表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/49

第22話:怠惰な発明と賢者の来訪

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

エレノアが居候……もとい、弟子入りしてから、さらに数週間が過ぎた。 ウルム村は、今日も平和そのものだった。


「回れ、回れ! 慈雨の円舞曲(ワルツ)よ!」


畑の方から、エレノアの楽しげな声が聞こえてくる。

彼女が見つめる先では、俺が新しく作った発明品が、シュッシュッというリズミカルな音を立てて回転し、周囲に水を撒き散らしていた。


「……うまくいったな」


俺は木陰で椅子に座り、冷えた麦茶を飲みながら、その様子を満足げに眺めていた。


あれは「自動散水機(スプリンクラー)」だ。 水道の水圧を利用してノズルを回転させ、広範囲に均一に水を撒く装置。 構造は単純だが、これのおかげで、毎朝の水やりの手間が格段に減った。


「師匠! 素晴らしいですわ! 水の精霊たちが手を取り合い、くるくると踊りながら大地を潤しています! これもまた、精霊との対話によって生まれた奇跡の儀式ですね!」


「いや、水圧による反作用を利用した回転機構だ」


俺の訂正も、彼女の耳には「高尚な呪文」にしか聞こえていないようだ。

まあいい。彼女が楽しそうなら、それで。

俺は、自分が楽をするために作った装置が、結果として他人を幸せにしている事実に、まんざらでもない気分を味わっていた。


視線を村の方へ向ける。

広場では、村長のギードが元軍人の手腕を活かし、若者たちに槍の扱いを教えている。

防壁の上では、交代で見張りに立つ男たちが、バリスタの手入れに余念がない。

ドルガンが打った鉄は錆びにくく頑丈だが、油を差してメンテナンスを怠らない彼らの真面目さが、この村の安全を支えている。


「平和だな……」


俺は大きく伸びをした。

水はある。食料もある。家は快適。

そして、面倒な水やりも自動化した。

これぞ、俺が求めていたスローライフの完成形に近い。


「あとは、このまま誰にも邪魔されずに、昼寝でもできれば最高なんだが……」


フラグを立てたつもりはなかった。

だが、物語の神様は、俺に安息を与えるつもりはないらしい。


カン、カン、カン!


村の入り口にある見張り台から、鐘の音が鳴り響いた。


「おーい! アシュラン! 村長! 商隊が来るぞ!」


見張りのボルグが大声で叫ぶ。

俺は椅子から転げ落ちそうになった。


「商隊? ああ、そうか。もうそんな時期か」


ギードも訓練を止め、汗を拭いながらこちらに歩いてきた。

今日は月に一度の、定例の行商人がやってくる日だった。


「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」


「ほら、あんた! 保存食の瓶詰めを持ってきて!」


「飴玉くれるかな?」


村人たちがわらわらと集まってくる。

村の女たちは、自分たちの作った保存食や工芸品を売りに出す準備をし、子供たちは、行商人が持ってくる珍しい飴玉を、今か今かと楽しみに待っていた。


だが。


ギードが指差した先、街道の向こうから土煙を上げて近づいてくる集団を見て、俺たちの表情が強張った。


「……おい、ギード村長。いつもの商隊って、あんな規模だったか?」


「いや……。いつもは馬車一台に護衛が数人じゃ。だが、あれは……」


近づいてくるのは、十台以上の荷馬車と、重装備の傭兵たちがずらりと並んだ大車列だった。

荷台には、帝都の大手商会の紋章が入った木箱も見えた。

商隊であることは間違いないようだが、その規模と装備が異常だ。


「……なんだか、物々しいな」


村人たちも警戒した面持ちで、農具を手に集まってくる。 ただの行商にしては、荷馬車の数も護衛の数も多すぎる。まるで、要人を守っているかのような。


「どうしたのかしら?」


エレノアも、畑から戻ってきて、俺の後ろからひょこっと顔を出した。

泥だらけの長靴に、腕まくりしたローブ。完全に「農村の娘」スタイルだが、その美貌だけは隠しきれていない。


隊列が村の前に止まると、その中心にある、ひときわ立派な箱馬車の扉が開いた。

降りてきたのは、一人の男だった。


年の頃は二十代半ばだろうか。

上質な素材で仕立てられたローブを身にまとい、その知的な顔には、鋭い観察眼を宿した銀縁の眼鏡がかけられている。

一見して、ただの商人ではないことが見て取れる。学者か、あるいは高位の魔術師か。纏う空気には、隠しきれない知性と、ある種の冷徹さが漂っていた。


その顔を見た瞬間、エレノアが「あら?」と小さく声を上げた。


「あなた、カインではありませんこと?」


エレノアが声をかけると、男はビクリと肩を震わせ、驚いたようにこちらを振り返った。

そして、彼女の顔を認めると、その冷静沈着そうな顔が、信じられないという表情に崩れた。


「……エレノア、嬢? まさか……! 生きておられたのか!」


その男、カインは、なりふり構わず彼女の元へ駆け寄ってきた。 護衛たちが止めようとするのも手で制し、目の前の「奇跡」に縋り付くように。


聖女エレノアは、魔力枯渇症に侵され、その病状がもはや手の施しようのない末期状態に至った。


そんなある日。彼女は、帝都から忽然と姿を消した。巷では、自らの死期を悟った聖女は、人知れず巡礼の旅に出て、どこかで静かにお隠れになったのだと、半ば公然の事実として語られていたのだ。


「あら? わたくしは、ご覧の通り元気いっぱいですわよ」


エレノアは、悪戯っぽく笑って、くるりとその場で回ってみせた。

その血色の良い頬と、力強い瞳の輝きは、彼女の言葉が真実であることを何よりも雄弁に物語っていた。


「信じられん……! あの末期の魔力枯渇症が、完治したとでも言うのか!? 帝国の筆頭治癒師ですら匙を投げたというのに!」


「はい。全ては、我が師匠のおかげですわ」


「……師匠?」


カインの眉が、訝しげにひそめられる。


「そうですわ。わたくしの偉大なる師匠、アシュラン様ですの」


エレノアが誇らしげに俺の方を示す。

いきなり聖女に師匠がいると言われ、カインは完全に混乱していた。視線が俺とエレノアの間を行ったり来たりしている。


「……それで? あなたこそ、どうしてこのような辺境の村へ? 定期の商隊にしては、随分と大掛かりですが?」


エレノアが尋ねると、カインは咳払いをして、居住まいを正した。


「ああ、それは……。巷で噂のこの『奇跡の街』について、どうしてもこの目で確かめたいことがあってな。商隊に便乗する形を取らせてもらったが、万全を期して護衛を増やしたんだ」


カインは眼鏡の位置を直しながら、村の方へ視線を向けた。

その目は、値踏みするような、それでいて隠しきれない強烈な知的好奇心に満ちていた。


「噂通りの……いや、噂以上の場所のようだ。なるほど、君がここにいるということは、あの荒唐無稽な噂も、あながち嘘ではないということか」


「ええ。それでしたら、我が師匠にお会いになるのが一番ですわね。この村の奇跡は、すべてあの方が起こされたものですから」


「だから、その師匠というのが一体……」


そんな二人の会話が繰り広げられている時、運が良いのか悪いのか、俺と目が合ってしまった。


「あ! 師匠!」


エレノアが、満面の笑みで俺の手を引く。


「だから、師匠じゃないと言っているだろう」


俺はため息交じりに訂正しつつ、観念して目の前の男に向き直った。


「おや、こちらは?」


「帝都からいらっしゃった、カイン様ですわ」


「カイン?」


その名を聞いて、俺は男の顔を改めて見た。

銀縁眼鏡に、知的な風貌。そして魔法使い特有の雰囲気。

俺の脳裏で、これまで読んできた書物の中の知識と、目の前の男の姿が結びつき、一つの可能性が浮かび上がった。


「初めまして。カイン・フォン・ローゼンベルクと申します」


男は、優雅に一礼した。


カイン・フォン・ローゼンベルク。

その名を聞いて、俺の予感は確信に変わった。


まさか、帝国の「賢者」その人か!? 若くして帝国の魔法省に入り、数々の新理論を打ち立てた天才魔導師にして、あらゆる知識を貪欲に求める探究の鬼。


「そうですわ。確かに、カインは帝国付きの賢者ですわね」


俺の心の声が聞こえたかのように、エレノアがあっさりと肯定する。


「なんで賢者様が、こんな村に……?」


「何か、色々とお確かめになりたいことがあるそうですわよ、師匠」


聖女に、賢者。

役者が、揃いすぎている。


何だか、ものすごく嫌な予感がする。

俺の背筋に、冷たい汗が伝う。


自動散水機で楽しようとした矢先に、これだ。

俺は、自分の快適なスローライフが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じながら、ただ乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ