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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第2章 聖女と賢者

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第16話:豊穣の村ととある旅人の来訪

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

反射炉に最初の火が灯ってから一年が過ぎ、ウルム村には春が訪れていた。

ウルム村は、もはやかつての面影をどこにも残してはいなかった。


村の周囲は、俺たちの手で作り上げた赤褐色の耐火レンガで組まれた、高さ5メートルはあろうかという堅牢な防壁に囲まれている。その上部の通路は、大人三人が並んで歩けるほどの幅を持たせてある。それは、外部からの侵入者を拒む物理的な壁であると同時に、この村が自らの手で未来を築き上げた、誇りの象徴でもあった。


壁の内側には、瓦屋根の家々が整然と立ち並び、石畳で舗装された道が、広場や畑、そして反射炉へと続いている。村人たちの顔には、追放者としてこの地に流れ着いた頃の諦観の色はなく、自らの暮らしを自らの手で豊かにしていくという、確かな自信と喜びに満溢れていた。


「よう、アシュラン! 今日の鉄は、これまでで最高の出来だぜ!」


ドルガンの鍛冶場からは、以前にも増して高く、澄んだ金属音が響き渡り、彼の満足げな声が聞こえてくる。反射炉が生み出す高品質な鉄は、彼の職人としての魂を完全に蘇らせた。彼が打つ鋤や鍬は、あまりの切れ味と耐久性から、今や村の外にまでその名が知れ渡り始めている。


村人たちの生活は、劇的に変わった。

清潔な水がいつでも手に入り、煙のこもらない暖かい家で眠り、頑丈な農具で畑を耕す。

さらに、牧場にはアイアン・ボアの群れが満ちている。定期的に食肉として供給されるだけでなく、その鋼鉄のような皮や牙は、武具や工具の貴重な素材として活用されていた。

その結果、畑の収穫量は以前の数倍にも膨れ上がり、村はかつてない豊穣の時を迎えていた。


だが、俺は満足していなかった。

防壁の建設が終盤に差し掛かった頃、俺はドルガンとヘイムを呼び、一枚の新しい設計図を見せた。そこに描かれていたのは、巨大な(いしゆみ)――大型弩砲(バリスタ)だった。


「これは……戦争でも始める気か、アシュラン」


ヘイムが、その物騒な設計図を見て眉をひそめた。だが、ドルガンの目は違った。

彼の鍛冶師としての血が、その複雑で強力な機構に惹きつけられていた。


「面白い……! この弦の部分、鉄を編み込んで作るのか? 滑車と歯車で巻き上げる仕組みも、とんでもねえ力が出そうだ」


俺は、村人たちに改めて説明した。


「俺たちの村は豊かになった。だが、豊かさは、時に牙を剥く者たちを引き寄せる。俺たちは、国に守られてはいない。自分たちの手で、自分たちの平和を守る力が必要だ」


その言葉に、理不尽な理由で追放された経験を持つ村人たちは、反論できなかった。彼らは、俺の提案を受け入れた。


そして数週間後。防壁の四隅に設置されたバリスタの最終調整を、俺は村長のギードと共に見上げていた。


ヘイムが組み上げた鉄樫の頑丈な台座と本体。ドルガンが鍛え上げた強靭な鉄の弦と、精密な歯車で組まれた巻き上げ機構。それは、俺の物理学の知識と、村の職人たちの技術が融合した、まさにこの村の切り札だった。


「アシュランよ。これは……少し、やりすぎではないかね?」


ギードが、呆れたような、それでいてどこか不安そうな声で言った。


「これほどの武具は、かえって厄介事を呼び込みはせんか? 盗賊ならずとも、どこぞの領主が目を光らせるやもしれん」


俺は、彼の不安を察しながら、穏やかに答えた。


「まぁ、その可能性は否定しませんけどね。ですが、ギード村長。俺たちのこの平和と豊かさは、もう隠し通せるものではありませんよ」


俺は、眼下に広がる平和な村に視線を落とす。畑では村人たちが笑い声を上げ、広場では子供たちが駆け回っていた。


「行商人たちもちらほらと来始めているわけですし、そのうち、遅かれ早かれ噂は広まりますよ。豊かな村があると知れば、それを力ずくで奪おうと考える輩が必ず現れる。それは、この世界の(ルール)です。俺たちは、自分たちの快適な生活を、自分たちで守るしかないんです」


俺は、バリスタの冷たい鉄の部分にそっと触れた。


「これは、戦うための道具じゃありません。戦いを避けるための道具です。玄関に、頑丈な鍵をかけるのと同じですよ。泥棒は、鍵のかかっていない家から狙うものです。俺は、ただ、俺たちの家に、誰にも壊せない、最高の鍵をかけたいだけなんです」


俺の言葉に、ギードはしばらく黙り込んでいたが、やがて、深く息を吐いた。


「……最高の、鍵か。なるほどな。お前さんの言う通りかもしれんの。わしらは、この平和に少し浮かれておったようじゃ」


彼の目に宿っていた不安は、確かな覚悟へと変わっていた。彼もまた、元軍人として、この平和が当たり前のものではないことを誰よりも理解しているのだ。


そんな俺たちの村の変化を、外部の世界が放っておくはずもなかった。

いつしか、ウルム村は近隣の行商人たちの間で「奇跡の村」として噂されるようになっていた。


最初は恐る恐るだった彼らの訪問も、今では月に一度の定期的なものとなっている。


「よう、アシュランの旦那! 今回も、ドルガン印の鋤をありったけ譲ってくれ! 街の農家どもが、喉から手が出るほど欲しがっててな!それと、このレンガと瓦もだ! 領主様が、新しい砦を建てるのに使いたいそうだぜ!」


行商人の男は、金貨が詰まった重い革袋を差し出しながら、満面の笑みを浮かべる。


豊かな水と、改良された土壌で育った村の作物は、驚くほど甘くて味が濃いと評判だ。ドルガンが打つ鉄製品や、俺たちが生み出した耐火レンガと瓦は、常に品薄状態が続いていた。


村は、確実に豊かになっていた。人々の服装は以前よりずっと綺麗になり、食卓には肉が並ぶ日も増えた。子供たちの頬は赤く色づき、その笑い声は、村のどこにいても聞こえてくる。


俺が求めたのは、俺自身の快適な生活。 その小さな願いが、いつの間にか、村全体の豊かさと幸せに繋がっていた。しかし、その事実は、俺の心を静かな満足感で満たしていた。


そんな、穏やかな午後だった。

行商人が帰り、村にいつもの静けさが戻ってきた、その時。

村の入り口に、一人の旅人が、ふらふらと覚束ない足取りで現れた。


村人たちが、訝しげにその人物を見る。

それは、一人の若い女性だった。


陽の光を浴びて白銀に輝く長い髪。本来は純白であっただろうローブは、泥と埃にまみれ、所々が破れている。その姿は、こんな辺境の村にはあまりにも不釣り合いで、まるで物語の中から抜け出してきたかのようだった。

だが、その神々しいまでの美しさとは裏腹に、彼女の様子は明らかにおかしかった。肌は血の気を失って青白く、その呼吸は浅く、速い。その瞳には、ほとんど光が宿っていなかった。


彼女は、村の入り口に立つと、集まってきた俺たちを見回し、か細い、鈴を転がすような声で呟いた。


「……ここが……『生命力に満ちた土地』……?」


その一言を最後に、彼女の体は糸が切れた人形のように、ゆっくりと前へ傾いだ。


「危ない!」


俺が叫ぶのと、村人たちが駆け寄るのは、ほぼ同時だった。俺は、地面に倒れ込む寸前で、その華奢な体を抱きとめる。

腕の中に抱いた彼女の体は、驚くほど軽く、そして、氷のように冷たかった。まるで、その身に宿る命の炎が、今にも消えかかっているかのように。


「おい、どうしたんだ!?」


「息をしてるのか!?」


村人たちが、焦りの声を上げる。俺は、彼女の首筋にそっと指を当て、かろうじて感じられる微かな脈拍に、安堵と焦燥が入り混じった息を吐いた。


「生きている! だが、ひどく衰弱している……!」


一体、何者なんだ……? この身なり、そして『生命力に満ちた土地』という言葉。ただの旅人ではないことだけは確かだ。


だが、今はそんなことを考えている場合ではなかった。

腕の中で、彼女の呼吸が、さらに弱くなっていく。


「とにかく、何とかしないと!」


俺の叫びが、平和だった村に響き渡った。

それは、自らの手で平穏を築き上げたこの村の運命が、外の世界と否応なく交錯を始める、その前触れだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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