第三話 新しい居場所
王宮の門をくぐったとたん、僕は自分の足音がやけに小さく感じた。
石畳は陽を反射して白く光り、衛兵たちは目を合わせることなく、静かに道を開けた。
僕は息をひそめるようにして、クリウスの後をついて歩く。
けれど、当の本人はというと、周りには目もくれずズカズカと歩みを進めた。
「おーい! ハンス!
また池にはまった犬がいたぞー!」
誰に話しているのか、大声でそんな出鱈目を言う。
「こら、クリウス様!また勝手に外を出歩いていたのですか!」
どこからともなく、通る声が返ってきた。
「バルカ、こっちだ。迷子になるなよ」
僕を救った逞しい少年は、ここでは森を駆け回る子鹿のようだった。
元気で、よくしゃべって、よく笑う。およそ王子とは思えない。
「ここは俺の部屋の一つだ」
大きな扉を開けると、そこは部屋というより、小さな劇場のようだった。
窓が高く、天井は丸くて、壁には絵がいっぱいかかっていた。
部屋の隅には、木製の馬やら大きな地図やら、色とりどりの本が山積みになっていた。
「な、すごいだろう? でも少し散らかってるから……ハンスに怒られるなあ。ははは!」
彼は笑いながら、僕の肩をぽん、と叩いた。
「バルカ。お前は今日からここに住むのだ。俺が許可する。というか、これは命令だ」
その言葉が、僕にはどうしようもなく温かく感じた。
「……どうして、僕なんか……」
クリウスは、あっけらかんと笑って言った。
「俺が、お前を気に入ったからだ」
まったく悪気のない笑顔だった。
心底嬉しかった。けれど、なぜか、涙が出そうになった。
大きな鏡に映ったふたりの姿は、まるで小さな子どもたちが仮装ごっこをしているようだった。
「よし! 今日からお前は、俺の……そうだな、世話係兼、遊び係兼、友達だ」
クリウスが両手を広げて宣言すると、部屋の外からため息が聞こえた。
「殿下、また勝手なことを……」
低くて落ち着いた声だった。
振り返ると、ひとりの壮年が立っていた。三十代半ばといったところだろうか。背が高く、黒い服に銀の刺繍が光っている。
「バルカ、紹介する。ハンスだ。俺の専属召使。少し口うるさいけど、いいやつだ」
ハンスと呼ばれた彼は僕をじっと見て、やがて深くお辞儀をした。
「ようこそ、バルカ様」
“様”と呼ばれたことなんて、一度もなかった。
うまく反応できなくて、思わずクリウスのほうを見た。
すると彼は、仮面の下でにやっと笑った。いや、実際にははっきりとは見えないのだが、それでもそう見えた。
「俺が決めたのだから、それでいいのだ」
その日から、僕の王宮での日々が始まった。