6聖女として
とにかく父に婚約解消を頼もう。父はそれを望んでいるしこうなったら作戦変更だ。
だが、それがもとで早まった事をされないようにしなくてはならないのだが…
困った事にどうしたらいいかもまったくわからない。だってこんな事になるなんて思ってもいなかったのだから。
取りあえず王宮で昼食を頂いた。王宮には職員用の食堂があって美味しい料理が食べれると人気なのだ。
私はシュナウト殿下の婚約者ということもあって緑色のパスを持っていていつでも無料で食事が出来る。
殿下の所に来るとここでランチを食べるのも私の楽しみの一つでもあった。
執務で遅くなると夕食もここで済ませたりして。
婚約解消どうしてだめなのよ。あんなにアシュリーと仲良くしてるくせに…
まあ、そんな事を思いながら私は今日のランチの温野菜の前菜や白身魚のソテー。そして王道のプディングに舌つづみをうってしばしの幸福感を味わった。
昼食後神殿に寄ってみた。魔領制御の日は執務はない。
いつもなら用が終わるとすぐに屋敷に帰っていた。
私は殿下の婚約者であるとの思いがそんな行動を取らせていたのだろう。
(それにしても私、学園を卒業してからは屋敷から王宮。そして殿下の執務をしてまた屋敷。毎日殿下の執務の為に王宮に出向く。そんな暮らしよく我慢出来たよね~)
私はこの国では聖女としても認められている。本来なら神殿で仕事をするのが普通だがあいにくと今まで神殿で仕事をしたことはなかった。
普通聖女は神殿に属し癒しや治癒を施し、魔獣退治に同行して結界を張って騎士を守ったりするものだが、私にはシュナウト殿下の魔力制御という大切な役目があった。
だからそんな要求は一度も頼まれたことがなかった。
もちろんお母様が生きていた頃からそれは徹底されていて今までそんな事を思った事すらなかった。
だが、殿下の魔力制御をいつまでもやっているわけには行かない。魔力制御は聖女の役目にしてもらえばどうだろう。
何もせず諦めるわけには行かない。
それに例え婚約解消をしたとしても断罪がある半年後まで油断するわけにも行かない。
私はずっとシュナウトの魔力制御をしない時間を神殿に行き治癒をするのがいいのではと思っていた。
神殿に出向くと入り口には神官を思しき人がいた。何しろ神殿に来たのは10歳の頃以来で緊張する。
「あの…私はリンローズ・コリーと言いますが、ご相談をよろしいでしょうか?」
若い神官は驚いたらしく「相談とは?」いぶかしい顔をしてそう尋ね返した。
無理もない。
私は申し訳なく思ったが話をした。
「はい、私は聖女として認められていますが今までその…結界とか癒しを行ってみたいと思いまして」
「まさか、あなたは殿下の婚約者様で?」
神官は驚く。
「ええ、ですが…」言い終える前に神官が言葉を返す。
「そうなんですか。あっ、今詳しいことが分かるものを呼んできますのでどうぞこちらに入ってお待ちください」
「はい、ありがとうございます」
私は神殿の中に招かれ入ってすぐの客間で待つように言われた。
ばたばたと足音がして扉が開いた。
「失礼します。初めまして私はセダ・ブルタニウスと申します。私はあなたの父上レトリス様は私の兄であなたは姪になるんです」
彼は美しい金色の髪に濃い碧色の目をしていた。
この国の王族やその血を引くものはたいてい金髪に青い瞳を持っている。もっとも王族の血が濃いものは濃い金髪に紺碧色の瞳をしていてシュナウトはそれに近い色をしていた。
ちなみに私はホワイトゴールドの髪色で紫色の瞳。
魔力が多いものは白金に近い髪色で瞳は赤色が混ざるらしい。私は父の王族の血を引いているので青色と赤色が混じったのではと言われていた。
「まあ、そうなんですの?初めてお会いしました。どうも失礼しました。どうぞよろしくお願いします」
そう言えば父の親族とはほとんど付き合いをしていなかった。今さらよね。
「それでお話とは…コリー嬢は殿下の婚約者でありますよね?」
彼はまだ驚きが隠せない様子だ。私は一度深呼吸をしてふぅぅと息を吐きだす。
私だって内心はドキドキしている。でもこれはものすごく大切な事だ。だから。
私は落ち込みそうな気持ちに叱咤して背筋を伸ばし前を向いた。それに叔父さんならば話してもいいのではと思った。
「はい、まだ公にしてはいけなかったのかもしれませんが、シュナウト殿下とは婚約を解消するつもりです。異母妹のアシュリーが殿下にはふさわしいと思うのです」
「ですが…いいんですか?」
「ええ、もっと早くそうするべきでした」
セダは少し狼狽えたように顔を下に向けた。
「そのような事。あなたは殿下にふさわしい方でしょうに」
「それは勘違いでした。だからお願いします。婚約解消が整えば。あの…ここで聖女として働いてもいいでしょうか?」
彼の目が驚きで見開かれる。まあ、そうかもしれない。
でも聖女としてここで働けば衣食住すべてが整うのも確かだ。
「ええ、それはもちろん。助かりますが。何しろこの国では聖女を言われる女性は片手で足りるほどで、それなのに結界の補修やら魔物退治はある。今も結界の補修に人手が欲しいと頼まれていますし…他にも怪我や病気も治してほしいとあちこちから依頼が来ますからこちらとしては大助かりなのですが…よろしいのですか?殿下を支えておられた方がそのような仕事をするなんて…それにあなたは私の姪でもあって…いや、もちろん個人的な事に口をはさむ気はありませんが次期王妃になるかもしれないと言うお役目をそんな風に棒に振るなんてもったいないと言うか…」
彼は心配してくれているのだろう。それに殿下との婚約解消となればそれは大問題だろう。
だが、彼は私が父に疎まれていることも父が母をひどく憎んでいることも知らないのだ。真実を知ったら私の事など心配しなくなるかもしれないのに。
「申し訳ありません。私、気が早すぎましたわ。もし婚約が解消されればですね。ですので…申し訳ありません。このお話はしばらく内密にお願いします」
「ええ、もちろんです。ですが…あまり無理をなさいませんように。ご心配には及びません。神殿の者は口は硬いものばかりですから。何かあったらお力にならせて下さい」
「はい、ありがとうございます。こうしてお会いできたのも何かのご縁。またお力を借りることがあるかも知れません。その時はよろしくお願いします。では」
彼の事など小説にはなかった。
ああ、私が違う行動をしているからか。
この先何が起きるかわからない。でも、今は婚約を解消することを一番に考えないと…私は大きく息をついた。