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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第7章 基礎と秩序

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第107話 登録と照合

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

早朝の迎賓館前。仮設の出張窓口である登録所周辺は、昨日までの雑然とした状態から一変していた。

ロイルが数人の若者たちを指揮し、太いロープと空の木箱を使って、人々の動線を明確に三つに切り分けていたのだ。それぞれの列の先頭には、真新しい木の看板が掲げられている。


「いいか! 一番右が『登録・台帳』! 真ん中が『作業配属』! 左が『配給窓口』だ! 列を間違えるなよ!」


ロイルの張りのある声が響く。昨日まで一つの窓口に群がっていた人々が、用途に合わせて三つの列に分かれていく。

その後方で、巨大な鍋の前に立つマルタが腕組みをして睨みつけていた。


「今日こそ止めるんじゃないよ、ロイル!」


その隣では、マーサが山積みにされた空の器の前で、無言の圧を放っている。二人の気迫に、ロイルは「分かってます!」と引きつった顔で返した。



「札だけで判断してはいけません」


窓口の裏側では、カインが台帳係の若者たちを集めて短い説明を行っていた。彼の背後の板には、太い白墨で『札 → 台帳 → 印』と書かれている。


「札を受け取ったら、必ず台帳の該当行を指で押さえて確認する。それから印を押して通すのです」


これまでの混乱の原因は、用途ごとに細分化されすぎた札にあった。「優先」「労働」「配給」とバラバラだった札はすべて回収され、今日からは二種類に統合される。


「世帯の人数と要配慮者の有無を示す『家族札』。そして、当日の労働と配給の前倒し可否を示す『作業札』。この二つだけです。そして作業札には毎朝、その日の位置に一つだけ『穴』を開けます」


カインが手本として、錐で木札の端に小さな穴を開けて見せた。

「この穴の位置が今日の日付の証明になります。古い札の使い回しはこれで防げます。手順を固定し、確認項目を絞った。迷いは減ります。あとは順番通りに手を動かしてください」


カインの理路整然とした説明に、若者たちは真剣な表情で頷いた。



窓口が開く直前、ロッテが小さな木箱の上に立った。彼女は集まった人々の前に出たが、決して声を張り上げたり、感情を煽ったりはしなかった。

ただ、手元の紙面に視線を落とし、落ち着いた、しかしよく通る声で告げた。


「新しい手順で、列に入れるとはお約束しません。今までより早くなるとも言いません。ただ、皆さんの生活の列を『止めないための手順』だけをお伝えします」


ざわめいていた人々が、その静かな言葉に耳を傾ける。


「窓口は、登録、配属、配給の順番です。札は家族札と作業札の二つだけ。拾った札は自分のものにはなりません、ただちに登録所へ届けてください。そして、何か抗議や問題があっても、窓口での抗議・問答は後回しにしてください。確認と対応は、配給後に受け付けます」


決して未来の便宜を約束するわけではなく、ただ冷徹に今の現実とルールだけを提示する。ロッテのその態度は、かえって人々の混乱を静める効果があった。



太陽が昇りきった頃、改修された制度の効果は目に見える形で表れ始めていた。


「はい次! 台帳確認よし、通れ!」


窓口の若者たちが、カインの教え通りに『札を見て、台帳を指差し、印を押す』という機械的な動作を繰り返す。個別の事情や抗議は後回しにされるため、列は淀みなく進んでいく。

配給所の中心では、マルタがリズム良く柄杓を振るっていた。


「よし! 今日は鍋が待たされてないね。火の加減もちょうどいい!」

マルタの顔に、昨日までの苛立ちはない。列が一定の速度で進むことで、鍋の中身が減るペースと薪を燃やすペースが見事に噛み合っているのだ。


洗い場の方でも、マーサが次々と返却される器を手際よく受け取っていた。配給列と返却列が完全に分離されたことで、食器の循環が復活した。


「返却が戻れば、明日の準備ができる。これなら回るよ」


マーサの安堵した声が聞こえ、ロイルはホッと胸を撫で下ろした。



列が順調に流れ始めたことで、並んでいる人々の間にも少しの余裕が生まれ、雑談を交わす者も出てきた。その中には、王都から流れてきた不穏な噂話も混じっていた。


「聞いたか? モンフォール元帥が死んだって噂だぞ」


「馬鹿言え。でも、軍が王都に戻ったはずなのに、門の見回りが減ってるらしいぜ」


「リヒテンブール公爵が、自前の兵で治安の再編をやってるって話もある」


「魔術院の連中が炊き出しを続けてるが、あれは誰の手柄なんだろうな。」


「アルベール様は、命を狙われたとかで屋敷に引きこもってるらしいぞ」


どれも真偽の定かではない噂の切れ端だ。だが、俺は列を巡回しながらその言葉を拾い集め、王都で何らかの権力構造の歪みが起きていることを感じ取っていた。



制度が整い、現場の速度が戻り始めると、当然のようにその「ルールの隙間」を突こうとする連中が動き出す。札の複雑さが解消され、ごまかしが利かなくなったことで、彼らの手段はより露骨なものになっていた。


第三区画の端にある指定竈では、ハンスが火番の男を問い詰めていた。


「今日の薪の配給分が足りないはずはない。なぜこの竈だけ火が小さい?」


「今日は管理所からの配給が少なかったんだよ! 文句があるなら、追加の薪を“個人で”買ってもらうしかねえな」


火番の男は、薪を意図的に隠し、温かい汁を求める者から差額をせしめようとしていた。「管理所の指示だ」と嘘ぶく男を、ハンスは冷ややかな目で見据えた。


また別の場所では、区画の代表候補の男に数人の難民がすり寄っていた。


「なあ、俺たちの名前を書き換えて、順番を早くしてくれよ。それか、親父を病人扱いにして要配慮の枠に入れてくれ。悪いようにはしねえから」


代表の男が困惑して後ずさる横から、ロイルが割って入った。


「やめろ。窓口の代表にそんな権限はない!」


さらに、テントの影では、無許可の露店めいた小商いが始まっていた。


「作業札、半日貸すぜ。……返す時に、粥を一杯だ」


物資の横流しや、札の転売。ハンスはそれらの不穏な動きを視界に収めながらも、その場で個別に力でねじ伏せることはしなかった。暴力で一人を黙らせても、制度の穴がある限りまた別の者が現れるだけだ。必要なのは、市場そのものを止める「ルールの刃」だった。



夜。執務室に集まった俺たちは、今日一日で浮き彫りになった問題を整理していた。


「問題行動は、大きく三つに分類できる」


俺は議題ボードに書き込んだ。


「一つ、薪や物資の『横流し』。二つ、代表への買収や脅しによる『口利き』。三つ、札や物資の無許可の『転売』。この三つを明確な違反カテゴリとして設定する」


ハンスが頷き、ロイルがメモを取る。


「罰則はどうしますか? 見つけ次第、治安班で捕らえますか?」


「いや、個別に捕まえていてはキリがないし、反発を生むだろう。」


俺は言葉を継いだ。


「違反が発覚した者は、これまで通り配給を最後尾に回す。あるいは、区画の端への強制移動だな。無許可の露店は停止・撤去。それでも従わない悪質なケースのみ、隔離区画へ送る」


部屋の奥で静かに聞いていたギードが、ゆっくりと立ち上がった。村長としての彼の重々しい声が響く。


「その通りじゃ。力ではなく、掟で縛る。ロッテ、今の三つの違反と罰則を、明日すべての掲示板に張り出すのじゃ。いかなる理由があろうと、決して例外は認めぬとな」


「はい、承知いたしました」


ロッテが静かに頷いた。



会議が終わり、皆が散会しようとした時だった。

最後まで台帳の集計を行っていたロイルが、顔を上げて声を上げた。


「アシュラン様……ちょっと、これを見ていただけますか」


ロイルの声には、微かな戸惑いが混じっていた。


「第三区画の台帳なんですが……数字の辻褄が合いません」


俺とカインがロイルの机を覗き込む。


「どういうことだ?」


「昨日から今日にかけて、この区画の登録人数が急に増えているんです。それに、要配慮者の枠も不自然に多い。今日配った作業札の枚数とも、計算が全く合いません」


カインが眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹な目で台帳の数字を追った。


「……なるほど。字癖が違う。追記ですね。これは、単なる数え間違いや、現場の誤記では説明できないですね」


規則正しく並んだ数字の中に、明らかに意図的な歪みが存在していた。それは、現場の混乱によるミスではなく、ルールの裏をかくための悪意ある操作の痕跡だった。

俺は静かに台帳を閉じ、低く呟いた。


「ああ。台帳に手を入れた奴がいる」


せっかく回り始めた村のシステムに、早くも致命的な毒が盛られようとしていた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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