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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第8章 共生と定め

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第115話 噂と視線

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

ウルム村の仮設市場は、春の柔らかな陽気とともに、確かな活気を帯びていた。


少し前までは、飢えた避難民たちの怒号と、粗悪品を売りつけようとする怪しい商人の怒鳴り合いが絶えない、混沌とした場所だった。だが今は違う。

木札による価格の明示と身元登録の仕組みが定着したことで、取引は驚くほどスムーズになり、無用なトラブルは激減していた。


何より大きな変化は、市場を歩く長屋の住人たちの顔つきだった。共同広場ができ、洗濯や水汲みの動線が整い、子供が笑い、老人が日向ぼっこできるようになったことで、彼らの表情から切羽詰まった悲壮感が薄れている。品物を吟味し、小銭を数え、明日の天気を語り合う。その姿はもう、ただの難民の群れではなかった。


「……おい、聞いてた話と全然違うじゃねえか」


市場の片隅で、王都方面から来た行商人たちが寄り集まって立ち話をしていた。


「ああ。難民が押し寄せて、その日のパンを奪い合ってる泥沼の吹き溜まりだって聞いてたんだがな」


「道端で寝てる奴もいないし、テントも見当たらない。あの長屋、急ごしらえにしてはやけにしっかりしてるぞ」


「それに、なんだあの市場の回し方は。身元確認に価格の明示まである……王都の商業ギルドだって、あそこまできっちりはしてないぞ」


商人たちの声には、感嘆だけでなく、得体の知れないものを見るような戸惑いが混じっていた。


「……整いすぎてるんだよ」


一人のベテラン商人が、周囲を窺うように声を潜めた。


「たかだかひと月あまりだぞ? 何千という難民を抱え込んで、暴動も疫病も出さずに、ここまで回せるわけがない。ただ生き延びてるんじゃねえ、もう立派に『暮らして』やがる。……裏でよっぽど腕の立つ奴が糸を引いてるとしか思えねえ」



その「違和感」は、行商人たちの荷馬車とともに、ウルム村の外へと運び出されていった。


宿場の酒場で。街道のすれ違いざまで。王都へ向かう中継商の会話の中で。

尾ひれをつけながら、噂は少しずつ形を変えて伝わっていく。


最初は「辺境の村が妙に整っているらしい」という驚きにすぎなかった。だが宿場を一つ越える頃には「難民を数千人も抱え込んでいるのに荒れていない異常な村」へ変わり、さらに遠くへ伝わる頃には「裏で何か得体の知れないものが動いている領地」として語られ始めていた。


内側では当たり前になり始めた暮らしの安定が、外から見れば不気味なほど整いすぎて見える。その広がりは、彼ら自身が思うよりも速かった。



「……というような噂が、周辺の街道筋で急激に広まっているようです」


迎賓館の執務室。カインは手元の書類――市場の出入り記録や、商人たちの滞在数の推移――をデスクに置きながら、窓際で外を眺めていたアシュランに告げた。


「長屋と共同広場の整備で村内が安定し始めた結果、外から来る商人たちが『ここは安全に商売ができる』と判断しています。取引量も先週の倍以上です。それに伴って、村の発展ぶりが彼らの口を通して一気に外へ漏れ始めています」


カインの表情は有能な実務家らしく冷静だったが、その目には確かな警戒の色が浮かんでいた。


「こうなると、ここへ目を向けるのは王都の貴族だけではなくなります」


その言葉に、アシュランは窓枠に肘をつき、心底うんざりしたように天を仰いだ。


「……面倒な話になってきたな」


自分が求めているのは、あくまで誰にも邪魔されない快適な引きこもり生活だ。長屋の住環境を整えたのも、治安の悪化や悪臭といった「面倒」を未然に防ぎ、自分がダラダラと過ごせる時間を確保するためだった。

内側を整えれば整えるほど、人は集まる。そして外から見れば、それが妙に映る。


「目立ちたくてやってるわけじゃないんだがな。ただ静かに暮らしたいだけなのに、どうしてこう、次から次へと……」


「うまく回っている土地というのは、それだけで目立つものです」


「皮肉のつもりか? 俺はただ、泥水と生ゴミの臭いから逃れたかっただけだ」

アシュランが肩をすくめると、カインはわずかに口元を緩めた。


「まぁ、そういうことにしておきましょうか。しかし、動機はどうあれ、結果としてウルム村は『富と秩序を持つ土地』として外部に認識され始めています。早急に、外からの干渉に対する防壁――法的な権利関係も含めて――を固めておくべきでしょう」


「頼む。その辺の立ち回りは俺よりお前の方が得意だろうからな。何か必要な権限があれば言うようにしてくれ」


アシュランは窓の外、活気づく村の景色から目を逸らすように、小さく息を吐いた。



その頃。

ウルム村から馬で数日の距離にある、とある地方都市の代官所。

薄暗い執務室で、身なりばかりは立派な小役人が、部下から上がってきた報告書に目を通していた。


「……ほう。王都から流れた難民を大量に抱え込みながら、独自の市場を持ち、活気づいている辺境の村、か」


小役人の目が、欲深げに細められる。


「王都の大貴族どもが政争にかまけている間に、ずいぶんと勝手に太ってくれているじゃないか。これだけ人と物を抱え込んでいるなら、こちらにも相応の取り分があってしかるべきだろう」


大義や国家への忠誠などない。あるのは、新興の豊かな土地から甘い汁を吸ってやろうという、下世話で露骨な関心だけだ。

辺境の何もない村が栄えているなら、そこには必ず利権の匂いがする。


「おい、視察の名目で数人使いを出せ。あの村の『本当の持ち主』が誰なのか、探りを入れてこい」


ウルム村で起きた、生活のためのささやかな変化。

それは大陸を揺るがすような大事件ではまだない。辺境の避難民村にしては、あまりに整いすぎている。

その違和感だけで、小物たちの鼻を利かせるには十分だった。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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