表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第9章 自治と干渉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/158

第130話 使節と礼節

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

朝のウルム村。共同広場へと続く入り口の街道に、一つの集団が姿を現した。


先頭を進むのは、純白の法衣に金の刺繍を施した初老の男。その後ろには、記録板を抱えた書記官らしき若い神官と、実務を担う補佐役、そして無駄がない動きで周囲を警戒する数名の護衛が続いていた。


彼らの胸元と錫杖には、「十字に絡みつく蛇」の紋章が揃っていた。

その印を見れば、聖教国の正式な使節団だとすぐに知れた。


「……随分と、立派な方々がいらしたね」


「聖教国のお偉いさんか? なんでまた、こんな辺境の村に……」


定期市のために集まっていた村人たちが、遠巻きにざわめきながら道をあける。

武装した兵士でも、凄みを利かせた無法者でもない。

だからこそ、彼らがまとっている静かな秩序が、かえって村人たちを緊張させた。



村の入り口に設けられた管理窓口。そこに立つロッテは、近づいてくる使節団を前に、深く深呼吸をして姿勢を正した。


「よくいらっしゃいました。私は当村の管理窓口を預かっております、ロッテと申します」


ロッテは、へりくだりすぎず、かといって礼も欠かさないよう頭を下げた。


その後ろには、クラウスが一歩退いた位置で静かに控えている。

彼は目を細め、服の仕立てや従者の立ち位置、護衛の身のこなしを一つずつ見ていた。

それだけで、相手がただの慰問ではないことは十分だった。


(……高位の司祭に、手慣れた書記。慰問の形をとってはいるが、ただの巡回ではないな)


クラウスはロッテの背中越しに、ほんのわずかな合図を送った。さらにその後方には、オドランが普段の気配を消し、有事の際の壁となるべく静かに立っていた。


「突然の訪問をお許しください」


使節の代表である初老の司祭が、穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「私は聖教国より遣わされました、巡回司祭のバルテルと申します。此度の動乱で苦しむ人々を慰撫する旅の途中、この街に大変立派な祈りの場があると伺い、足を運ばせていただいた次第です。是非とも、あなた方の、礼拝堂を見せていただきたいと思いましてね」


「……え? 街、ですか?」

ロッテは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに表情を整えた。

「お褒めいただけるのは嬉しいですが、ここは()()ウルム村です」


バルテルは目を細めて愉快そうに小さく笑った。

「ご冗談を。これほど多くの人々が暮らし、見事な市場と整然とした街並みを持ち、なおかつ立派な礼拝堂まで備えている。このように発展した街は、王都の近郊を探してもそうそうありませんよ」


バルテルの声は柔らかく、よく通った。


「そうですか……。ご丁寧なご挨拶、痛み入ります」

ロッテは表情を崩さず、言葉を返す。


「当村の礼拝堂は、どなたでも祈りを捧げられる場です。もちろん、ご案内させていたします」



使節団は、村の迎賓館の応接室へと通された。


応接のテーブルには、カイン、ロッテ、そして村の客人を迎える顔としてエレノアが同席している。壁際にはクラウスとロイル、そして俺が静かに控えていた。


「いやはや、驚きました」


供された温かい茶に口をつけ、バルテル司祭は感嘆の声を上げた。


「これほどの辺境に、これほど多くの難民を受け入れ、さらにあれほど立派な礼拝堂を維持しておられるとは。皆様の慈悲深さとご尽力には、ただただ感服するばかりです」


「まあ、聖教国の方にそんな風に褒めていただけるなんて嬉しいですわ」

エレノアが、笑みを浮かべて応じた。


「祈る方が増えるのは、とてもよいことですもの。皆さんも、きっと心安らぐはずですわね」


エレノアが素直に受け取る一方で、カインとクラウスは別のところを見ていた。


「つきましては、我々聖教国としても、皆様の尊い行いにぜひ助力させていただきたいのです」


バルテルは、いかにも親身な様子で身を乗り出した。


「あのような立派な礼拝堂を維持するのは、さぞご苦労も多いでしょう。我々から、維持のための寄進と、正式な祈祷書や祭具をご提供させていただきたい。……また、日々増え続ける信徒たちを慰撫するため、しかるべき形で巡回司祭を継続的に派遣し、正しき導きの下で保護することも考えております」


寄進。祭具の提供。司祭の派遣。

言葉だけを見れば、ありがたい申し出だ。

だが、「正式な」「継続的に」「正しき導きの下で」――そのあたりだけは、どうにも引っかかった。


「……大変ありがたいお申し出です」

カインが、眼鏡の奥の瞳を冷ややかに保ったまま応じた。


「ですが、当村の礼拝堂は村の定めに則って、有志の手で管理しております。特定の教えや指導者は置かず、誰もが自由に祈れる場として扱っておりますので……。今の村では、それが必要なのです」


「……ほう」


バルテルが、ほんの一瞬だけ、訝しげに眉を動かした。


「指導者を置いておられない、と? それでは、日々の弔いや信徒の数の取りまとめは、どなたがなさっているのですか?」


「特に制限も掛けていません。弔いも、ご遺族や親しい方々がそれぞれの形で行っております」


ロッテが、カインの言葉を補足するように毅然と答える。


「すべては、村の定めの中で、村の代表が責任を持って管理しております」


バルテルは表情を崩さなかった。

だが、気にしているのが信仰の深さそのものではなく、誰がこの場を回しているのかであることは見て取れた。


「……なるほど。独自の素晴らしい()()をお持ちなのですね。よく分かりました」


バルテルは穏やかに微笑み、それ以上深く追求することはしなかった。


「本日はご挨拶のみに留めましょう。我々の支援のお申し出、どうか前向きにご検討ください」


バルテルはそう言って一度口を閉ざしたが、なおも穏やかな笑みを崩さぬまま、静かに言葉を継いだ。

「――もっとも、もし村長殿がお許しくださるのであれば、数日ほどこの村に逗留し、礼拝堂や信徒の方々のご様子を拝見できればと存じます。もちろん、当村の定めに従い、無用なご負担はおかけいたしません」


応接室の空気が、わずかに張った。


ギードは腕を組んだまましばし黙し、やがて重々しく口を開いた。

「……聖教国の正式な使節を、無下に追い返すわけにもいくまい」


書記官の青年が、わずかに安堵したように息をつく。


だが、ギードはそこで言葉を切らなかった。

「じゃが、この村にはこの村の定めがある。滞在は認めるが、好き勝手に見て回ってよいという話ではないからの」


「その点は、こちらで条件を明確にいたします」

カインが静かに引き取り、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「礼拝堂、休息所、市場を含め、視察や案内を要する場所については、すべてこちらに従っていただきます。滞在中、何かご要望がありましたら、必ず管理窓口を通してください。」


バルテルはカインの言葉を静かに聞き終え、それから深く頷いた。

「承知いたしました。こちらも礼を失するつもりはありません」


「では、外来客用の客舎を用意させよう」

ギードがそう結ぶと、バルテルは改めて丁重に一礼した。


表向きは礼を尽くした話し合いだった。

だが、この時点で相手は、挨拶だけして帰る客ではなくなっていた。



その日の夕刻。

外来客用の客舎へ案内された使節団は、荷を解く間もなく、一室に集まっていた。


「バルテル様。いかがでしたか、この村は」


書記官の青年が、羽ペンの先を整えながら静かに尋ねる。


バルテルは椅子の背にもたれ、しばし目を閉じていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……礼拝堂は見事でした。信徒の数も、辺境の難民集落とは思えぬほど多い。ですが――」


そこで目を開いたバルテルの顔からは、先ほどまでの柔らかさが消えていた。


「由々しき事態だ。あれだけの信徒を抱えながら、教えを導く正式な司祭がおらず、管理権が世俗の代表に握られている。独自の定めで秩序を保っているつもりなのだろうが……それは、神の教えの外で人をまとめているということでもある」


書記官の青年が、わずかに眉をひそめた。

「では……やはり」


「力で脅す必要はありません」

バルテルは穏やかな声で言った。


「導き手の不在を埋め、保護の名目で関わればよいのです。村の定めとやらも、まだ我々を拒んでいるわけではありません。礼を尽くし、助力を申し出る形なら、いずれ深く入っていけるでしょう」


彼は窓の外、夕闇に沈みゆくウルムの灯を一度だけ眺めた。


「明日から、礼拝堂だけでなく休息所、広場、人の流れも見ていくとしましょう。どこまでが祈りで、どこからが村の裁定なのか――その境を見極めねばなりません」


彼らは剣を抜かず、声も荒げない。

その代わり、自分たちには手を差し伸べ、導き、収める資格があると本気で思っている。

次に伸びてくる手は、もっと丁寧に、もっと深く、ウルムの定めの中へ入ってくるはずだった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ