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追放物理学者の快適辺境ライフ 〜辺境の暮らしを快適化していただけなのに、なぜか聖女と賢者が弟子入り志願してきた〜  作者: しいたけ
第6章 秩序と瓦解

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第88話:守護と支配

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

「俺たちは、俺たちのルールで“守ってやる”。……もちろん、それ相応の『代金』はいただくがね」


顔に傷のある男が薄笑いを浮かべながら言い放ったその言葉は、冷え切った門前の待機列の空気に、さらにねっとりとした不安の種を撒き散らした。

昨日から絶え間なく続く避難民の流入。その混乱に乗じて、彼らのような「自称護衛」たちが、じわじわと門外の列の中に浸透し始めていた。


「夜は物騒だ。俺らが見張ってやる。代金は寄付だと思ってくれればいい」


「そっちの奥さん、女と子供だけでこの人数の中を夜越しするのは危ねえぞ。俺たちが守ってやるよ、心配いらねえ」


男たちは、言葉巧みに門前で順番を待つ小綺麗な服を着た商人や、身寄りの少なそうな家族連れに声を掛けて回っている。

口では「守る」と言いながら、その鋭い視線は明確に彼らの荷車や財布、隠し持っているであろう財産に向けられていた。搾取と支配の匂いが、善意の仮面の下からどうしようもなく漏れ出している。


門前で列の整理をしていた自警団の若者たちが異変に気づき、「勝手な真似はやめろ」と止めに入ろうとする。

しかし、男たちが外套の裾をわざと翻し、鈍く光る剣の柄をちらつかせると、若者たちは一瞬だけ恐怖にひるみ、足を引き止めてしまった。

無理もない。彼らはつい数ヶ月前までただの農民だったのだ。王都の貴族街で修羅場をくぐり抜けてきたという本職の傭兵や私兵たちが放つ、血と暴力の気配にはどうしても気圧されてしまう。


さらに厄介なのは、極限の不安に置かれた避難民の心理だった。


「……お金を払えば、本当に守ってくれるのかしら」


「村の自警団より、彼らの方が強そうだ……」


力のある方にすがりたくなる、弱者の切実な生存本能。それが、男たちの無法な商売を後押しし、門をくぐる前の秩序を食い破ろうとしていた。



「そこまでだ。勝手な営業は他所でやってくれ」


淀み始めた空気を切り裂くように、ロイルが人混みをかき分けて前に出た。 彼は怒鳴ることも、腰の剣を抜くこともなかった。ただ、極めて冷静な声で、背後の若者たちに短く的確な指示を飛ばす。


「囲むな。彼らの背後に道を残せ。……それから、周囲にいる子供と怪我人を、少し後ろの区画へ下げろ」


集まってきていた自警団にかけたロイルの言葉には、かつてのような血気盛んな農村の若者の青さはなかった。現場の混乱を何度も押し留め、俺が敷いた「導線と制度」による解決を間近で見てきた彼には、「村の治安の顔」としての確かな統率力が備わり始めていた。


退路を塞いで相手を暴発させるのではなく、まず周囲の被害を最小限に抑えるための距離を作る。

その見事な初動に、俺は少し離れた場所から無言で頷いた。


「ここは村の管理下だ」


ロイルは避難民を安全な位置へ下げた後、顔に傷のある男と正面から対峙した。


「あんたたちがプロだろうが素人だろうが関係ない。門の内側に入りたいなら、武器は預けろ」


その堂々とした要求に対し、男は面白くもなさそうに鼻で笑った。


「……素人が偉そうに。俺たちの剣を取り上げたら、いざって時に誰がこの大勢の難民を守るってんだ? お前らみたいな土いじりのお遊戯部隊にか?」


男はロイルを嘲るように一歩前に出ると、外套の下の短剣の柄にゆっくりと手をかけた。

明確な挑発だ。ここで自警団が怯めば、彼らは「自分たちの方が強い」という事実を群衆に誇示し、完全にこの野営地での主導権を握るつもりなのだ。



男が、脅しのために短剣を鞘から半分ほど引き抜いた、その瞬間だった。


「……抜くな」


俺の斜め後ろに控えていたカインが、音もなく半歩だけ前に出た。

声は低く、そして驚くほど短かった。怒気も、感情も一切乗っていない、ただの事務的な指摘のような一言。


だが、その言葉が落ちた瞬間、広場の空気が文字通り「凍りついた」。

男の動きが完全に止まる。

喧騒に包まれていた避難民たちも、何が起きたのか理解するより先に、本能的な恐怖で口を閉ざした。


それは、わかりやすい殺気や怒りなどではなかった。

帝国の賢者が放つ、空間そのものを押し潰すかのような絶対的な『重圧』だった。

眼鏡の奥の冷たい瞳に見据えられた瞬間、男は声を発することすらできなくなっていた。


顔に傷のある男の額から、冷たい汗がツーッと流れ落ちる。

彼もまた裏社会で生きてきたプロだからこそ、目の前の銀髪の男が放つ圧倒的な実力差と、その異常性を肌で感じ取っていた。

カインは武器すら構えていない。ただ半歩前に出て、声をかけただけだ。それなのに、男は引き抜きかけた短剣を元に戻すことすらできず、完全に金縛りに遭っていた。


男の喉が鳴った。その一歩が、どこへ繋がるか——彼は理解してしまったのだ。



カインが相手の動きを完全に封じ込めたその隙に、俺はゆっくりと歩み出た。


「武器はただの道具だ」


俺の足音だけが、静まり返った広場に響く。


「だが、指揮系統に属さない無登録の武器は、ただの『脅し』にすぎない。それでは誰も守れないし、俺もそんなものを許すつもりはない」


俺は凍りついている男たちに向けて、感情を交えずに冷徹なルールの言語を突きつけた。


「俺たちが提示する選択肢は三つだ。一つ、武器の身元と種類を登録し、門の管理所に預けること。必要な時が来れば貸与する。二つ、どうしてもその腕で誰かを守りたいなら、村の自警団の指揮系統に編入し、俺たちのルールに従って働くこと。勝手な個別行動は一切認めない」


俺はそこで言葉を区切り、男の目を見据えた。


「……三つ。それに従えないなら、“お前たちのルール”とやらは、この門の外の街道でやれ」


俺は否定しない。

ただし、門の内側では“管理されない力”は認めない。

従うなら使い道はある。従えないなら、外だ。自らの力で弱者を支配したいだけの者は、この村のルールの中では決して生きられない。


カインの致死の圧と、俺の逃げ道のない制度の提示。

それを天秤にかけた男たちは、自分たちがこの村でこれ以上「商売」をするのは不可能だと悟った。


「……チッ、やってられるか」


顔に傷のある男は、震える手で短剣を鞘に押し込むと、忌々しげに地面に唾を吐き捨てた。


「お前ら、こんな温いルールでいつまで保つと思ってる? 王都じゃ、俺らみたいなのはほんの序の口だぞ」


男は門の外へと踵を返し、振り返りざまに不吉な言葉を落とした。


「次に来るのは、俺たちみたいなチンピラや“護衛”じゃねえ。……本物の“兵”だ。その時に、せいぜいそのお粗末なルールとやらで村を守ってみせるんだな」


彼らは避難民の群れをかき分け、村の外へと消えていった。



男たちの姿が完全に見えなくなり、広場に再び安堵の空気が戻り始めた頃。

少し離れた場所でその一部始終を見守っていたロッテは、自分の胸元で小さく両手を握りしめていた。


(……守る、というのは。ただ剣を振るって敵を倒すことじゃないのですね)


彼女の視線の先には、再び避難民の誘導を始めるロイルと、それを支える自警団の姿があった。

そして、その後ろで静かに佇む俺とカイン。


(強さでねじ伏せるのではなく……先に“決まり”で、隙間を塞ぐ。

 怖がらせるのではなく——怖がる理由を、消すこと……)


人の上に立つ運命を背負い、国を治める術を学んできた彼女にとって、今日俺たちが見せた解決策は、これまでのどんな政治学の講義よりも深く、鋭く胸に刺さっていた。

武力は必要だ。カインが見せたような、一瞬で相手を制圧する絶対的な抑止力は、国家の土台として不可欠なものだ。

だが、それを振り回して誇示するのではなく、あくまで「制度を守るための最後の重石」として隠し持っておくこと。


強さは見せるな。必要な時にだけ、示せ。


俺のその無言の教えが、ロッテの中で「真の統治」という形を伴って芽生えようとしていた。


「師匠」


エレノアが、門の外を見つめたまま静かに声をかけた。


「あの男の捨て台詞……ただの負け惜しみとは思えませんわね」


「ああ。王都の混乱は、もうすぐ次の段階に入る」


俺は冷たい冬の空を見上げた。

個人や傭兵のレベルではない。国家という巨大な暴力機構が、明確な意志を持ってこの村の門を叩く日は、そう遠くない。


俺は息を吐いた。

来るなら来い。——次は、この村の「制度と抑止力」がどれほどのものか、証明する時が来るだけだ。

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます!

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