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残像少女  作者: 網笠せい
1 魔術師 「キャベツとピストル、あるいはロールプレイ」
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1 魔術師 「キャベツとピストル、あるいはロールプレイ」 第二話

「ありがとう、骨董品屋さん」


 笑い声を含んだ声がして、僕は眉間にしわを寄せた。全てのつり革が斜めで止まっていた。電車の小刻みな揺れを感じられなくなったことに気付くまで、数秒を要した。


「骨董品屋? 僕はただの学生だ」

「いいえ。私はあなたにこのカードをもらったのよ。忘れた?」

「僕が? まさか」


 魔術師のカードを指にはさんで、少女は目を細くして僕に笑いかける。カードのことも少女のことも、まったく思い出せなかった。


「当然でしょうね。あなたの記憶の一部は、このカードに奪われてしまったんですもの」


 勢いよく立ち上がると、雑誌が足元に落ちた。かばんをつかんで早足で次の車両へ向かう。彼女が一体何の話をしているのか、僕にはまったくわからなかった。

 引き戸へ手をかける。開かない。

 女物の靴のたてる独特の音がゆっくりとつづく。僕は振り向いて、扉に背を預けた。

 途端に背中を預けていた扉が動いて、僕はバランスを崩した。背中をしたたかに打ち付ける。四角い窓から差し込む光が、今いる場所の暗さを引き立たせた。窓の向こうで止まっていた景色が動きはじめる。電車の連結部分の両脇で、ざわざわと蛇腹がうごめいた。


「誰の脳にも膨大な視覚情報があるわ。すべての記憶は残像たりうるの」


 僕の背を受け止めているかのように、床の下から楽しげな声が聞こえた。あわてて身体を起こして身構える。フリルのついたスカートがふわりと視界の隅で揺れた。

 まぎれもなく残像だった。その証拠に、四角く切り取られた窓の向こうにいつもの少女がいる。僕がさっきまでいた車両でいつものように何かを見つめて、僕には一切興味を示さない。

 線路のつなぎ目を通るごとに電車は揺れ、音をたてる。

 少女から目線をそらさずに、うしろ手で扉を引いた。ガシャンと大きな音をたてて引き戸が開く。確かに扉は開いたはずなのに、背中が何かに阻まれた。息を飲む。振り向くと少女が微笑んでいた。僕は声にならない悲鳴を、かろうじて飲み込んだ。

 ごとごとと電車がレールを乗り越える間隔が狭まって、速度が早くなったことを伝えた。車内の明かりが一気に消える。


「頭にこびりついて離れない記憶や、忘れたい記憶であるほど残像になるわ。私はそれを集めているの」


 狂人の相手をまともにしていたら、こちらの頭がおかしくなってしまう。

 押しのけて前へ進むと、彼女は抵抗するでもなくあっさりと道を譲った。助けを求めようと優先座席に座った人影に目を落とす。座席に座った人影が脚を組み変えた。淡い紺のタータンチェックが月光の中、ほのかに見える。逃げられないと悟った僕は肩を落とし、黙って少女をにらみつけた。


「なんでそんなものを集めてるんだ……」


 不気味な少女は組んでいた脚をほどくと影の中から立ち上がる。

 優先席の窓から満月が見えた。少女の口元が微笑んで、両目がきらりと夜の中で光る。ブレーキ音が耳に刺さる。つり革が一斉に同じ向きへ揺れ、窓が開いて吹き込んできた風に、少女の長い黒髪が乱れた。


「記憶は細胞の海にとけた魂だからよ」


 こめかみに当てた少女のか細い指がとんとんと踊る。つづけて彼女は《THE MAGICIAN》を取り出した。


「今から見せるのは、あなたがカードを譲った少女の残像。あなたはこれから二十一の記憶を旅しなくてはならない」

「なんで僕が……!」


 少女の足元から伸びた影は僕にまで繋がっている。あとずさると、影は僕を追うように広がった。


「あなたがカードに選ばれた《THE FOOL》だからよ」


 僕の足元にまで伸びた影が、ぐにゃりと形を変えて曲がった。

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