第1話:非効率な世界と真理
新作始めました。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。
朝夕2回更新予定です。
「――異端者めが」
吐き捨てるような侮蔑の言葉が、荘厳な静寂を破った。
王立魔術院、その最も権威ある大講堂。ステンドグラスから差し込む光が、床の大理石に複雑な模様を描き出している。その中央に、俺――佐藤俊雄、いや、この世界ではランテーム子爵家の三男、アシュラン・ド・ランテームは、たった一人で立っていた。
周囲を取り囲むのは、ローブをまとった魔術院の重鎮たち。彼らの顔には、隠そうともしない敵意と軽蔑が浮かんでいる。
「アシュランよ。貴様、自らが提出した論文の愚かさを、まだ理解できんのか」
壇上に座る白髭の魔術院長が、失望を隠さずに言った。その手には、数枚の羊皮紙が握られている。俺がこの世界の常識を根底から覆すために書き上げた、爆弾そのものだ。
そのタイトルは、『マナ粒子のエントロピー増大則に基づく魔法効率の考察』。
俺は、前世の記憶を持つ転生者だ。日本の国立大学で、理論物理学の研究に明け暮れたポスドクだった。志半ばで命を落とし、気づけば剣と魔法のファンタジー世界に、貴族の三男として生を受けていた。
この世界には「魔法」がある。人々はそれを神の奇跡だと崇め、魔術師は選ばれた才能だと誇る。だが、物理学者の目を持つ俺には、その実態はあまりにも滑稽で、非効率なエネルギー操作技術にしか見えなかった。
「愚か、ですか。院長」
俺は静かに口を開いた。
「そこに書かれているのは、観測事実に基づく客観的な結論です。この世界の魔法は、根本的な欠陥を抱えている。ただ、それだけのこと」
「黙れ!」
壮年の魔術師が激昂した。
「神聖なる魔法を、貴様のような魔力なしが愚弄するなど、万死に値する!」
魔力なし。その通りだ。この体に、魔法を操る才能は宿らなかった。だが、俺にはそれよりも遥かに強力な武器がある。前世で培った、万物の理――物理学の知識だ。
「では、事実で反論してみてはいかがですか? 例えば、王都を護るこの『絶対防御結界』。起動に第一級魔術師が十人がかりで丸一日、膨大な魔力を注ぎ込むそうですが」
俺は、講堂の窓の外に広がる王都の景色を指さした。その上空には、肉眼では見えない巨大な結界が常に展開されている。
「私の計算によれば、外部からの攻撃を防ぐために実際に使われているエネルギーは、投入された魔力総量の、わずか32%。残りの68%は、どこへ消えているかご存知ですか? ただ無意味な熱として大気中に放出されているだけですよ。つまり、あの結界の正体は、国家予算を湯水のように使って王都の気温を無駄に上げる、世界で最も巨大で非効率な『暖房器具』だということです」
「なっ……!」
講堂が、蜂の巣をつついたように騒がしくなる。彼らにとって、それは決して暴かれてはならない「不都合な真実」だった。彼らの権威の象徴が、ただの欠陥品だと断じられたのだから。
「面白いことを言うじゃないか、アシュラン」
その声で、騒ぎがぴたりと止んだ。講堂の入り口に、一人の青年が立っていた。優雅な所作で拍手をしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
アルベール・ド・リヒテンブール。王国の魔術師団を束ねる公爵家の嫡男にして、若くして魔術院の歴史を塗り替えた天才。そして、俺をこの場に引きずり出した張本人だ。
「君の言う通り、魔法に無駄が多いのは事実だろう。だが、君は根本的な勘違いをしている。魔法とは、効率を求める無粋な技術などではない。神から与えられた神秘の『芸術』なのだよ」
アルベールは、うっとりとした表情で掌に小さな炎を灯してみせた。
「この揺らめきの美しさ、この温かみの尊さ。これを無味乾燥な数式で解体しようなど、芸術に対する冒涜だとは思わないかね?」
「思いませんね」俺は即答した。「その『芸術』とやらが、先日の帝国との小競り合いで、いかに無力だったか。もうお忘れですか? 敵の新型魔導兵器の前に、我々の騎士団は一方的に蹂躙された。原因は、あなたがたの『芸術』のエネルギー効率が悪すぎたからです」
「……それは、君の理論を応用した試作魔道具が、暴走したせいでもあるのだが?」
アルベールの目が、スッと細められた。来たか、と俺は内心で呟く。
数週間前、俺の論文に興味を示したアルベールは、共同での魔道具開発を持ちかけてきた。無論、罠だ。彼は俺の理論を意図的に誤って解釈した設計で魔道具を暴走させ、その全ての責任を俺一人に押し付けたのだ。
「私の理論は、エネルギー効率を最大化するためのもの。あれが暴走したのは、あなたが私の警告を無視し、制御構文を意図的に書き換えたからでしょう」
「証拠は?」
「……ありませんね」
知っていたさ。彼は用意周到に、全ての証拠を抹消していた。残ったのは、「魔力なしの異端者が、天才魔術師アルベール様の助言を聞き入れずに実験を強行し、失敗した」という、彼らにとって都合の良い真実だけだ。
「もう、よろしい」
院長の疲れた声が、議論の終わりを告げた。彼は立ち上がり、厳かに宣言する。
「国王陛下の御名において、判決を言い渡す。アシュラン・ド・ランテーム。貴様は、王国の魔法体系を愚弄し、その理論をもって国家に多大なる損害を与えた大罪人である。よって、ランテーム家からの貴族籍除名を承認し、王国臣民としての資格を永久に剥奪する。貴様はもはや、この国の民ではない」
貴族籍からの除名。そして、国籍の剥却。
それは、爵位を失うなどという生易しいものではない。社会的な存在そのものの抹殺だ。講堂の魔術師たちが、満足げに頷いているのが見えた。
院長は、冷徹な声で続けた。
「追放先は、いずれの国の主権も及ばぬ東の果て、鋼牙の魔境に隣接する無主の地、ウルムとする。即刻、王都を発て」
事実上の死刑宣告だ。身分も、国籍も、財産も、全てを失った人間が、魔獣が跋扈する無法地帯で生き延びられるはずがない。
俺は、ただ黙ってその宣告を聞いていた。抵抗も、命乞いもしない。そんなものは、この非論理的な連中には無意味だ。
「結局、どこへ行っても同じか……」
俺は自嘲気味に呟いた。前世では学会の権威に、この世界では魔術院の重鎮に。結局、俺の理論はいつだって、非論理的な連中の都合で握り潰される。
数日後、俺は荷物を積んだ一台の粗末な馬車に揺られていた。護衛もいない、たった一人の旅路。目指すは、地図にもかろうじて載っているだけの、忘れ去られた村。
絶望? 屈辱?
いや、不思議と心は凪いでいた。むしろ、一種の解放感すら感じている。
権力闘争、足の引っ張り合い、非論理的な権威主義。前世で俺の研究を潰した、あの忌まわしい官僚主義から続いた虚無の世界。そんな世界から、ようやく解放されたのだ。家からも、国からも。
辺境? 上等じゃないか。
魔獣? 興味深い観測対象だ。
「もう、うんざりだ。徒党を組むのはやめる。信じられるのは、俺自身の知識と、この手の中にある普遍の真理だけだ」
俺は懐から、追放が決まってから屋敷の書庫で書き写しておいた羊皮紙の束を取り出した。地質学、植物学、建築学、そして応用物理学。これこそが、この世界の法則を解き明かし、利用するための、俺だけの聖書だ。
「この『聖書』で、奴らに見せつけてやるさ。本物の世界の『創り方』ってやつをな」
俺は誰に言うでもなく呟き、口の端に笑みを浮かべた。
非効率な魔法に溺れる愚かな天才たちよ。見ていろ。
これから、この世界の本当の『理』を教えてやる。
俺の復讐は、この世界の文明を、ゼロから再構築することだ。
国を追われた一人の男が、やがて世界の理を根底から覆すことになる。その壮大な物語の始まりを、まだ誰も知る由もなかった。
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