第二話
【 異端審問 】
七五三のお参りにやってきた子供たちを見ていると、驚くことがある。
「もう、あなたはいつもそう。やめなさいって言ってるでしょ」
ませた口調で弟や妹に接する兄や姉を、家族が笑って見守っている。きっと母親が、普段そのように弟や妹を注意しているのだろう。
子供は親に似るという。お母さんやお父さんが好きだから真似をするのだと言った人がいたが、私はそうは思わない。その場に合わせた言葉を経験から学習するだけではないだろうか。
成長するにつれて、子供は世界を知っていく。そうして友人やまわりの人たちからも学んで、親とは違う言葉を使いはじめる。やがてマスメディアやインターネット上の誰かの言葉からも学ぶようになる。
思春期に親に反発する子供は、両親の作った家庭とは違う、外の世界を知った子供たちだ。だから私は反抗期を、親の作ったルールの外で生きる準備だと考える。鳥にたとえるなら飛ぶ練習だろうし、獣にたとえるなら狩りの練習だろう。
なかには反抗期のない子供もいるそうだけれど、それは外の世界を知ってもなお、親の作ったルールを好み、同じようなルールを選んだ子供たちなのではないか。
私が自分の家庭に違和感を覚えたのは十歳に満たないころだったから、外の世界を知るという意味では、特に遅れていたわけではないと思う。
***
小学校の自習の時間に、騒ぐ男子がいた。ロボットアニメの下敷きをペラペラと鳴らして、小さくちぎった消しゴムを飛ばす。ワックスを塗ったばかりの床はよく滑る。彼らはつるんつるんと床に寝転がってははしゃいで笑っていた。そのうち滑る床自体が楽しくなったのか、スライディングをしはじめた。服を汚せばお母さんに叱られるだろうに、と当時の私は呆れた。
その日、私は日直だった。休み時間に黒板を消したり、プリントの配布をしたり、自習時間に騒がしい生徒がいたら注意をするのが日直の役割だった。
彼らが遊んでいて、自習用に用意されたプリントが埋まらないのは自業自得だろう。けれど周りの生徒は消しゴムの流れ弾に当たったり、ぶつかられたり、壁にかけてある体操服袋を汚されたりと迷惑だ。
静かにしてください、と何度かうながしたが、彼らは耳を貸さなかった。
「命令です。静かにしてください」
「命令? 命令だって!」
彼らはひときわ大きな声で笑った。プリントの問題を解いていた他の生徒も顔を上げて、苦笑していた。
私はそこではじめて、命令という言葉への違和感と、命令に従わなくてもいい世界というものを知った。
子供は親に似るという。そのときの私の口調は、父に似ていた。
私の家庭では、命令があるのが当然だった。命令と言われれば従わなくてはならなかった。
見回りの先生がやってきて、騒がしい男子に注意をする。彼らには何の罰も与えられない。先生がいなくなるとまたすぐに騒ぎ出す。自習のプリントはくしゃくしゃに丸められてボール代わりにされていた。
彼らの世界には命令に従うことも、従わなければ罰を受けるという懸念もない。
そんな世界があることが、私にとってはカルチャーショックだった。
教室の中で、私は異端だった。
***
家に帰れば、命令があるのが当然だった。罰をおそれた私は命令に従った。一歩間違えば生命にかかわるような罰ばかりだったからだ。
どうやら私の家はおかしいらしい。
疑問を叔母に話したことがある。叔母は「お前が両親の期待に応えられないから、首を絞められるんだ」と言った。
どうやら家族や親族の中では、命令に従うことに疑問を持つ私こそが異端であるらしい。
もしもそうではないのだとしたら、叔母は私の話を信じなかったのだろう。
よそはよそ、うちはうち、と世間一般の親はよく言うそうだ。
ある意味では正しいけれど、果たして私の家庭にそのルールを持ち込んでいいものだろうか。
命令に従わなければ、期待に応えられなければ、首を絞めてもいいのだろうか。
世間一般の大多数が認めるものと同じでなければ、毛色が違えば、暴言を吐き、笑いものにしてもいいのだろうか。
異端であることを裁くというなら、誰も彼も、私がこの身をもって経験してきた世界で生きてみればいい。
その上で同じことを言える者のみ認めよう。そうでない者の言うことなど、従うに値しない。
かつての私はそのように思っていた。
人を見下している、人間を信用していない、自分の領域に他人を入れない、機械のよう、何を考えているのかわからない、自分のことを何様だと思っているのだ……当時の私への人物評である。
世間の評などどうでもいいが、他人から見ればその通りだったのだろう。そう思うのならば関わらなければいいのではないか。わざわざ関わって自分の中に嫌な気持ちを生み出す必要などない。
そんな私に関わりつづけた柾人は、大いに異端だった。
彼といるのは、とても居心地がよかった。私は彼の在り方から大いに学んだ。私と同じような目になど、誰であっても遭わない方がいいに決まっている。
長じてから両親のしたことを許さないお前は鬼だと、親族に言われたことがある。
許すも許さないもない。関わることをやめただけだ。
私は世界から学びはしたが、私でありつづけただけである。
父は「歯を見せて笑うのは下品だから、口を開けて笑うな」と命令したけれど、今の私は笑いたいときに口を開けて笑う。
***
父が亡くなったのは去年の夏だ。夏の盛りに孤独死した。母は数年前に亡くなっていたから、看取る人もいなかった。
柾人と私が結婚するとき、父が結納金と称して数百万円を要求したらしい。
そんなものは突っぱねればいいのに「お金であずさを買うみたいで嫌だ」と言いながらも、柾人は従った。
駆け落ちしても構わないと私は思っていたのだけれど、「親子というのはよくも悪くも縁が切れないし、俺は跡取り息子でこの街を離れられないから」と彼は言った。
父はそれなりの遺産を残した。相続をした後、「あのときの結納金が何倍かになって返ってきた気分だ」と柾人は苦笑した。
受け取ったお金を見ても、私の心境に特に変化は訪れなかった。ただ「一言の謝罪もなしに逝ったのだな」と思っただけだ。謝らないのが父らしいとさえ思う。
事情を知っている友人からは慰謝料や示談金だと思いなさいと言われたけれど、いくらお金を受け取ったところで、私の過去が変わるわけでもない。
許すも許さないもない。私が私でありつづけたように、父は父でありつづけただけだろう。
父は私のことを「頑固で融通の利かない、言い出したら聞かない娘だ」と言っていたそうだから、父本人に似ている。
宮司の家に仏式の戒名があるのは不思議な話だけれど、私は両親の戒名に手を合わせる。
親族は「やっぱり両親を大切に思っているのね」「やっと親の愛が理解できる歳になったのよ」と言うけれど、さてどうだろう。感動的な結末が用意されたエンターテイメントの見すぎではないかと、少し意地の悪いことを思う。
どのように説明したとしても、他人に理解できるものではない。
なぜなら私は異端なのだから。
(異端審問・了)




