第22話:怠惰な発明と賢者の来訪
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エレノアが居候……もとい、弟子入りしてから、さらに数週間が過ぎた。 ウルム村は、今日も平和そのものだった。
「回れ、回れ! 慈雨の円舞曲よ!」
畑の方から、エレノアの楽しげな声が聞こえてくる。
彼女が見つめる先では、俺が新しく作った発明品が、シュッシュッというリズミカルな音を立てて回転し、周囲に水を撒き散らしていた。
「……うまくいったな」
俺は木陰で椅子に座り、冷えた麦茶を飲みながら、その様子を満足げに眺めていた。
あれは「自動散水機」だ。 水道の水圧を利用してノズルを回転させ、広範囲に均一に水を撒く装置。 構造は単純だが、これのおかげで、毎朝の水やりの手間が格段に減った。
「師匠! 素晴らしいですわ! 水の精霊たちが手を取り合い、くるくると踊りながら大地を潤しています! これもまた、精霊との対話によって生まれた奇跡の儀式ですね!」
「いや、水圧による反作用を利用した回転機構だ」
俺の訂正も、彼女の耳には「高尚な呪文」にしか聞こえていないようだ。
まあいい。彼女が楽しそうなら、それで。
俺は、自分が楽をするために作った装置が、結果として他人を幸せにしている事実に、まんざらでもない気分を味わっていた。
視線を村の方へ向ける。
広場では、村長のギードが元軍人の手腕を活かし、若者たちに槍の扱いを教えている。
防壁の上では、交代で見張りに立つ男たちが、バリスタの手入れに余念がない。
ドルガンが打った鉄は錆びにくく頑丈だが、油を差してメンテナンスを怠らない彼らの真面目さが、この村の安全を支えている。
「平和だな……」
俺は大きく伸びをした。
水はある。食料もある。家は快適。
そして、面倒な水やりも自動化した。
これぞ、俺が求めていたスローライフの完成形に近い。
「あとは、このまま誰にも邪魔されずに、昼寝でもできれば最高なんだが……」
フラグを立てたつもりはなかった。
だが、物語の神様は、俺に安息を与えるつもりはないらしい。
カン、カン、カン!
村の入り口にある見張り台から、鐘の音が鳴り響いた。
「おーい! アシュラン! 村長! 商隊が来るぞ!」
見張りのボルグが大声で叫ぶ。
俺は椅子から転げ落ちそうになった。
「商隊? ああ、そうか。もうそんな時期か」
ギードも訓練を止め、汗を拭いながらこちらに歩いてきた。
今日は月に一度の、定例の行商人がやってくる日だった。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
「ほら、あんた! 保存食の瓶詰めを持ってきて!」
「飴玉くれるかな?」
村人たちがわらわらと集まってくる。
村の女たちは、自分たちの作った保存食や工芸品を売りに出す準備をし、子供たちは、行商人が持ってくる珍しい飴玉を、今か今かと楽しみに待っていた。
だが。
ギードが指差した先、街道の向こうから土煙を上げて近づいてくる集団を見て、俺たちの表情が強張った。
「……おい、ギード村長。いつもの商隊って、あんな規模だったか?」
「いや……。いつもは馬車一台に護衛が数人じゃ。だが、あれは……」
近づいてくるのは、十台以上の荷馬車と、重装備の傭兵たちがずらりと並んだ大車列だった。
荷台には、帝都の大手商会の紋章が入った木箱も見えた。
商隊であることは間違いないようだが、その規模と装備が異常だ。
「……なんだか、物々しいな」
村人たちも警戒した面持ちで、農具を手に集まってくる。 ただの行商にしては、荷馬車の数も護衛の数も多すぎる。まるで、要人を守っているかのような。
「どうしたのかしら?」
エレノアも、畑から戻ってきて、俺の後ろからひょこっと顔を出した。
泥だらけの長靴に、腕まくりしたローブ。完全に「農村の娘」スタイルだが、その美貌だけは隠しきれていない。
隊列が村の前に止まると、その中心にある、ひときわ立派な箱馬車の扉が開いた。
降りてきたのは、一人の男だった。
年の頃は二十代半ばだろうか。
上質な素材で仕立てられたローブを身にまとい、その知的な顔には、鋭い観察眼を宿した銀縁の眼鏡がかけられている。
一見して、ただの商人ではないことが見て取れる。学者か、あるいは高位の魔術師か。纏う空気には、隠しきれない知性と、ある種の冷徹さが漂っていた。
その顔を見た瞬間、エレノアが「あら?」と小さく声を上げた。
「あなた、カインではありませんこと?」
エレノアが声をかけると、男はビクリと肩を震わせ、驚いたようにこちらを振り返った。
そして、彼女の顔を認めると、その冷静沈着そうな顔が、信じられないという表情に崩れた。
「……エレノア、嬢? まさか……! 生きておられたのか!」
その男、カインは、なりふり構わず彼女の元へ駆け寄ってきた。 護衛たちが止めようとするのも手で制し、目の前の「奇跡」に縋り付くように。
聖女エレノアは、魔力枯渇症に侵され、その病状がもはや手の施しようのない末期状態に至った。
そんなある日。彼女は、帝都から忽然と姿を消した。巷では、自らの死期を悟った聖女は、人知れず巡礼の旅に出て、どこかで静かにお隠れになったのだと、半ば公然の事実として語られていたのだ。
「あら? わたくしは、ご覧の通り元気いっぱいですわよ」
エレノアは、悪戯っぽく笑って、くるりとその場で回ってみせた。
その血色の良い頬と、力強い瞳の輝きは、彼女の言葉が真実であることを何よりも雄弁に物語っていた。
「信じられん……! あの末期の魔力枯渇症が、完治したとでも言うのか!? 帝国の筆頭治癒師ですら匙を投げたというのに!」
「はい。全ては、我が師匠のおかげですわ」
「……師匠?」
カインの眉が、訝しげにひそめられる。
「そうですわ。わたくしの偉大なる師匠、アシュラン様ですの」
エレノアが誇らしげに俺の方を示す。
いきなり聖女に師匠がいると言われ、カインは完全に混乱していた。視線が俺とエレノアの間を行ったり来たりしている。
「……それで? あなたこそ、どうしてこのような辺境の村へ? 定期の商隊にしては、随分と大掛かりですが?」
エレノアが尋ねると、カインは咳払いをして、居住まいを正した。
「ああ、それは……。巷で噂のこの『奇跡の街』について、どうしてもこの目で確かめたいことがあってな。商隊に便乗する形を取らせてもらったが、万全を期して護衛を増やしたんだ」
カインは眼鏡の位置を直しながら、村の方へ視線を向けた。
その目は、値踏みするような、それでいて隠しきれない強烈な知的好奇心に満ちていた。
「噂通りの……いや、噂以上の場所のようだ。なるほど、君がここにいるということは、あの荒唐無稽な噂も、あながち嘘ではないということか」
「ええ。それでしたら、我が師匠にお会いになるのが一番ですわね。この村の奇跡は、すべてあの方が起こされたものですから」
「だから、その師匠というのが一体……」
そんな二人の会話が繰り広げられている時、運が良いのか悪いのか、俺と目が合ってしまった。
「あ! 師匠!」
エレノアが、満面の笑みで俺の手を引く。
「だから、師匠じゃないと言っているだろう」
俺はため息交じりに訂正しつつ、観念して目の前の男に向き直った。
「おや、こちらは?」
「帝都からいらっしゃった、カイン様ですわ」
「カイン?」
その名を聞いて、俺は男の顔を改めて見た。
銀縁眼鏡に、知的な風貌。そして魔法使い特有の雰囲気。
俺の脳裏で、これまで読んできた書物の中の知識と、目の前の男の姿が結びつき、一つの可能性が浮かび上がった。
「初めまして。カイン・フォン・ローゼンベルクと申します」
男は、優雅に一礼した。
カイン・フォン・ローゼンベルク。
その名を聞いて、俺の予感は確信に変わった。
まさか、帝国の「賢者」その人か!? 若くして帝国の魔法省に入り、数々の新理論を打ち立てた天才魔導師にして、あらゆる知識を貪欲に求める探究の鬼。
「そうですわ。確かに、カインは帝国付きの賢者ですわね」
俺の心の声が聞こえたかのように、エレノアがあっさりと肯定する。
「なんで賢者様が、こんな村に……?」
「何か、色々とお確かめになりたいことがあるそうですわよ、師匠」
聖女に、賢者。
役者が、揃いすぎている。
何だか、ものすごく嫌な予感がする。
俺の背筋に、冷たい汗が伝う。
自動散水機で楽しようとした矢先に、これだ。
俺は、自分の快適なスローライフが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのを感じながら、ただ乾いた笑みを浮かべることしかできなかった。
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