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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

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第24話:楽園の噂と帝国の影

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

季節は春から、日差しの強い初夏へと移ろい始めていた。


俺の快適なスローライフ計画は、俺は認め龍盛はないのだが、二人の超弩級の自称弟子が加入したことにより、俺一人の手を離れ、とんでもない速度で暴走を始めていた。


「師匠! 本日の『聖水』の品質検査、完了いたしました! いかなる病の種も滅する、完璧な浄化率ですわ!」


朝一番、エレノアが真剣な顔で報告に来る。 彼女が言う『聖水』とは、俺が教えた衛生学の知識に基づき、ろ過した水をさらに煮沸消毒しただけの、ただの湯冷ましだ。 だが、彼女の手にかかれば、それは神聖な儀式を経て生み出される霊薬となる……らしい。


彼女は今、村の女性たちを集めて「ウルム村衛生組合」なるものを組織し、その組合長として、村の衛生環境の維持に絶大な情熱を燃やしていた。


「それと、薬草園で栽培しております霊薬(エリクサー)の主原料となる薬草も、順調に育っております。師匠に教わった通り、土壌の酸性度を石灰で調整し、堆肥による養分を周期的に与える農法を実践したところ、薬草の魔力含有量が、以前の三倍以上に跳ね上がりましたわ!」


俺が教えたのは、ただの土壌化学と近代農法の基礎知識だ。

だが、それを「聖女」である彼女が実践し、祈りを込めながら育てると、科学と魔法の境界線が曖昧になるらしい。


一方、カインは、完全に物理学と工学の虜となっていた。


「マスター! この歯車の組み合わせでは、動力の伝達効率に若干のロスが生じます! ここに遊星歯車(プラネタリ・ギア)を導入すれば、さらに小型で高出力な動力が得られるはずです!」


彼は今、ドルガンやヘイムと共に、ノーリアの回転動力を利用した、村の新たな産業革命を計画していた。

製粉機、製材機、そして、いずれは自動織機まで。

彼の探究心は、俺の知識をスポンジのように吸収し、この世界の技術と融合させ、新たな発明を次々と生み出していく。


腐っても聖女と賢者。

いや、腐ってなどいないのだが、この二人の学習能力と応用力は、常軌を逸していた。



そんな日々が続く中、ウルム村の噂は、もはや一介の行商人が語る与太話の域を超え、一つの伝説として帝国全土へと広がっていた。


聖女の病を癒し、賢者を弟子に取った、謎の超人が支配する奇跡の村。 その噂は、ついに帝国の中枢、皇帝陛下の耳にも届くこととなった。


帝都ヴィンデル。その中央にそびえ立つ、白亜の皇帝居城。

玉座の間で、皇帝ヴァレリアン・フォン・アドラーは、宰相から上がってきた報告書に、静かに目を通していた。


「……それで? 賢者カインと、聖女エレノアは、まだ帝都に戻らぬと」


「はっ。いずれも、定期連絡こそ寄越してはおりますが、『ウルム村での研究と修行が重要』との一点張りで……」


皇帝の静かな問いに、老宰相は冷や汗を滲ませながら答える。

ヴァレリアン皇帝は、腐敗しきった周辺諸国を電光石火の如き手腕で平定し、一代でこの大帝国を築き上げた傑物だ。その眼光は鋭く、凡百の貴族ならば射すくめられるだけで言葉を失うほどの威圧感を放っている。


「ウルム村か。噂は、余の耳にも届いておる。曰く、鉄をも溶かす炎の塔があり、竜さえも通さぬ城壁に守られている、と。して、その噂は、一体どこまでが真なのだ?」


「はぁ……。それが、行商人の話はあまりに誇張が多く、私どもも実際に見たわけではございませんので、真偽の程は如何とも……」


「ならば、観に行けば良いであろう」


皇帝は、こともなげに言った。


「何なら、余が直々に、その『奇跡の村』とやらを見定めてやろうか」


「な、成りませぬ! 滅相もございません!」


老宰相は、顔面蒼白になって平伏した。


「あのような辺境の、素性の知れぬ者たちが住まう土地へ、皇帝陛下自らが行幸されるなど、前代未聞にございます! 万が一のことがあっては……」


「ふん。つまらぬことを言う」


皇帝は、玉座から立ち上がると、巨大な窓から帝都の景色を見下ろした。

その背中は、強大すぎるがゆえの孤独と、誰よりも先を見据える冷徹さを纏っていた。


「良いか。噂が真であれ、偽りであれ、帝国の二つの至宝――聖女と賢者が、そこから動こうとせぬ、という事実。それだけは、揺ぎない真実だ。その価値を、正しく見極めずして、何が帝国か」


皇帝の目に、冷徹な統治者としての光が宿る。


「ベルンハルトよ。人材を選べ。噂に惑わされず、自らの目で見たものだけを信じ、余に真実のみを報告できる、最も信頼のおける者を」


「……御意に」


宰相ベルンハルトは、深く頭を下げると、一人の人物の名を口にした。


数日後。

皇帝の勅命を受けた一人の女性が、帝都の城門から静かに出立した。


彼女の名は、ベアトリクス・フォン・アイゼン。

皇帝直属の諜報機関「黒鴉(シュヴァルツ・クレエ)」を率いる総隊長。

感情を表に出さず、鉄の仮面のような無表情の裏で、常に冷静に状況を分析し、最適解を導き出す。帝国で最も冷徹で、最も有能な「皇帝の目」だった。


彼女に与えられた任務は、ただ一つ。

『奇跡の村ウルムを調査し、その価値を、一から十まで、余さず報告せよ』


ベアトリクスを乗せた馬車が帝都の喧騒から消えていくのを、皇帝は城の窓から静かに見送っていた。


「ウルム村……か」

皇帝は、誰に言うでもなく呟いた。


「確か、かの地は、王国から追放された者たちが作った、地図にもない村であったはず。世捨て人どもの集落故、これまで放置してきたが……。聖女と賢者を惹きつけるほどの『何か』があるとなれば、話は別だ」


皇帝の口元に、かすかな笑みが浮かぶ。

それは、帝国に仇なす者を殲滅する「魔王」の笑みのようにも見えたが、同時に、退屈な世界に現れた未知の可能性を楽しむ「改革者」の笑みのようでもあった。


「エルディナ王国か。あの非効率な魔法アートとやらに固執し、貴族どもが既得権益を貪る腐りきった国。奴らが捨てた石が、もしや、帝国を揺るがすほどの宝石であったとしたら……。これほど、愉快な話はないではないか」


その頃、ウルム村の日常は、平和そのものだった。


俺は二人の自称弟子たちと、新たな発明品の設計図を囲み、「いや、その構造では熱効率が悪い」「ですが師匠、こちらの素材を使えば強度が……」「マスター、物理演算の結果はこちらが最適解です」などと、ああでもない、こうでもないと白熱した議論を繰り広げていた。


そんな俺たちの快適なスローライフに、帝国の影が静かに、しかし確実に忍び寄ってきていることなど、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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