表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第1章 追放者たちと快適化計画

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/26

第12話:断熱と対流のマイホーム

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

鋼鉄猪(アイアン・ボア)の群れを鹵獲してから数週間。鋼鉄猪(アイアン・ボア)の群れを「牧場」へ収容したことで、ウルム村の風景は劇的に変化していた。


「おーい、今日の配給だぞ! 猪肉の燻製と、新鮮な野菜のスープだ!」


広場から響くボルグの声に、子供たちが歓声を上げて駆け寄っていく。

かつては常に飢えと隣り合わせだったこの村に、今や「空腹」という言葉は存在しない。

水汲みという過酷な重労働から解放された女たちは、川辺に作られた洗い場で、談笑しながら洗濯をしている。男たちも、もはや魔獣に怯えることなく、開拓や牧場の管理に精を出していた。


鋼鉄猪(アイアン・ボア)を確保するのに使った窪地もあの後更に改良を重ね、いつでも捕獲できるように準備ができている。


食料と水、そして安全。

生物として生きるための最低限の条件は、この短期間で驚くほど高い水準で満たされたと言っていい。

人々の顔からは悲壮感が消え、代わりに余裕と笑顔が張り付いている。


満ち足りた光景だ。

だが、俺は、夜ごと自らの寝床で、一つの大きな不満を抱えていた。


「……寒い」


俺が住処としてあてがわれた廃屋は、酷いありさまだった。

壁の大きな亀裂こそ粘土で塞いだが、建付けの悪い扉や窓枠からは、夜になれば容赦なく隙間風が吹き込んでくる。

雨が降れば、どこかしらからポタポタと冷たい滴が落ちてきて、寝床を濡らす。

暖を取ろうとして暖炉に火を焚けば、設計の悪い煙突から煙が逆流し、部屋中が燻製室のようになってしまう。


一言で言えば、劣悪だ。

これでは、研究に集中することも、安眠することもままならない。


「食と水は満たされた。……やっぱり、次は住処だな」


俺は寝返りを打ちながら、天井の染みを見つめて呟いた。

人間にとって、住環境は精神衛生に直結する。

俺自身の、より快適で知的生産性の高い生活のために。そして、同じように隙間風に震えているであろう、この村の仲間たちのために。

俺は、次なる「快適化計画」に着手することを決意した。


翌朝。

俺は再び、村人たちを広場に集めた。


彼らの目に宿るのは、もはや俺を値踏みするような色ではない。

「次はどんな魔法を見せてくれるんだ?」「今度はどんな美味いものが食えるんだ?」という、純粋な好奇心と、絶対的な信頼の色だ。

特に、魔獣牧場の一件以来、子供たちは俺を英雄か何かのようにキラキラした目で見つめてくる。……悪い気はしないが、少しこそばゆい。


「皆、聞いてくれ。水と食料の問題は解決した。だが、俺たちの家を見てほしい」


俺は、広場の端に建つ、ギードの家を指さした。

ひび割れた泥壁、傾いた柱、所々が腐り落ちた茅葺屋根。

それは、この村の全ての家が抱える共通の問題だった。


「この村の家は、寒く、脆く、湿気ていて、火事にも弱い。冬になれば凍えるし、夏は蒸し風呂だ。俺は、これを根本から作り変えたいと思う」


俺の宣言に、村人たちからどよめきが起こる。

大工のヘイムが、腕を組んで前に進み出た。彼は牧場の柵作りで、俺の設計思想を肌で感じた一番の理解者だ。


「アシュラン。お前の言う通りだ。俺だって、もっとマシな家に住みてえ。だが、家を建てるというのは、柵作りとは訳が違うぞ。まともな木材も、道具も、ここにはほとんど残っちゃいねえ」


「ああ、分かっている」


俺は頷いた。

確かに、王都のような立派な石造りの家を建てるには、資材も技術も足りない。だが、物理学があれば、素材の限界を超えることができる。


「だから、発想を変えるんだ。限られた資材と、俺の知識。そして、君たちの技術。その三つを組み合わせれば、王都の貴族の屋敷よりも快適で、砦のように頑丈な家が作れる」


俺は地面を平らにし、木の枝で構造図を描き始めた。 それは、彼らがこれまでに見たこともない、異質な、しかし合理的な家の設計図だった。



「まず、基礎だ」


俺は地面を強く踏みしめた。


「今の家は、地面に直接柱を立てるか、石を置いただけだ。これでは、地面からの湿気を吸って柱が腐るし、地震や強風で家全体が歪んでしまう」


俺は村人たちに指示し、建設予定地の外周に沿って溝を掘らせた。 そして、その溝に川原から運んできた硬い石を敷き詰め、牧場建設で余った樫の木の丸太で作った突き固め用具で、徹底的に叩き締めさせた。


「これが『布基礎』の原形だ。建物の重さを『点』ではなく『線』で支えることで、荷重を分散させ、不同沈下を防ぐ」


次に、突き固めた基礎の上に、平らな礎石を水平に設置していく。その上に、表面を火で炙って炭化させ、防腐処理を施した太い土台木を組んだ。


「さらに、床下を高くして風を通す。これで地面からの湿気は完全に遮断できる。虫食い対策にもなるぞ」


ヘイムは、その合理的で安定した構造に目を見張り、感嘆の声を漏らした。


「なるほど……石と木をこう組めば、湿気が上がってこねえのか。これなら、家の寿命が何倍にもなるな」


基礎が完成すると、次は木組みだ。

ここでも俺は、従来の常識を覆す指示を出した。


「柱と梁を組むだけでは、横からの力に弱い。四角形は歪みやすいが、三角形は歪まない。幾何学の基本だ」


俺は、柱と梁の間に斜めの木材を入れるよう指示した。


「これが『筋交い』だ。この斜めの材が一本あるだけで、家は風や揺れに対して劇的に強くなる」


ヘイムたちが半信半疑で筋交いを入れた枠組みを揺らしてみるが、ビクともしない。



「すげえ……! 釘も使ってねえのに、岩みたいに動かねえ!」


物理的構造の強さを実感した職人たちは、面白がって次々と筋交いを入れていった。


そして、壁作りにも革命を起こす。

この地方の伝統的な壁は、土と藁を混ぜただけの薄いものだ。これでは断熱性が低く、冬は寒くて当然だ。


「壁を二重構造にする」


俺はそう宣言した。

内壁と外壁の間に空間を作り、その中に乾燥した苔や、木材加工で出た大量のおがくずを詰め込ませた。


「壁の中に『動かない空気の層』を作るんだ。空気というのは、実は最高の断熱材だ。熱伝導率は、木材の数分の一、土壁の十分の一以下だ」


「空気……が、壁になるのか?」


村の女たちが不思議そうな顔をする。


「そうだ。冬は中の熱を逃さず、夏は外の熱を入れない。魔法瓶と同じ原理だ」


「魔法びん?魔法の何かかい?」


「あ、いや、そうじゃない……そうか、魔法と言えば本物があるもんな……」


俺の呟きはどうやら拾われなかったらしい。


俺の説明に、特に女たちが目を輝かせた。 冬の朝、水桶の水が凍るほどの寒さ。夏の夜、寝苦しくて何度も起きる暑さ。それらから解放される未来を想像し、彼女たちの作業の手が一気に早くなる。


最後の仕上げは、屋根だ。


「茅葺屋根は、もうやめる。火事に弱すぎるし、虫も湧く。それに、定期的に葺き替えるのは面倒だ」


「じゃあ、どうするんだ? 板葺きか?」


「いや。この村で豊富に採れる粘土を使って、『瓦』を作る」


俺は、高温を安定して維持できる「登り窯」の設計図をヘイムとドルガンに見せた。 まだ「鋼鉄猪(アイアン・ボア)の皮」を使ったふいごは完成していないが、斜面の傾斜を利用した煙突効果を使えば、粘土を焼き締めるのに十分な温度は確保できる。


窯の製作は、鍛冶屋であるドルガンの独壇場だった。

彼の指導の元、村人たちは耐火煉瓦を作り、斜面を利用した巨大な窯を築き上げていく。

そして数日後。窯から出されたのは、美しい赤褐色に焼き上がった素焼きの瓦だった。


「こいつは……綺麗だな。それに、カチカチだ」


ドルガンが瓦を叩くと、キンッ、と硬質な音が響いた。

それは、水を通さず、火にも燃えず、数十年は余裕で持つ最強の屋根材だ。この村に、牧畜に続く新たな産業――「窯業」が生まれた瞬間でもあった。


さらに、住環境における最大の革命は、静かにもたらされた。


「煙突だ」


俺は、暖炉から立ち上る煙を、壁を通して屋外に排出するための石積みの煙突の設置を指示した。


「暖かい空気は軽くなって上に昇る。この対流の原理を利用すれば、煙は自然に外へ吸い出される。もう、家の中で咳き込む必要はなくなる」


それから、壁には木枠にはめ込み式の窓を設置した。 残念ながらガラスはまだ作れない。ガラスを作るには、珪砂の確保と、さらなる高温炉が必要だ。 代用として、狩りで得た通常の獣皮を極限まで薄く削ぎ、油を塗って半透明にした「油紙」のような膜を張る。 残炎ながら鋼鉄猪(アイアン・ボア)の皮は黒すぎて光を通さないため不向きだったのだ。しかし、これで隙間風を完全にシャットアウトしつつ、部屋の中に柔らかな太陽光を取り込めるようになった。



ひと月後。


俺の住処だった廃屋は跡形もなくなり、その場所には、村で最初の「新しい家」が完成していた。

どっしりとした石の基礎の上に、計算し尽くされた頑丈な木組み。

壁は滑らかな漆喰で仕上げられ、屋根には赤褐色の瓦が整然と並び、夕陽を反射して輝いている。

そして、石積みの煙突からは、白い煙が真っ直ぐに空へと伸びていた。


「「「おお……」」」


完成披露に集まった村人たちは、自分たちの手で建てたとは思えないほど立派な家を前に、ただただ感嘆の声を漏らす。

それは、王都の貴族街にあっても見劣りしない、いや、機能性においては遥かに凌駕する一軒家だった。


「さあ、入ってみてくれ」


俺が扉を開けると、村人たちはおずおずと中へ入ってきた。


「あったけえ……」


誰かが、思わず声を漏らした。

中は、驚くほど明るく、そして暖かかった。

外では冷たい風が吹いているはずなのに、家の中には春のような穏やかな空気が満ちている。

外の風の音はほとんど聞こえず、煙の匂いもしない。

断熱壁と二重床のおかげで、床からの冷え込みも全くない。


「これが……家なのか?」


ギードが、信じられないという顔で壁を撫でた。

これまで彼らが住んでいた「雨風をしのぐだけの場所」とは、次元が違う。

ここにあるのは、人間が人間らしく生きるための「快適な空間」だった。


俺は、満足げに頷いた。

物理学は、何も難しい数式だけの世界ではない。

熱を操り、力を分散させ、素材の特性を活かす。

そうすれば、人はもっと快適に生きられるのだ。


「まずは、俺の家を実験台にした。だが、これは始まりに過ぎない」


俺は振り返り、感動に震える村人たちを見渡して言った。


「次は、君たちの家だ。資材はある、技術も覚えた。この冬が来る前に、全員の家をこの『快適な要塞』に建て替えるぞ」


「「「おおおおおおおっ!!」」」


俺の言葉に、村人たちが拳を突き上げる。

その顔には、もはや追放された者特有の暗い影はない。

自分たちの手で、生活を、未来を切り開いていけるという確信に満ちた、力強い笑顔が輝いていた。


こうして、ウルム村の「住宅革命」が幕を開けた。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

「☆☆☆☆☆」からの評価やブックマークをしていただけると、今後の創作の大きな励みになります。

感想やレビューも、心からお待ちしています!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ