幕間1−3:困窮する隣人と赤き城壁
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
反射炉が完成し、最初の銑鉄が流れ出したあの日から、数週間が過ぎた。
ウルム村には、遅い春が訪れ、雪解け水がノーリアを勢いよく回している。
鉄が手に入るようになったことで、農具の質は劇的に向上した。
ドルガンが打った鋤や鍬は、硬い荒れ地をバターのように切り裂き、開拓のスピードは以前の比ではない。
そんなある日のことだ。
「アシュラン! 大変だ!」
見回りをしていたボルグが、血相を変えて俺の家に飛び込んできた。
「どうした? 鋼鉄猪でも出たか?」
「いや、違う! 人間だ! 村の入り口に、ボロボロの恰好をした連中が倒れ込んでる!」
俺とギードが急行すると、そこには十数人の男女と子供たちが、泥のように地面にへたり込んでいた。
服は継ぎはぎだらけで、頬はこけ、目には疲労の色が濃い。どう見ても、盗賊や兵士ではない。ただの、生活に疲れ果てた農民たちだ。
「み、水……水を……」
老婆が、枯れ木のような手を伸ばす。
俺はすぐに近くの蛇口をひねり、桶に水を汲んで渡した。
「ああ……うまい……。なんて甘い水だ……」
彼らは奪い合うように水を飲み、ようやく人心地ついたようだった。
「あんたたちは、一体どこから来たんだ?」
ギードが尋ねると、リーダー格らしい男が、重い口を開いた。
「俺らぁ、こっから西へ三日ほど行ったとこにある、ガレ地区の農民だ。……いや、農民だった」
男の話は、惨いものだった。
エルディナ王国の地方領主が、昨年の不作にも関わらず、例年通りの重税を課したのだという。
税を払えなかった者は家畜や家財を奪われ、それでも足りなければ、男は鉱山へ、女は娼館へ売られる。
彼らは、そんな地獄から命からがら逃げ出してきたのだ。
「噂を聞いたんだ。東の果て、魔獣の森の隣に、追放者たちが作った『自由な村』があると……。死刑宣告の地だとは知っていたが、座して死ぬよりはマシだと、賭けに出たんだ」
男は地面に頭を擦り付けた。
「頼む! 何でもする! どんなきつい仕事でもする! どうか、俺たちを、子供たちだけでも、ここに置いてくれ!」
他の者たちも、次々と平伏する。その背中は震えていた。
「……どうする、アシュラン」
ギードが俺に耳打ちする。その顔には、同情と、村長としての懸念が入り混じっていた。
「気持ちは分かるがのう……これだけの人数を養う余裕があるか? わしらの備蓄も、冬を越えてギリギリじゃぞ」
確かに、十数人の口を養うのは楽ではない。
だが、俺の計算機(脳)が弾き出した答えは、逆だった。
「受け入れよう、ギード。彼らは『お荷物』じゃない。『資源』だ」
「資源……だと?」
「ああ。鉄を作るにも、畑を広げるにも、今の村の人口じゃ限界がある。労働力が圧倒的に足りないんだ。彼らが働いてくれれば、生産力は消費量を上回る」
俺は一歩前に出ると、男の手を取って立たせた。
「顔を上げてくれ。この村に、タダで食わせる飯はない」
男の顔に絶望が走る。だが、俺は続けて言った。
「だが、働く者には、腹いっぱいの飯と、暖かい寝床と、安全な暮らしを保証する。それが、この村のルールだ」
「え……?」
「俺たちは今、人手を必要としている。あんたたちが力を貸してくれるなら、歓迎するよ」
その言葉に、男は目を見開き、やがて大粒の涙を流して崩れ落ちた。
「あ、ありがてぇ……! ありがてぇ……!」
◇
新たな住人たちを迎えたことで、村は活気づいた。
彼らは、自分たちを救ってくれたこの村に報いるため、そして何より、二度と飢えることのない生活を守るため、驚くべき勤勉さで働いた。
畑の開拓、薪割り、家畜の世話。
彼らが雑務を引き受けてくれたおかげで、ドルガンやヘイムといった専門職たちは、本来の仕事に集中できるようになった。
そして、人口が増えたことで、俺はずっと温めていた「ある計画」を実行に移すことにした。
「防壁を作るぞ」
俺は、ヘイムとドルガン、そして新入りたちのリーダーである男――トマスを呼んで宣言した。
「防壁? 今ある木の柵じゃダメなのか?」
「ああ。これまでは魔獣除けでなんとかなっていたが、これからは違う。村が豊かになれば、それを狙う盗賊や、あるいは王国の兵士が来るかもしれない。木の柵では、火矢一本で終わりだ」
トマスがビクリと震える。王国の兵士、という言葉にトラウマがあるようだ。
俺はそれに気が付かない振りをして話を続ける。
「俺たちが作るのは、燃えない、崩れない、鉄壁の城壁だ。材料は、売るほどある『アレ』だ」
俺が指差した先には、反射炉の横で山積みになっている、赤褐色のブロックがあった。
「耐火レンガか!」
「そうだ。反射炉のために作ったが、あいつは耐熱性だけでなく、強度も石材並みだ。カオリナイトとシャモットを混ぜて高温で焼き締めてあるからな」
登り窯をフル稼働させれば、一日に数百個のレンガが焼ける。
材料の粘土は、近くの山から幾らでも掘り出せる。
そして何より、今はそれを運んで積む「人手」がある。
「ヘイム、お前には設計と現場監督を頼む。高さは五メートル。上部には人が通れる通路を作り、四隅には見張り台を設置する」
俺は地面に広げた地図に、防壁のラインを書き込んだ。
それを見たヘイムが、目を丸くする。
「おいおいアシュラン! いくらなんでもデカすぎねえか!? 今の村の範囲より、ずっと外側だぞ。畑も、何もない荒野まで囲うつもりか?」
「ああ。今の村を守るだけじゃ意味がない」
俺は断言した。
「この村は、これからもっと大きくなる。人が増え、家が増え、やがて一つの『都市』になる。その時になってから壁を広げるのは二度手間だ。最初から、街一つがすっぽり入る規模で作る」
「都市、だと……? 本気で言ってるのか?」
「大真面目だ。やるなら徹底的にやる」
壮大な計画に、ヘイムは呆れつつも、職人魂に火がついたようでニヤリと笑った。
「へっ、お前といると退屈しねえな。分かった、やってやらあ!」
さらに、俺はもう一つの「秘密兵器」を用意した。
「ただ積むだけじゃ、地震や衝撃で崩れる。接着剤が必要だ」
俺は、石灰岩を焼いて粉にしたものと、以前、離れた山で見つけた火山灰を混ぜた粉末を見せた。
「これに水と砂利を混ぜると、化学反応でカチカチに固まる。古代の帝国で使われていた『ローマン・コンクリート』の再現だ」
「石が……固まるのか?」
「ああ。これでレンガ同士を接着すれば、一枚岩のように強固な壁になる」
工事が始まった。
トマスたち新入り組は、レンガ運びやセメント練りという重労働を、嫌な顔一つせずにこなした。
「すげえ……。こんな立派なレンガ、貴族様の屋敷でしか見たことねえぞ」
「これを俺たちの村を守るために使うのか? 贅沢だなぁ!」
彼らにとって、この作業は「苦役」ではなく、「自分たちの楽園を守るための聖なる戦い」だった。
休憩時間には、キドたちが運んできた冷たい水と、イノシシ肉のサンドイッチが振る舞われる。
その美味さと量に、彼らはまた涙を流し、さらに精力的に働いた。
それから、季節が二つ巡り、涼しい秋風が吹き始めた頃。
ついに、ウルム村の周囲を、赤褐色の巨大な壁が完全に取り囲んだ。
高さ五メートル、厚さ二メートル。 中身には土砂と瓦礫を詰め込んだ「中込」構造を採用し、表面を硬い耐火レンガとコンクリートで固めた、複合装甲のような防壁だ。 夕陽を浴びて燃えるように輝くその威容は、もう寒村の柵ではない。 難攻不落の要塞都市の外郭そのものだった。
「……壮観だな」
完成した防壁の上に立ち、俺は呟いた。
眼下には、平和な村の営みが広がっている。
だが、その周りにはまだ広大な空き地がある。ここが、未来の家々や工場で埋め尽くされる日も遠くないだろう。
「これなら、多少の盗賊や魔獣が来ても、昼寝を妨げられることはないかな」
俺の隣で、ギードが感慨深げに壁を撫でた。
「アシュランよ。わしは、長く軍にいたが、こんな短期間で、これほど巨大な壁を作った例を知らんよ。……しかも、誰一人として鞭で打たれることなく、笑顔で作った壁などな」
「効率を追求した結果さ。嫌々やる仕事は効率が悪いからな」
俺は肩をすくめた。 これで物理的な守りは整った。 だが、運用する人間には課題が残る。
「人は増えたが、トマスたちの大半は、鍬しか持ったことのない農夫だ。壁はあっても、それを守る兵士となると、まだまだ数が足りんな」
ギードが痛いところを突く。
「ああ、分かっている。だからこそ、次は『人がいなくても守れる仕組み』が必要になるんだが……まあ、それはまた後の話だ」
俺は、西の空――王国の方向を見つめた。
逃げてきた彼らの話を聞く限り、王国の腐敗は予想以上に進んでいる。
いずれ、向こうから干渉してくる日が来るだろう。
だが、その時には、この「赤き城壁」と、俺たちのが、手痛いしっぺ返しを食らわせてやるはずだ。
「さあ、帰ろう。今日の晩飯は、トマスたちが持ってきた種で育てた、新しい野菜のシチューらしいぞ」
「ほう、それは楽しみじゃな」
俺たちは笑い合いながら、頑丈な石段を降りていった。
こうして、ウルム村は「都市」としての外殻を手に入れた。
内側には技術と豊かさを、外側には鉄壁の守りを。
追放者たちの楽園は、着実に、その完成形へと近づいていた。
最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!
「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。
感想やレビューも、心からお待ちしています!




