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残像少女  作者: 網笠せい
1 魔術師 「キャベツとピストル、あるいはロールプレイ」
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1 魔術師 「キャベツとピストル、あるいはロールプレイ」 第四話

「サナ」


 彼女の記憶を見た僕の印象に残ったのは、その名前だった。

 記憶に刻まれた名前をそっとなぞるようにつぶやくと、少女は小さく笑った。


「ライブネームよ」


 聞きなれない単語に首をかしげた僕に「ゴスロリ服を着ている間やライブ会場でだけ使う名前」とサナは教えてくれた。きっとインターネット上で使うハンドルネームやペンネームのようなものなのだろう。耳慣れない言葉にうなずきながら、僕は立ち上がって膝をはらった。


「それでも君は早苗だと思う」


 彼女は優先座席から立ち上がると、ついと僕の目の前に立った。


「今の私はそんな名前じゃない」


 サナの目の端がつりあがって鋭くなる。きっぱりとした口調で言い放つ彼女に、僕はもう恐怖を感じなくなっていた。

 相変わらずあたりはおかしなことになっている。電車の中の人間は誰一人として動かないし、車内の電気は消えたままだ。そのくせに電車は走って、僕の足元をひどく不安定にする。窓の外を流れる景色は、ある程度進むと一度見た景色に戻る。駅を出て森に入り、森を出るとまた駅に戻って、森に入る。どうやらループしているようだった。


「早苗として生きて見てきたものがなければ、君はゴシックロリータに共感することはなかったんじゃないの? 早苗としての人生があったから、君はサナになった。だからサナは早苗の延長でしかない」

「違う! 私は生まれ変わったの!」


 がたん、と一際大きく電車が揺れた。

 噛み付くように叫んだサナは得体の知れない少女ではなく、ただの女の子だった。


「……逃避でしかないよ」


 僕を上目遣いににらみつける瞳から、涙が一粒こぼれ落ちる。

 車内の電気が、ドミノを倒すように遠くから一つずつ点灯していく。

 やがて電車が大きな音をたてて止まると、扉が開いて、どっと人々が流れていった。

 気がつくと、僕の目の前からサナは消えていた。

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