第2話:聞こえない声
会議室の空気は張り詰めていた。
部長とクライアントが向かい合い、プロジェクターの光が机に映し出されている。
「……それで、こちらの提案ですが……」
クライアントの言葉が、突然、途切れた。
ノイズのようなものが耳をかすめる。
最初は気のせいかと思った。
だが、確かに何かがおかしい。
クライアントの口は動いているのに、その声がまるで届かない。
音のない映画を見ているような感覚だった。
「すみません、今なんと……?」
夕が口を開いた瞬間、音が戻った。
「——それについては、弊社としても前向きに検討を……」
クライアントの声が、何事もなかったかのように続いている。
まるで、さっきまでの無音が存在しなかったかのように。
一瞬、世界が切り取られたような感覚。
夕は、胸の奥がざわつくのを感じた。
「夕さん?」
部長がこちらを見ている。
「あ、いえ……失礼しました。」
気のせい、きっと気のせい。
そう自分に言い聞かせながら、ノートにメモを取る。
だが、次の瞬間——
また、音が消えた。
部長が話している。クライアントが頷いている。
でも、音は何も聞こえない。
まるで、そこだけ真空に閉じ込められたような違和感。
「——夕さん、聞いてる?」
突然、詩織の声が耳を打った。
ハッとして顔を上げると、詩織がこちらをじっと見つめていた。
「あ、ごめん……」
「大丈夫? ぼーっとしてるよ。」
夕は小さく首を振る。
おかしい。なぜ詩織の声だけははっきりと聞こえる?
「なんでもない。ちょっと疲れてるのかも……」
言い訳のように呟くと、詩織が優しく微笑んだ。
「そう? ならいいけど。」
その声は、耳に心地よく染み込んでいく。
詩織の声だけが、はっきりと届く。
まるで、世界の雑音を消し去るかのように。
——どうして、詩織の声だけは……?
夕は違和感を飲み込んだまま、再び会議へと意識を戻した。