幕間1−1:勝利の美酒と職人の過去
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反射炉から最初の銑鉄が流れ出したその夜。 ウルム村は、かつてない熱気に包まれていた。
広場では盛大な宴が開かれていた。 メインディッシュはもちろん、牧場で育った鋼鉄猪の丸焼きだ。 だが、今夜の主役はそれだけではない。完成したばかりの反射炉で鋳造した「鉄鍋」で煮込んだ、たっぷりの野菜スープ。そして、浄水場で生まれた、不純物を含まぬ清水で仕込んだ試作品のエールが振る舞われた。
「乾杯! わしらの反射炉と、この村の未来に!」
村長のギードが高らかに杯を掲げると、村人たちが一斉に唱和する。
「「「乾杯!!」」」
焚き火を囲み、笑い合い、肩を叩き合う人々。
その輪の中心から少し離れた場所で、俺は静かにグラスを傾けていた。
騒がしいのは嫌いではないが、今は少しだけ、この光景を客観的に眺めていたかったのだ。
「……ここにおったか、アシュラン」
ふと、背後から声をかけられた。
鍛冶屋のドルガンだ。その顔は酒で赤くなっているが、足取りはしっかりしている。彼の手には、なみなみと注がれたエールのジョッキがあった。
その後ろから、大工のヘイムと、村長のギードもやってくる。この村の復興を支えてきた中心メンバーたちだ。
「ドルガンか。いい鉄は打てそうか?」
「ああ、もちろんだ。あの銑鉄は最高だ。不純物がまるでねえ。あんな鉄を扱えるなんて、鍛冶屋冥利に尽きるぜ」
ドルガンはそう言って豪快に笑うと、ドカッと俺の隣に腰を下ろした。
ヘイムとギードもそれに続く。
「アシュラン、あんたには礼を言わなきゃならねえ」
ドルガンが、真面目な顔で俺を見た。
「俺はな、王都の工房を追い出された時、もう二度とまともな鉄なんて打てねえと思ってたんだ」
そう言って自嘲気味に笑うドルガンを見て、俺はグラスを持つ手を止めた。
彼の過去に何があったのか。それは触れてはいけない傷かもしれない。だが、これからも共に歩む仲間として、知っておくべきことのようにも思えた。
少しの沈黙の後、俺は意を決して、けれど慎重に問いかけた。
「……追い出された理由、聞いてもいいか?」
俺が尋ねると、ドルガンは苦笑しながら杯を煽った。
「くだらねえ話さ。俺がいたのは、王都でも五本の指に入る名門工房だった。だが、そこの親方は『伝統』に凝り固まってやがった。俺は、もっと強くて錆びにくい剣を作るために、鉄に別の金属を混ぜる『合金』の実験をしてたんだが……」
「異端扱いされたか?」
「それだけなら良かったんだがな。ある日、騎士団の装備を選定する貴族が工房へ視察に来たんだ。俺は、兵士たちの生存率を上げるために、安価で頑丈な『合金の剣』の正式採用を直訴した」
「……なるほど。理に適った提案だ」
「だが、貴族は鼻で笑ったよ。『神聖な鉄に混ぜ物をした不純な剣など、騎士団の品位に関わる』とな。それだけならまだしも、あいつは俺の合金剣をゴミ呼ばわりして、こう言いやがった。『こんな不浄な剣、我が聖鉄の剣で浄化してやる』ってな」
「……まさか」
「俺は止めたんだぞ。『やめてください、陛下より賜った剣が傷つきます』ってな。だが、あいつは聞く耳持たず、自分の聖鉄の剣を全力で、作業台の上の合金剣に叩きつけやがった」
「結果は?」
「言うまでもない。俺の合金剣は刃こぼれ一つしなかったが、向こうの聖鉄の剣は、衝撃に耐えきれず真っ二つに折れちまった」
「……それは、まずいな」
「ああ。『貴様、何をした! 俺の剣に細工をしたな!』って逆ギレだ。自分が勝手に叩きつけた結果だっていうのに、全部俺のせいにされた。『不浄な剣で聖鉄を汚し、破壊した大罪人』だとよ。工房の親方も、貴族の怒りを恐れて俺を切り捨てた。腕は一番だったっていう自負はあったが、権力と理不尽には勝てねえ。工房を破門され、犯罪者としてここへ送られたってわけさ」
俺は納得した。
ドルガンが、俺の語る物理学や新しい理論を素直に受け入れられたのは、彼自身が「より良いもの」を求めて試行錯誤していた革新派だったからだ。
「俺も似たようなもんだよ」
続いて口を開いたのは、大工のヘイムだ。
「俺は貴族の抱え大工だった。ある時、新しい別荘の建築を任されたんだが、その貴族が『見栄えが悪いから柱を減らせ』『壁を薄くして窓を大きくしろ』と無茶を言ってきやがった」
「構造力学を無視した要求だな」
「その通りだ。そんな家じゃ、ちょっとした地震で潰れちまう。だから俺は、必死で説得したんだ。『旦那様、これでは強度が足りません。命に関わります』ってな。何度も頭を下げて、補強案も出した」
「……聞き入れられなかったか」
「ああ。それどころか、『下賤な大工風情が、私の美意識にケチをつけるのか』と激昂されたよ。結局、俺の忠告は無視され、柱を減らしたスカスカの別荘が建てられた」
ヘイムは焚き火を見つめながら、苦々しげに言葉を続けた。
「だが、その年の秋だ。大型の暴風雨が王都を襲った。俺が警告した通り、その別荘は強風に耐えきれず、派手な音を立てて倒壊したんだ」
「中に人は?」
「運悪く、その貴族が滞在中だった。瓦礫の下敷きになったが、大した怪我じゃなかったらしい。奇跡的にな。だが、あいつは自分の指示ミスを認めるどころか、真っ赤な顔で俺を呼びつけた」
「まさか、責任を?」
「ああ。『貴様の建てた家が崩れたせいで、私は死ぬところだった!』とな。俺は強度不足を警告したと言い返したが、あいつは聞く耳を持たねえ。『お前が手抜き工事をしたせいだ』『呪いをかけたに違いない』と因縁をつけられ、不敬罪で縛り上げられた。気がついた時には、身ぐるみ剥がされてこの村さ」
ヘイムは焚き火を見つめながら、自嘲気味に笑った。
「だが、ここに来て良かった。アシュランに出会えたからな。」
そう言って、笑顔を見せるヘイム。
「よせよ。俺の方こそ、お前たちの腕に助けられてる」
俺は照れ隠しにグラスを揺らした。
「アシュラン。あんたの設計図はすげえ。筋交いも、トラス構造も、全てに強さの理由がある。あんたの仕事をしてると、職人の血が騒ぐんだ」
ヘイムの言葉に、ドルガンも深く頷いている。
二人の過去は、職人としての矜持ゆえの追放だった。技術屋としてのプライドをかけた結果だ。
俺はふと、残る一人――村長のギードに視線を向けた。
彼は穏やかに微笑みながら、俺たちの話を聞いていた。だが、この男の統率力や事務処理能力もまた、ただの村人レベルではない。
「そういえば、ギード村長はどうなんだ? この村をまとめる手腕、只者じゃないと思っていたが」
俺が水を向けると、ギードは眼鏡の位置を指で直し、少し困ったように苦笑した。
「……わしには、彼らのような熱い武勇伝などありゃせんよ。もう少し地味な理由じゃ」
最後に、ギードが静かに語り始めた。
「わしは軍の補給部隊で、物資管理の小隊長をしておった。ある時、上官が兵士たちの食料を横流しして私腹を肥やしているのを見つけてしまってな……」
「告発して、逆にハメられたか」
「うむ。証拠を握りつぶされ、責任をなすりつけられて懲戒免職だ。その上官が上位貴族の子息での、不正がばれるのを恐れてわしをここに追いやったんだな」
ギードは眼鏡の位置を直しながら、微笑んだ。
「だが、ここでの生活は充実しておる。皆が働き、正当に評価され、豊かな生活を築いていく。わしが理想としていた『組織』の姿が、ここにある」
三人の話を聞いて、俺は改めて確信した。
この村にいる者たちは、単なる「落ちこぼれ」ではない。
むしろ、腐敗し、硬直した王国のシステムからはみ出してしまった「有能すぎる異端者」たちなのだ。
彼らが持っていた技術と矜持が、俺という触媒を得て、ここで爆発的な化学反応を起こしている。
「俺たちは、似た者同士ってわけか」
俺は自分のグラスを掲げた。
「はみ出し者たちに乾杯しよう。俺たちの効率的で快適な楽園に!」
「「「楽園に!!!」」」
四つのグラスが触れ合い、澄んだ音が夜空に響く。
この夜、俺たちの結束は、反射炉で溶かした鉄のように熱く、そして冷え固まった鋼のように強固なものとなった。
彼らがいれば、どんな困難も乗り越えられる。
そう確信できる、最高の夜だった。
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