第一話
社務所の座卓で緑茶を出された僕は、あずささんの顔をまともに見ることができずに視線を落とした。
「では、この術の仕組みを説明するね」
彼女は淡々とお構いなしに話を進める。
「このタロットカードは人間の記憶を吸い取っていくものだ。吸い取られるとその記憶を、元の持ち主は忘れてしまう」
先ほどの光景を思い出して、忘れてしまえるのならその方がいい記憶もあるのだろう、と僕はようやくあずささんを見た。
窓の外で風が鳴って、木の葉が揺れる音がした。
「このカードを作った人はつらい記憶を忘れるための装置として、この術を組み上げたのだと思うよ」
「じゃあ、あずの記憶を吸わせてやればいいじゃん」
柾人さんは機嫌が悪そうにそう言うと、お茶を飲んだ。僕ならわざと音でもたててお茶を飲んでしまうところだけれど、彼は静かにお茶を飲む。
「うん。私は別に構わないよ。要らない記憶というのもあるからね。今回は柾人が干渉したから、記憶の吸い出しが中途半端になったけど。無茶するね」
「だって心配だったし」
「心配してくれてありがとう。記憶はうっすらと残っているけれど、特段感情はわかない。別人の記憶を見ているような感覚になった」
いいんだか悪いんだか、と彼は日に焼けた畳の目を指でなぞった。
それでね、と言葉を切って、あずささんはつづける。畳敷きの部屋はひんやりとしている。冬が来たら寒いかもしれないな、と僕は初詣の光景を思い出した。厄払いを待つ人たちが、ストーブの前で手をかざす様子だ。
「あなたはこのカードをどうしたい? 封印してしまってもいいだろうし、残り十九個の記憶を吸い取らせて完成させてしまってもいいと、私は思うのだけど」
「どっちにしろ、俺はこんな危なっかしいもの、とっとと片づけてしまった方がいいと思う。せっかくあずの親父が死んで、穏やかに暮らせるようになったのに、なんでまた掘り返すようなこと」
「柾人、人の死をそんなふうに言うものではないよ。死ねば皆仏だろう」
「ここ神社だし」
「それならなおのこと、拝んで穏やかな神様になってもらおうじゃないか」
「俺は拝みたくない」
お前は昔からそういうところがあるね、私が拝むからいいよ、とあずささんが苦笑する横で、僕はタロットカードをどうすればいいのか考えつづけている。視界の隅にはいつものように、ひらひらとしたレースのついたスカートをはいた女の子がいる。
「ゴスロリの女の子が出てくるんです。僕が見ている景色の中にいつも出てくる。でもその子は現実にいるわけじゃない。僕を直接見てはいないし、話しかけたり触れたりしようとすると消えてしまって、別のところに現れる。不思議だと思ってた」
出してもらったお茶の湯気が細くなって宙に消えていくのを、僕はながめている。社務所の柱に手を添えて、拝殿の様子をうかがうサナが見えた。
「少し前、同じ女の子に、現実で僕は会った。サナって名前だそうです。話ができたから、いつも幻で見てる女の子じゃない。多分、幻の元になった子なんだと思います。僕は《THE FOOL》のカードに選ばれてしまったから、これからいくつかの記憶を見なくてはいけない、って言ってました」
「タロットカードは《THE FOOL》の人物が世界を旅する様子を表現しているから、それを模しているのだろうね」
程よい熱さになったお茶を飲んで、僕は一息ついた。
「覚えてないけど、サナには前にも一度会ってるみたいです」
「そう。最初にあなたの記憶を吸い取ったから、あなたが《THE FOOL》になったのだろう。そうしてあなたは記憶をなくした」
横で柾人さんがタロットカードに手をのばす。バシッとガラスに亀裂の走るような音がして、彼は「あ」と言った。




