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最終話:永遠に



——世界が消えていく。


会社が、街が、人々が。

朝のニュースも、満員電車も、オフィスの書類も。


全てが、音もなく霧のように溶けていった。


それなのに——


目の前に立つ詩織だけが、はっきりと残っていた。


「……詩織?」


呼びかけると、彼女はいつものように微笑んだ。


変わらぬ姿、変わらぬ声、変わらぬ温もり。


けれど、それ以外のすべてが、あまりにも異常だった。


世界が壊れていく中で、彼女だけが鮮明すぎる。

むしろ、彼女こそが現実で、それ以外のものが虚構だったのではないかとすら思えてしまうほどに。


「……私、どうなるの?」


夕の声は、震えていた。


恐怖なのか、安堵なのか、それすらも曖昧なまま。


「どうしたい?」


詩織はそう問いかけた。


その声は優しく、そしてあまりにも穏やかで——まるで、最初から決まっていた答えを導くための言葉のようだった。


「……わからない」


夕は、目を伏せる。


どこにいるのかもわからない。

自分がまだ**"夕"**なのかどうかすら、わからなくなっていた。


だが、それでも確かに、

この世界に「詩織」はいる。


それだけが、確かだった。


「……詩織」


気がつくと、夕の手は、彼女の手を握りしめていた。


———確かな温もり。


しかし、それは「温もり」と呼んでいいものなのか。


詩織の指先は、まるで生き物のように動き、じわり、と絡みついてくる。


皮膚の感触ではない。

もっと柔らかく、まるで———何か別のものに触れているような。


指が這うように、ゆっくりと夕の手を包み込んでいく。


「……っ」


息が詰まる。


何かが違う。


詩織の手は、人間のそれではない。


ぬめりとした感触が、徐々に夕の皮膚へと同化していくような錯覚。


彼女の手の中に、自分の手が飲み込まれていく。


———それでも、嫌ではなかった。


「……あなたは、一体、何?」


震える声で問う。


だが、答えはもう知っている気がしていた。


詩織の目を見つめる。


その瞳の奥———


金色に輝く光が、ぞわりと蠢いていた。


そこには、人の感情ではないものが渦巻いていた。


まるで夜空に瞬く無数の星のように、

無限の知識と混沌が絡み合いながら、確かにそこに"在る"。


その目を見た瞬間、夕の思考が反転する。


理解できてしまった。


「……私は、あなたと同じに……なれる?」


そう呟いた瞬間、自分で自分の言葉に驚いた。


これは、本当に私の意思なのか?

それとも、詩織の声に導かれているだけなのか?


だけど、それすらもどうでもよかった。


詩織は優しく微笑んだ。


「——いいよ。」


その言葉が、最後の合図だった。


詩織の唇が、そっと夕の頬に触れる。


——その瞬間。


夕の意識が反転する。


目の前の世界が、液体のようにぐにゃりと歪み、

音が消え、色が消え、時間が崩れる。


すべてが、詩織で満たされていく。


皮膚の境界線が曖昧になり、

指先の感覚が溶けるように馴染み、

詩織の"存在"と、自分の"存在"が、同じものに混ざり合っていく。


恐怖も、痛みも、迷いも、すべてが溶けていく。


———もう、何も怖くない。


詩織の温もりが、まるで世界そのもののように広がっていく。


夕は、最後の意識の中で、静かに呟いた。


「……これが、確かなもの。」


詩織が微笑む。


夕も、それに応えるように微笑んだ。


そして、


ふたりの世界は、永遠に続いていく。



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