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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第8章 共生と定め

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第119話 権限と返答

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「近隣の小物が鼻を利かせただけだ。放っておけ」


オスカーの乗った馬車が完全に見えなくなった直後。俺は迎賓館の執務室の寝椅子に身を投げ出しながら、心底うんざりした声で言った。

部屋には俺とカイン、そして村長のギードが集まっている。部屋の隅の小さな机では、ロッテが相変わらず「記録係」として黙々と羊皮紙にペンを走らせていた。


「放っておくわけにもいきませんよ。マスター」


カインが眼鏡を押し上げ、冷徹な声で俺のぼやきを切り捨てた。


「彼らは『難民管理と治安確認』という穏当な名目を盾にしていますが、本音は当村の実情を探り、介入の糸口を見つけることです。あの使者の目つき……ただの世間話で終わらせるつもりはないでしょう」


俺もそれは分かっている。だからこそ面倒なのだ。


「カイン、連中がここへ口出しできる法的な根拠はどの程度ある?」


腕を組んで黙って聞いていたギードが、低く落ち着いた声で尋ねた。


ここからが、この村の優秀な実務官の独壇場だ。


カインは手元の資料を軽く叩き、理路整然と前提を整理し始めた。


「まず大前提として、このウルム村はグレインベルク男爵家の封土ではありません。王国の正式な支配領として登記されているわけでもなく、ただの辺境の開拓地扱いです」


カインの言葉は淀みなく、冷たい刃のように事実だけを切り出していく。


「これまでに保護も統治も、いかなる支援も行っていない土地に対し、勝手に監督や課税の権利だけを主張するのは筋が通りません。もし何らかの権限を主張されるのであれば、まずその根拠となる正式な文書を示していただく必要があります。……今の彼らに、それは出せません」


「つまり、あいつらには俺たちをどうこうする法的権限は一切ないってことだな」


俺は鼻で笑った。


「なら話は早い。『お前に口を出す資格はない』で終わりだろ」


俺の乱暴な極論に、カインはわずかに眉をひそめたが、否定はしなかった。本質的にはその通りだからだ。


「アシュランの言う通りじゃ。筋の通らん話に付き合う義理はなかろう」



ギードがゆっくりと頷いた。

長い理屈は口にしない。だが、この村の顔として最後に決め、責任を負うのは自分だと、彼はよく分かっていた。


「じゃが、完全に無視して、あっちの都合のいいように書かせるのも面倒じゃ。儂の名で、きっちり釘を刺す返書を出そう。カイン、文面はお主が作れ」


「承知いたしました」


ギードの短く的確な指示を受け、カインは即座に新しい羊皮紙を引き寄せ、ペンを滑らせ始めた。


「文面はあくまで丁寧かつ低姿勢に。わざわざ査察に来ていただいたことへの礼と、近隣の治安には十分配慮している旨は記載します」


カインはペンを止めずに、すらすらと方針を口にする。


「その上で、『ウルム村は男爵家の所領ではないため、監督・課税・命令の対象にはならない』こと、そして『今後も近隣に実害を及ぼさぬよう、村として自衛に努める』こと……以上でよろしいですね」


喧嘩を売るわけではない。だが、付け入る隙となるような借りも一切作らない。

それだけで十分だった。


「カイン。余計な情けや愛想は入れるなよ」



俺は寝椅子から身を起こし、念を押すように言った。


「ああいう手合いは、少しでも曖昧な言葉を使えば、そこを餌にして噛みついてくる。冷たいくらいでちょうどいい」


「心得ております」


部屋の隅で記録を取っていたロッテのペンが、ふと止まった。

彼女は少しだけ目を見開き、こちらを見ていた。


「どこにも属していない」のに、人が暮らし、秩序が回っている。

その事実は、王城で育った彼女にとって、まだ新しい驚きだったのだろう。


やがて、カインが書き上げた見事な書簡が、ギードの前に差し出された。

ギードは文面にざっと目を通すと、迷いなく村長の署名をした。カインが手際よく赤い封蝋を垂らし、村の印を力強く押し当てる。


完成した返書は、すぐさま足の速い村の使者に託され、男爵領へ向けて発送された。


「……また一つ、面倒が増えた気分だ」


俺は窓の外を遠ざかっていく使者の馬を見送りながら、忌々しそうに呟いた。


男爵家がこれで大人しく引き下がるとは思えない。

だが、後手に回って好き放題書かれるよりはずっといい。


カインが書き上げ、ギードが判を押したあの冷たく礼儀正しい返書には、最も重要な一文が、はっきりと刻まれていた。


『――当ウルム村は、いずれの貴族家の封土にも属しておりません』


まずは、これで十分だった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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