。君は、『電流』というものを知っているか?」


俺の唐突な問いに、カインはペンを止め、不思議そうな顔で首を傾げた。


「電流……ですか? 初めて聞く言葉ですね。水流や気流のような、何かの流れを指す言葉でしょうか?」


「え? なになに? また何か凄いヤツですの!?」


隣で話を聞いていたエレノアが、キラキラとした期待の眼差しで身を乗り出してくる。

俺は、窓の外の空を見上げながら、にやりと笑った。


「ああ、凄いヤツだ。我々の文明を根底から支えるエネルギーさ。例えば、空で光る『雷』。あれがまあ、電流の一種だな」


その言葉に、カインの表情が変わった。

彼の知的な好奇心が、強く刺激されたのが分かった。


「雷を……あの天罰とも呼ばれる自然現象を、魔法ではなく、技術として利用できると、そう仰るのですか、マスター?」


「まあ、そうだな。まずはその正体を理解する必要があるが」


俺が頷くと、エレノアが残念そうに頬を膨らませた。


「むぅ……わたくし、雷魔法は使えませんの。光魔法なら得意なのですが」


「私は、専門ではありませんが、一応は使えますよ、マスター」


カインが、さらりとそう言った。

さすがは賢者だ。属性を選ばない万能性は伊達ではない。


その言葉に、エレノアがむっとしたようにカインを睨む。


「あ! そうやって、カインはすぐにマウントを取ろうとしますわ! 嫌な性格!」


「そんなことはないよ、エレノア嬢。事実を述べたまでだ」


二人の、もはや日常となった軽口の応酬を、俺は微笑ましく見守っていた。


「そうか。じゃあ、ちょうどいい。電流の仕組みをより深く理解するためにも、カインの雷魔法を、俺の理論で強化してみようか」



俺たちは、村から少し離れた、見晴らしの良い平原へと移動した。

周囲に燃えやすいものがないことを確認する。


「では、カイン。まずは、いつも通りに雷魔法を使ってみてくれ」


「承知いたしました」


カインが、静かに目を閉じ、呪文を詠唱し始める。


「――穿て、紫電の槍」


彼が杖を振るうと、何もない空間からパチパチと音を立てて魔力が集束し、一本の紫色の雷撃が形成された。

それは直線的な軌道を描いて飛び、数百メートル先の岩に命中して、パアン!と小さな炸裂音を立てた。


「……ほう。詠唱破棄、とまではいかないが、ずいぶん短いな。詠唱短縮か?」


俺が感心して尋ねると、カインは杖を下ろして涼しい顔で頷いた。


「はい。実戦では、長ったらしい呪文を唱えている暇などありませんからね」


「なるほど。それにしても、これだけの威力の魔法をその短さで放つとは。凄いな」


「いえ、それほどでもありませんよ。マスターの理論に比べれば、児戯に等しいです」


カインが謙遜していると、横から割り込んでくる影があった。


「師匠! わたくしも詠唱短縮できますわよ! 光魔法なら無詠唱でもいけます! 見ます? 見ます?」


エレノアが俺の顔を覗き込み、尻尾を振る犬のようにアピールしてくる。


「はいはい、すごいすごい」


「むぅ! 師匠の私に対する扱いが雑ですわ!」


俺はエレノアを適当にあしらいつつ、話を戻した。


「……なるほど。魔力そのものを雷の性質に変質させて、指向性を持たせて撃ち出しているのか」


俺は、カインの放った魔法の残滓を確認しながら頷いた。


「これが、一般的な雷魔法か。魔力を電気の性質を持つエネルギーに変換して、射出しているんだな」


「はい。ですが、威力はともかく、制御が難しく、射程も短いのが難点です」


カインが分析的に答える。

横ではエレノアが「ふふん、わたくしの聖光魔法の方が速くて綺麗ですわ」と対抗心を燃やしているが、カインはスルーした。


「じゃあ、次だ」


俺は、カインに向き直った。


「カイン。君が今やったことは、ただ魔力を雷の形に変えて、放出しただけだ。姿形こそ雷だが、その本質は別物だ。自然界の雷は、もっと違う壮大な仕組みで発生している」


俺は、地面に木の枝で図を描きながら、雷の科学的な原理を説明し始めた。


「……雲の中では、上昇気流で氷の粒がぶつかり合って、静電気が発生する。軽いプラスの電気は雲の上に、重いマイナスの電気は雲の下に溜まる。これを『電荷の分離』という」


「電荷の……分離……」


「そして、このプラスとマイナスの電気の差、つまり、電位差が限界を超え、空気という壁を突き破れるほど大きくなった瞬間、一気に電気が流れる。これが『絶縁破壊』、つまり落雷だ」


俺の説明に、カインは目を見開いていた。

彼にとって、それは世界の理を根底から覆す、衝撃的な知識だった。


「そうだったのですか……。雷とは、魔力の塊ではなく、大気の歪みが生み出すエネルギーの奔流……。では、その仕組みを理解した上で、魔法を使えば……」


「魔法で雷を作るんじゃない。魔法で、大気の状態を操作して、自然の雷を『誘発』するんだ」


「……やってみましょう」


カインは、再び目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

だが、今度の彼の魔力の使い方は、先程とは全く違っていた。


彼は、魔力を雷に変えるのではなく、俺が説明した通り上空の大気中に存在するプラスとマイナスの電荷を、自らの魔力フィールドで強制的に引き剥がし、天と地の間に巨大な「電位差」を生み出そうとしていた。


その瞬間。

平原の空気が、ビリリと震えた。


「きゃっ!?」


エレノアが、腕をさすりながら声を上げる。肌が粟立ち、髪の毛が逆立つような感覚。静電気だ。


穏やかだった風が、突如として唸りを上げ、嵐のように吹き荒れる。

空には、あり得ない速度で暗雲が渦を巻き始め、その中心が、まるで巨大な口を開けたかのように、不気味な紫色に染まっていく。


「す、すごい……! 大気が、悲鳴を上げていますわ……!」


エレノアが、驚きと興奮、そして恐怖に声を震わせる。


「……くっ……! これが、絶縁破壊の予兆……!」


カイン自身も、自らが引き起こしている現象の、そのあまりのスケールの大きさに、脂汗を流していた。 彼が作り出したのは、ただの魔法現象ではない。局地的な「天災」だ。


そして。

限界点を超えた、その時。


世界が、一瞬、白に染まった。


カッッッッッ!!!!


ドッッッッッッガーーーーーーーン!!!!


鼓膜を突き破るような轟音と共に、天を裂くほどの極太の雷柱が暗雲から迸り、平原に立つ一本の巨大な枯れ木に直撃した。


ズズズンッ!!


地面が激しく揺れ、衝撃波が俺たちの体を吹き飛ばさんばかりに襲う。

直撃を受けた枯れ木は、燃える暇もなく一瞬で蒸発・炭化し、跡形もなく消し飛んだ。


「……」


「……」


「……」


土煙が晴れた後には、黒く抉れたクレーターと、煙を上げる大地だけが残されていた。

三人は、言葉を失って立ち尽くしていた。


「……これが、自然の、本当の電流……か?」


俺は、乾いた喉で呟いた。 正直、やりすぎだ。まさかこれほどの威力になるとは。 物理学者として知識では知っていても、目の前で見せつけられるエネルギーの暴力は、畏怖そのものだった。


「あ、あわわわ……! 師匠! 流石ですわ! カインの魔法が、こんな戦略級魔法みたいになるなんて!」


エレノアが、腰を抜かしそうになりながらも、興奮して俺の腕に飛びついてくる。


「マスター……」


カインが、まだ震える自分の手を見つめながら、食い入るように俺に尋ねてきた。

その目は、恐怖よりも、未知の力への渇望で燃えていた。


「これを、魔法ではなく、技術で再現できると? この神の雷を、人の手で?」


「……あ、ああ…。も、もちろん、だが、こんな破壊の光として使うんじゃないぞ?」


俺は、冷や汗を拭いながら冷静に努めて答えた。


「このエネルギーを、もっと小さく、安定して生み出し、制御することができれば……。ノーリアよりも遥かに強力で、便利な動力を得られる。夜の村を照らす明かりも、ドルガンの炉をもっと高温にする熱も、全てが手に入る」


「電気……」


カインが、その言葉を噛み締めるように繰り返した。


「分かりました。やりましょう、マスター! その『電気』という新たな理、必ずや解明してみせます!」


「やったー! わかりませんけど、なんかすごそうですわー!」


エレノアが、無邪気に歓声を上げる。


こうして、俺たちの次なる挑戦――発電機の製作が、決定した。


それは、この村に、そしていずれはこの世界に、「電気」という名の新たな文明の火を灯すための、壮大なプロジェクトの始まりだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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