幕間1-2:歩く資源と鋼鉄の仔
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ある日の早朝。
俺は、キドを連れて「魔獣牧場」へと向かっていた。
「アシュラン! 見てよ!また罠にかかってるよ!」
キドが指差した先には、森の入り口に設置された自動捕獲トラップがあった。 以前即席で作った「滑る坂」は、今や高度な自動化システムへと進化していた。
「よしよし。作動状況は良好だな」
俺たちは、茂みに隠れてトラップの様子を観察した。 森から現れたのは、成体二頭と、その後ろをちょこまかとついてくる四頭の子供の鋼鉄猪アイアン・ボアの群れだ。彼らは、餌の匂いに釣られて、人工的に作られた獣道へと足を踏み入れる。
その獣道の両脇には、この森で最も硬い樹木である「鉄樫」の丸太で作られた強固な柵が組まれている。
柵は入り口付近こそ広々としているが、奥へ進むにつれて徐々に幅が狭まり、最終的には一頭ずつしか通れない漏斗ろうとのような形状になっている。
いわゆる「追い込み漁」の要領だ。横に並んで突進してきても、自然と縦一列に並ばされる構造になっている。
ガシャン!
先頭の一頭が、狭まった通路の先にある踏み板に乗った瞬間、地面が傾き、そのまま摩擦ゼロのシュートへと滑り落ちていく。
その直後、後ろについてきていたウリ坊たちも、親を追って次々とシュートの中へと吸い込まれていった。
「ああっ! 子供たちも一緒に落ちちゃったよ!?」
キドが慌てて叫ぶ。
「大丈夫だ。落ちた先で『選別』されるようになっている」
俺は落ち着いて説明した。
「シュートの途中に、体の大きさでルートが変わる『ふるい』のような仕掛けがあるんだ。小さなウリ坊は格子の隙間から落ちて、クッションの効いた安全な育成ルートへ。大きな成体は格子の上を滑って、そのまま牧場のメイン区画へと運ばれる」
「なるほど……! 落ちた後に大きさで分けるんだね!」
「ああ。これなら、まとめて落ちても問題ない」
俺はキドに説明した。 無差別に捕獲するのは効率が悪い。 繁殖能力のある大人は確保したいが、小さすぎて肉にならない子供や、逆に老いて肉質の悪い個体を選別する手間を省くためだ。 子供は別のルートへ誘導するように設計してある。
滑り落ちた親猪は、そのまま地下水路を利用した水流搬送システムに乗せられ、牧場の搬入ドックまで自動的に流されていく。
もう、子供たちが滑車で引き上げる必要すらない。
「これで、寝ている間に食肉や繁殖用の成体が勝手に補充され、飼育用の子供も自動で確保できるシステムの完成だ」
「さすがアシュラン……。魔獣がただの荷物みたいだ」
キドが呆れたように、しかし尊敬の眼差しで呟く。 俺たちは牧場の中へと入った。 そこには、すでに数十頭の鋼鉄猪アイアン・ボアが飼育されている。そして、その直ぐそばの一角に、特別に別の柵で囲われたエリアがあった。
「ブヒッ! ブーッ!」
そこには、金属光沢のある縞模様を持つ、丸々としたウリ坊たちが数十匹、元気に走り回っていた。
彼らは俺たちの姿を見つけると、警戒するどころか、尻尾を振って寄ってくる。
「よしよし、いい子だ」
キドが柵の中に入り、野菜くずを与えると、ウリ坊たちは我先にとキドの足元に擦り寄ってくる。その硬い背中を撫でられても、気持ちよさそうに目を細めている。
「かわいいなぁ。……本当に、あの怖い魔獣の子供なの?」
「間違いなく鋼鉄猪アイアン・ボアだ。だが、生まれた時からこうして人間が世話をすれば、彼らは人間を『親』あるいは『群れの仲間』として認識する」
これを「刷り込みインプリンティング」という。
特に、社会性のある動物ほど家畜化しやすい。
俺たちは、捕獲した親から生まれた子供や、森で迷子になっていた幼獣を保護し、徹底的に人間に慣れさせていた。
「野生の本能は、そう簡単には消えない。本来、家畜化というのは数世代、下手をすれば百年単位の時間がかかるものだ」
俺は、キドの手から餌を食べるウリ坊を見つめた。
彼らの背中はすでに鉄のように硬いが、その瞳に殺意はない。だが、奥の区画にいる親猪たちは違う。柵の向こうで、常に油断なくこちらを睨んでいる。
「じゃあ、この子たちも大人になったら襲ってくるの?」
不安そうに尋ねるキドに、俺は首を振った。
「いや、魔獣には『強い者に従う』という習性があると言われている。生まれた時から餌を与え、群れのリーダーとして振る舞えば、彼らは俺たちを上位存在として認識する。それが『調教』だ」
俺は説明を続ける。
「すでに野生の本能が完成している親は、食肉や繁殖用として管理するしかない。だが、この子供たちは違う。調教を重ね、人間に従順な個体を選別して交配させていく。そうやって少しずつ、何世代もかけて『家畜』へと近づけていくんだ」
「なるほど……。親は資源、子供は未来の家畜なんだね」
「そういうことだ。すぐに放牧とはいかないが、孫の代くらいには叶うかもしれないな」
キドの的確なまとめに、俺は満足して深く頷いた。
獰猛な成体は食肉や繁殖のために管理し、柔軟な子供は人間に慣れさせて飼育する。
狩猟採集から、牧畜へ。
そして、長い時間をかけた野生種の家畜化へ。
人類が数千年かけて辿った道のりの、最初の一歩をこの村は踏み出したのだ。
「さて、キド。今日はこの子たちの身体測定だ。成長データを記録することは、良質な肉を作るための第一歩だぞ」
「うん! ……あ、こら、噛むなよ〜」
ウリ坊に服の裾を甘噛みされて笑うキド。
その平和な光景を見ながら、俺は確信していた。
この村の食糧事情は、もはや盤石だ。
そして、この「鋼鉄の仔」たちは、将来的に食料としてだけでなく、荷運びや乗用としての可能性も秘めている。
「職人がいて、資源がある。そして、未来を育てる子供がいる」
俺は満足げに牧場を見渡した。
さあ、足場は固まった。
俺はニヤリと笑い、キドの元へ歩み寄った。
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