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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

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第21話:聖女の聖典と精霊

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「……凄い。凄すぎますわ、師匠!」


ある朝。 朝食を終えたエレノアは、またしても感動に打ち震えていた。 彼女が見上げているのは、村の近くを流れる川に設置された、巨大な水車。ノーリアだ。


直径十メートルを超える巨大な輪が、川の流れを受けて重々しく、しかし力強く回転している。その桶が汲み上げた水は、高所に設けられた水路へと注がれ、そこから村の隅々へと分配されていく。


「これも物理学(フィジック)ですのね? 水の精霊たちをこれほどまでに手懐けるなんて……!」


エレノアは、キラキラとした瞳でノーリアを見つめている。


「精霊を手懐けているわけじゃない。あれは、水流が持つ運動エネルギーを、水車の羽根で受け止めて回転エネルギーに変換しているだけだ」


俺はいつものように、淡々と物理的な説明をした。

川の流れは、重力に従って高いところから低いところへ流れる。その「位置エネルギー」の差を利用しているに過ぎない。


だが、エレノアの反応は斜め上だった。


「エネルギーの変換……。なるほど、そういう解釈もできますわね。ですが、わたくしには見えます」


彼女はうっとりとした表情で、水車の周りの空間に手を伸ばした。


「見てくださいまし。水の精霊たちが、あんなにも楽しそうに!」


「……は?」


俺は目を凝らしたが、そこにはただの水しぶきと、回転する木の枠組みがあるだけだ。

視力は悪くないはずだが、精霊なんてものは影も形も見当たらない。


「ほら、あそこです! 小さな精霊たちが笑いながら羽根を押していますわ! まるで遊園地のアトラクションで遊ぶ子供たちのようです!」


エレノアは虚空を指差し、楽しげに実況を始めた。

俺には、飛沫がキラキラ光っているようにしか見えないのだが。


「……エレノア。もしかして、まだ熱があるのか?」


俺は心配になって彼女の額に手を伸ばそうとしたが、彼女はそれを遮って力説した。


「通常の水魔法であれば、術者が魔力で命令し、精霊を無理やり従わせるものです。ですが、師匠のこの装置は違いますわ!」


エレノアは、尊敬の念を込めて俺を振り返った。


「精霊たちが、自ら進んで力を貸している……いえ、むしろ『もっと働かせろ』と歓喜しながら回転しています! 労働を遊びに変え、精霊たちに喜びを与えながら恩恵を得る。これぞ、徳の高い統治者のみが成し得る『王の御業』ですわ!」


「……そうか。楽しそうで何よりだ」


俺は遠い目をして答えた。 こいつ、信仰心が篤すぎて幻覚が見えているんじゃないだろうか。


まあ、この村の水瓶が満たされるならそれでいい。


「さあ、次は子供たちの時間だ。行くぞ、エレノア」


「はい、師匠!」



午後。

俺は村の広場の一角にある「青空教室」へと向かった。

開拓作業が一段落した昼下がりの時間は、キドたち子供への教育の時間に充てている。

読み書き計算はもちろん、この世界では誰も教えてくれない「理科」の実験が、子供たちには一番人気だ。


そして今日からは、新入りにして一番態度の大きい生徒が一人増えている。


「皆様、ごきげんよう。今日から末席に加えていただきます、エレノアと申します。至らぬ点もございますが、共に真理を学びましょう」


純白のローブをなびかせ、優雅にカーテシーを決める聖女様。

子供たちは「すげぇ、本物の聖女様だ……」「綺麗だな……」とどよめいているが、彼女の手には羊皮紙と羽根ペンが握りしめられ、やる気満々だ。


「じゃあ、今日は『光』について勉強しようか」


俺はポケットから、三角形のガラス柱――プリズムを取り出した。

以前、ガラス職人と試行錯誤して作ったものだ。


「太陽の光は、何色に見える?」


「白!」「透明!」


子供たちが元気に答える。


「そうだな。だが実は、この透明な光の中には、たくさんの色が隠れているんだ」


俺はプリズムを掲げ、太陽の光を通した。 屈折した光が、地面に置いた白い布の上に落ちる。 そこには、鮮やかな七色の帯、虹が映し出されていた。


「「「うわああああっ!!」」」


子供たちから歓声が上がる。


「虹だ! アシュラン様が虹を作った!」


「きれい! 触れるの!?」


「これは『分光』という現象だ。光は色によって曲がりやすさが違う。だから、ガラスを通すことで、混ざっていた色が分かれて見えるんだ」


俺が説明すると、子供たちは「ふしぎー!」と目を輝かせてプリズムを覗き込む。

だが、一人だけ反応が違う生徒がいた。


「……信じられませんわ」


エレノアが、ガタガタと震えながら虹を見つめている。


「光属性の魔力を、その構成要素である七属性に分解するなんて……! これは、神が世界を創造した時の『原初の光』の解析ではありませんか!」


彼女のペンが、羊皮紙の上を恐ろしい速さで走る。


『師匠の講義録・第一節:光の属性変換。ガラスの聖具を用い、太陽神の権能を分割・統御する高等儀式。常人には理解不能な「クッセツリツ」なる概念が鍵となる……』


……まあ、熱心なのはいいことだ。


次に俺は、長い紐の先に石を結びつけた「振り子」を取り出した。


「次は『時間』の実験だ」


俺は振り子を揺らした。

ゆら〜り、ゆら〜り。


「この振り子が往復する時間は、何によって決まると思う? おもりの重さか? それとも、大きく揺らした時か、小さく揺らした時か?」


子供たちは「重いほうが速い!」「大きく揺らしたほうが時間がかかる!」と口々に予想する。

俺は微笑みながら、重さを変えたり、振れ幅を変えたりして実験を見せた。


結果は、どれも同じリズム。


「正解は、『紐の長さ』だけだ。重さや振れ幅が変わっても、往復にかかる時間は変わらない。これを『振り子の等時性』という」


「ええーっ!? なんでー!?」


子供たちが不思議がる中、エレノアは青ざめた顔で呟いた。


「……時間の概念への干渉……」


彼女の目には、揺れる振り子の周りに、小さな時の精霊たちが整列し、規律正しくリズムを刻んでいる姿が見えているようだった。


「重さという物質的制約を無視し、絶対的な『時』のルールを空間に固定する……。師匠は、時の精霊たちに号令をかけ、彼らを完全に支配下に置いているのですね……!」


『師匠の講義録・第二節:時間凍結の理。紐の長さという物理的制約により、時の精霊を束縛し、永遠の規律を与える。これにより、世界のリズムを意のままに操る……』


彼女のメモが、どんどん物騒な魔導書のようになっていく。

俺は見て見ぬ振りをすることにした。



夕方。 授業を終えた俺たちは、ドルガンの鍛冶場を訪れた。 エレノアが「ぜひ、噂の『鉄の聖地』を拝見したいです」と言い出したからだ。


鍛冶場に近づくと、ゴウゴウという低い唸り声と、肌を焼くような熱気が漂ってくる。

そこには、この村の心臓部とも言える「反射炉」が鎮座していた。


赤褐色の耐火レンガで組まれた巨大な炉。

天を突く高い煙突からは、陽炎が立ち上っている。

炉の焚き口からは、複動式ふいごによって送り込まれた大量の空気が吸い込まれ、内部で凄まじい燃焼を引き起こしていた。


「……これが、反射炉ですの?」


エレノアは、その威容に圧倒されたように立ち尽くした。


「ああ。熱を炉の天井で反射させ、一点に集中させることで鉄を溶かす炉だ」


俺の説明を聞きながら、彼女はおずおずと、耐熱ガラスの嵌め込まれた覗き窓へと近づく。

そして、その中を覗き込んだ瞬間。


「ひっ……!」


彼女は小さな悲鳴を上げて、後ずさった。


「どうした? 熱すぎたか?」


「い、いいえ……。熱いというより……熱狂、ですわ」


彼女は震える声で言った。


「見えます……。炎の大精霊たちが、まるで舞踏会のように……!」


彼女は虚空を見つめ、陶酔したように語りだす。


「狭い炉の中に、数多の炎の精霊たちが集い、互いの熱を反射し合い、増幅し合うことに至上の喜びを感じています! 彼らにとって、この炉は最高にエキサイティングな『舞踏会場』なのです!」


エレノアは、恍惚とした表情で炉を見上げた。


「師匠は、ただ熱を集めているのではありません。この炉という『舞台』を用意し、炎の精霊たちに『誰が一番熱くなれるか』という競争をさせているのです! だからこそ、彼らは限界を超えて燃え上がり、鉄すらも溶かすほどの情熱を生み出している……!」


「……まあ、酸素と燃料を効率よく供給してやれば、炎は喜んで燃えるもんだよ」


俺は苦笑いした。

物理的には「燃焼効率の最大化」だが、彼女の言う「精霊の競争」というのも、あながち間違った表現ではないのかもしれない。まあ、ただの詩的な表現だろうが。


「凄まじいですわ……。水、光、時、そして炎。師匠は、四大精霊(しだいせいれい)の枠を超え、森羅万象すべてを、恐怖ではなく『喜び』によって支配し、使役されている……。これぞ、真の『精霊王』の姿……!」


エレノアは、炉の前で深々と頭を下げた。

もはや、ただの弟子ではない。完全に信者の目だ。


「師匠。わたくし、一生ついていきます」


「いや、一生は困る」


俺の即答も、轟音を立てる反射炉の音にかき消されたようだった。



その夜。

エレノアは、アシュラン家の一室で、今日一日の出来事を日記に記していた。


『――師匠は、物理学(フィジック)という名の魔法体系により、万物を統御されている。精霊たちは師匠の指揮の下、歓喜の歌を歌い、世界を豊かにしている。わたくしは今日、その真理の一端に触れた。明日は、どのような奇跡を見せていただけるのだろうか――』


彼女が熱心に書き綴るこの日記が、後に「聖女の聖典」と呼ばれる伝説の書物になることなど、この時の俺たちは想像すらしていなかった。


一方、隣の部屋でベッドに入った俺は、そんなどえらい記録が残されているとはつゆ知らず、大きなあくびをしていた。


「ふぁぁ……。今日は説明ばかりで疲れたな。明日は何もないといいんだが」


俺は毛布を被り、目を閉じた。

明日は、久しぶりにのんびりしよう。

そう、心に決めて。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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