第6話:記憶の欠落
朝、目覚めた瞬間から、夕は強い違和感を覚えていた。
「……昨日、何をしてたんだっけ?」
ぼんやりとした頭で考える。
会社に行ったはず。残業をして、帰宅して……。
——その後が思い出せない。
何を食べた? 何を見た? 誰かと話した?
寝る前の記憶が、ぽっかりと抜け落ちていた。
「変だな……」
スマホを手に取り、履歴を確認する。
通話履歴:なし
メッセージ:なし
検索履歴:なし
何も残っていない。まるで昨日の夜、自分は存在しなかったかのように。
——いや、違う。
ふと、スマホのカメラロールを開く。
そこには、詩織と並んで映る自分の写真があった。
「……昨日、会ってた?」
自分の顔は笑っている。詩織も、隣で微笑んでいる。
場所は、見覚えのないカフェのようだった。
こんな場所に行った覚えはない。
なのに、確かに写っている。
動悸がする。冷たい汗が背中を流れる。
「詩織……」
手が震えるのを抑えながら、夕はメッセージを送った。
『昨日、私たち何してたっけ?』
数秒後、すぐに返信が来る。
『昨日も、今日も、ずっと一緒だよ?』
瞬間、頭がぐらりと揺れる感覚に襲われた。
——そうだった。
詩織は、いつもそばにいる。
昨日も、その前も、ずっと。
「……ああ、そうだよね。」
詩織がいない日なんて、あっただろうか?
思い出せない。
いや、考える必要なんてない。
だって、詩織はいつだって、私のそばにいるんだから。