第一話 ーGAME START!ー
ここはとある駅前の繁華街。昼下がりということもあり、スーツを着たサラリーマン達があちらこちらでうろうろしている。その繁華街の中で一際異彩を放つパチンコ店から1人の男が高笑いを浮かべながらでできた。どうやら大勝したようだ。「ガッハッハ、今日も勝ちまくっちまったなあ。」その男はヨレヨレのスカジャンを羽織り、豪快な笑い声と共に都市の喧騒の中へと消えていった。彼の名は半田長亮、47歳。ボクシングジムの経営者であり、そして救いようのないほどのギャンブル中毒患者である。しかし彼はどうしようもないほどギャンブルにのめり込んでいるのになぜか負けないのである。周りのギャンブラーたちが収支がマイナスとなり負債を抱えていく中、彼だけは勝ちに勝ちまくった。それは一時期八百長が疑われ、何度も警察の調査が入ったほどである。そして今、彼が運営するボクシングジムの開業費用も競馬と競艇で大穴を当てて稼いだものだった。長亮は駅前の繁華街を抜け、閑静な住宅街に向かっていた。そしてある古びた団地の前についた。外見はその団地の及んできた時間の長さを示すように外壁のペンキは至る所で剥がれ、白い壁面が露出していた。団地の中には小さな公園があり、そこではたくさんの子供達が遊んでいた。その子供たちをみた長亮の顔には思わず笑みが浮かぶ。すると1人の子供が長亮に気づいた。「長さん、今日もいっぱい勝ったんだね。」その問いかけに長亮は笑顔を浮かべながら答えた。「おう、大勝ちもいいところよ。今度ジュース奢ったるわ。」「やったー!」子供たちの歓声が黄昏時の静かな団地に響いていた。子供たちに別れの挨拶を告げ、長亮は自室へと向かった。部屋に入り電灯に灯を灯す。そこにはなんとも殺風景で質素な部屋が広がっていた。玄関前には大量の競馬新聞が紐に縛られて置かれてあった。また部屋の中には必要最低限の家電しか見当たらない。長亮は冷蔵庫の中から冷えたビールを取り出し、今日の賞金をワクワクしながら数える。長亮にとってはこの時間が何ごとにも変え難い至福の時間なのだ。そしてコンビニで買ってきた惣菜をつまみながら一杯キメる。この時間が長亮にとってなんとも形容し難い幸せなのだ。そんなこんなで午後11時になっていた。長亮は缶ビール片手に机に突っ伏して寝ていた。翌朝、長亮は呼び鈴の音に気付き目を覚ました。スッと立ち上がり二日酔いで痛む頭を掻きながら扉を開けた。そこにはスーツを着た男女二人組が立っていた。「半田長亮さんでお間違い無いですか?」「は、はあ…そうですが…。」「我々、警視庁の者です。」「なんか俺やらかしましたっけ?八百長はしていませんけど。」「その話ではありません。とにかく部屋にあげさせていただいても?」「ま、まあ…どうぞ…」長亮は訝しみながらもその二人組を部屋にあげた。そしてその二人組にコーヒーを差し入れた。もちろんコーヒーメーカーなんて洒落た物なんてないため、ペットボトルに入っていたものだ。その2人組はコーヒーをもらったことに関して長亮に礼を伝え本題を話し始めた。「まず我々の自己紹介をさせていただきます。私は九条凛と申します。新設されるトークン犯罪対策本部のメンバーです。そしてこちらがイーサン・グレイブスです。」「半田長亮と申します。よろしくお願いします。ところでそのご用件とはなんでしょうか?」長亮が訝しむように尋ねる。九条があらためて畏まった様子で口を開く。「率直に申し上げますと私達は半田さんをスカウトにまいりました。」「は、はぁ…」長亮は何が何だか全く理解できなかった。長亮は全く警察組織とは関わりがないのだ。もちろん警察学校などというものとも関わりがない。長亮の顔に困惑の色が浮かぶ中、九条はお構いなしに話を続けた。「まず、トークン犯罪はご存知でしょうか?」「申し訳ない。そういったことに関してはからっきしでして。」長亮が申し訳なさそうに話す。九条は一呼吸おき、話しだした。「トークン犯罪というものはトークンと呼ばれる道具を使い姿を怪物に変えた人間が略奪、傷害、殺人などを行う犯罪の総称です。怪物に変身した以上、一般の警官では対処のしようがないため、専門の対策チームが創立されたというわけです。」「なるほど。ではなぜ俺を?」「そこは高い戦闘経験を買わせていただきました。もう一度誰かのために拳を振るっていただけないでしょうか?」長亮は部屋の隅に飾ってある埃被ったトロフィーを眺める。「申し訳ないですがもう誰かのために戦おうとは思えないんです。人のために戦って何度も何度も裏切られてきたので。」そう答えた時、長亮は埃被ったトロフィーのように自らの心が荒んでしまったように感じた。「そうですか。お時間をいただきありがとうございました。こちらの方に電話番号の方置いていきます。お心が変わったらご連絡ください。」落胆したような声で九条はそう言い残し部屋から退出した。二人が退出した後、西日がさす部屋の中で残ったペットボトルのコーヒをボトルに口をつけて飲みながら九条の電話番号の載ったメモとトロフィーを何度も何度も眺めらがら物思いに耽った。いつもよりブラックコーヒーが苦く感じた。長亮が一人部屋で黄昏ていると外から大きな子供の叫び声が聞こえた。長亮は部屋から飛び出し、団地の公園を見下ろした。そこには子供達にジリジリと近づく異形の怪物が二体いた。長亮は急いで階段を駆け下り、今にも子供に襲い掛かろうとする怪物の前に飛び出し、怪物へ右フックを繰り出した。右手に強烈な痛みが走る。鮮血が流れていた。(硬い!)そう心で唱えた。しかし怪物も二歩三歩たじろいだ。どうやら効いているようだ。すると怪物に向かって数発の銃弾が飛んできて怪物が後ろに吹き飛んだ。九条とイーサンだった。「半田さん、大丈夫ですか?あ、右手が…。」九条が心配そうに声をかける。「ありがとございます。大丈夫です。」そう答えた後、長亮は覚悟を決めた。「九条さん、こいつを倒すための力ってありますか?あるならばお借りしたいです。この子供達を俺は守りたい。」そう答える長介の瞳は曇り一つなかった。