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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第7章 基礎と秩序

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第105話 会議と帳面

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

二つの区画で試行運用を始めて数日。

迎賓館に設けた執務室で、俺はロイルからの報告を受けていた。


「アシュラン様、もう限界です」


ロイルの顔には、隠しきれない疲労の色が濃く滲んでいた。


「薪の申請量が区画ごとにバラバラで、器の返却も片方の区画だけ異常に遅い。夜間の揉め事も増えています。俺がいくら走り回って現場で対応しても、全く追いつきません」


八千人を十の区画に分ける計画は立てた。だが今は、まず二つの区画で試験的に窓口を立てて回している。しかし、問題は一部の場所にとどまらず全体に広がり、しかも同時多発的に起きている。


「当然だ。一人の人間が物理的に走り回って処理できる限界は、とうに超えている」


俺は卓上の図面から顔を上げ、ロイルを見た。


「だからこそ、各区画に窓口を立てたんだ。だが、ただ窓口を集めても意味がない。今日は、その窓口を機能させるための『会議の型』を作ろうと思う」


「会議の型、ですか?」


「ああ。情報を整理し、システムを回すための『流れ』を作る作業だ」



迎賓館の一室。ここが各区画の代表たちの会議場として当てられていた。

長机を囲むようにして、試験運用中の二つの区画から選出された代表候補たちが集まっていた。人数は八人。王都で下級役人をしていた者、大工の棟梁、商家の帳簿係など、経歴は様々だが、いずれも読み書きができ、区画内で一定の信用を得ている者たちだ。


だが、会議が始まるや否や、彼らの口からは矢継ぎ早に要望と不満が噴出した。


「うちの区画の薪の配分が少なすぎる! 昨夜は凍えそうになったぞ。もっと増やしてくれ」


「こっちは咳をする病人が増えているんだ。優先して寝床と毛布を回してもらわないと困る」


「なぜ昨日、隣の区画が先に配給を受けたんだ! 同じ労働をしているのに不公平じゃないか!」


「夜中に揉め事があった時、自警団の到着が遅い。誰がすぐに仲裁に入るんだ!」


口々に自分の区画の「正しさ」と「窮状」を訴える。中には「うちの区画の犬が吠えてうるさいと言う奴がいて……」と、個人的な近隣トラブルまで持ち出す者もおり、ロイルが頭を抱えた。


「ちょっと待ちな!」


その喧騒を切り裂いたのは、腕組みをして壁際に立っていたマルタの一喝だった。

「炊き出しは待てないよ。まず燃料と水の確保が先だよ」


「器の返却が止まれば、次の配給が止まるんだよ」

マーサも厳しい顔で追従する。生活の最前線を回している彼女たちにとって、代表たちの要望は全体を見ない我儘に等しかった。


「皆、落ち着いてくれ。順番に話してくれ!」


ロイルが立ち上がり、両手を広げて場を制しようとする。彼はあくまで司会進行役として場をまとめようと努力していた。それは彼なりの成長だった。

だが、「型」のない会議では、全員が自分の区画の正当性を主張して譲らず、議論は完全に平行線を辿って止まってしまった。


見かねたギードが、腕組みをしたまま重い声を発した。


「静まらんか」


たった一言。だが、村長としての重圧を伴うその声に、代表候補たちはビクッと肩を震わせて口をつぐんだ。


「順番を決める。まずそれじゃ。お主らが勝手に喚き散らしても、飯は炊けぬし家も建たんぞ」



沈黙が落ちた会議室で、カインが静かに立ち上がった。彼の手には、何枚もの真新しい資料の束が握られている。


「皆さん、各区画の状況を伝えたいという熱意は理解しました。しかし、今のままでは情報が未整理です」


カインは資料の束を代表候補たちに配り始めた。それは、彼が考案した台帳の雛形だった。


「報告の粒度を固定します」


カインは事務的な、しかし一切の反論を許さない理路整然とした口調で説明を始めた。


「各区画の代表は、毎朝この項目を埋めて提出してください。現在の正確な『人数』。軽傷か重症かを分けた『病人の数』。目視による『薪の残量』。水の『不足の有無』。清掃や排水溝の詰まりといった『衛生状態』。そして、揉め事の『件数』です」


書面には、それらの項目が簡潔に書き込めるよう、表組みが均一に記されていた。


「数字が揃えば、村全体を見渡して、どこにどれだけ割り当てればいいか、正確に判断できます。数字が揃わなければ、声の大きい者が得をするだけで、必ず揉める」


カインは眼鏡の奥の冷徹な瞳で代表たちを見回した。


「あなた方の役割は、区画の者に『命令する』ことではありません。毎日この項目を埋め、数字と事実をここに『運んでくる』ことです」


感情を排し、情報を定量化して吸い上げるための完璧なフォーマット。


「……やはり、本物の天才だな」


俺は小さく呟いた。カインの異能は、魔術の戦闘力においてのみならず、こうしたシステム設計においてこそ真価を発揮する。



俺は立ち上がり、壁に立てかけてあった議題ボードの前に立った。


「カインの言う通りだ。そして、提出された数字を元に、この場で行う会議の『順番』も完全に固定する」


俺は白墨を手に取り、板に力強く書き込んだ。


一、配給(鍋・水・器の循環)

二、火(薪の残量・竈の状況・当番の配置)

三、衛生(清掃の進捗・排水・汚物処理)

四、治安(揉め事の件数・隔離の有無・武器の管理)

五、工事(長屋・集会棟・壁基礎の進捗と労働登録の照らし合わせ)


「発言はこの順番通りに行う。そして、一人一件ずつ、感情や推測ではなく『数字と事実』だけで報告してくれ」


代表候補たちが、緊張した面持ちでボードを見つめる。


「会議での決定事項は、すべて掲示板に張り出す。今日答えが出ない問題は、翌日までの宿題とする」


俺はさらに言葉を継いだ。これが最も重要な楔だ。


「そして、代表であるお前たちは、自分の区画の者に『便宜を約束』しないでくれ。配給や物資を、代表自身が受け取って分配するのも禁止とさせてもらう」


「なっ……それでは、代表としての顔が立ちませんが……」


元役人の男が戸惑いの声を上げる。


「顔を立てる必要はない。権限を載せれば、窓口が利権になる。お前たちはあくまで『情報を回す窓口』であり、『支配者』ではないんだ」


ギードが深く頷き、結論を下した。


「アシュランの言う通りじゃ。村はこの『型』で回す。不満や異論があるなら、感情ではなく、その台帳の数字で出してこい」



「一つ補足させてもらう」


部屋の隅に控えていたハンスが、淡々とした声で口を開いた。


「代表がただの窓口だとしても、区画の連中の中には、あんたたちに圧力をかけたり、買収を持ちかけたりして、自分たちだけ得をしようとする輩が必ず出てくる」


代表候補たちが息を呑む。彼らも薄々、その危険性は感じていたはずだ。


「そういう代表への不当な圧力は、すべて村の『治安案件』として処理する」


ハンスは、事務的な口調で対処の手順を告げた。


「脅しや買収が発覚次第、その者は区画の端へ強制移動させ、配給は最後尾に回す。悪質な場合は隔離区画行きだ。あんたたちは、無理に自力で解決しようとせず、すぐに俺たち治安班に報告してくれればいい」


暴力で押さえつけるのではなく、システムによる隔離という手順。俺はハンスの的確な線引きに、静かに頷いた。


会議の終わりに、俺は部屋の隅で静かに議事録をとっていたロッテに声をかけた。


「ロッテ、ここで決まったことを書き写して、各区画の掲示板に張り出してくれないか。どの区画でも同じように伝わるよう、一言一句揃えて頼む」


俺がそう仕事を振ると、彼女は手元の資料を胸に抱き、静かに立ち上がった。

「はい。各区画で誤解や解釈の違いが生まれないよう、責任を持ってお伝えしますね」


ロッテは小さく一礼し、資料を胸に抱いたまま席についた。

彼女は今や、村の統治システムを裏から支える「正確な情報の伝達者」としての役割を、自らの居場所として定着させつつあった。



会議が終わり、明確な役割と「型」を与えられた代表候補たちが、それぞれの区画へと散っていく。

俺は迎賓館の窓から、彼らが外へ出ていく様子を眺めていた。


ふと、代表候補の一人である元商家の帳簿係の男に、難民の男が一人、すり寄っていくのが見えた。男は周囲を気にするように声を潜めているが、その卑屈な笑みからは意図が透けて見える。


「……おい、あんた。うちの家族の配給を少しだけ早く回してくれないか。あんたが代表としてうまく口を利いてくれれば、悪いようには……」


だが、帳簿係の男は毅然として首を横に振った。


「私にそんな権限はない。やるのは報告だけだ。配給は列、手伝いは登録――それだけだ」


先ほどの会議で「権限を持たない」と釘を刺された直後だったこともあり、システムによる牽制が見事に機能した形だ。

難民の男はチッと舌打ちをし、薄ら笑いを浮かべたまま、人混みの中へと消えていった。


「断りましたね」


隣に立ったカインが、窓の外を見つめたまま言った。


「ああ。だが、相手は諦めたわけじゃない」


俺は窓枠に手をつき、八千人がひしめく巨大な天幕の海を見下ろした。 人間は、生きるため、あるいは少しでも得をするために、常にシステムの隙間を探り続ける。


「次は“口利き”だ。奴らは、あの手この手で俺たちの作った制度を試してくるぞ」


物理的な壁と基礎が組み上がっていく一方で、目に見えないルールの壁もまた、絶え間ない攻撃と修繕を繰り返していく運命にあるのだ。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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