15歳 〜 宝箱のような恋をした 〜
私の父は、私の母を殺した。
正当防衛だとか、
やむを得ない事情があったとか、
全くそんなものではなく、
ただただ、日常の暴力の延長上で起きたことだった。
母の葬式のとき、
哀しいとか寂しいとか、そんな気持ちよりも、
ここにいる誰かが引き取ってくれるのかな
そしたら今より楽に生きられるのかな。
そんなことを気にしていた。
8歳の私を引き取ってくれたのは
親戚でもなんでもない、
アパートの隣のお家のご家族だった。
通報だけして、
居場所だけ奪って終わりなんてこと
絶対にしないよ
そういって受け入れてくれたこの家族は
本当に綺麗だった。
お義父さんの春臣さん、
お義母さんの鈴子さん、
お義兄ちゃんの織くん
あたたかくて日向のような家族ができた。
私のことを優しく丁寧に
壊れ物を扱うように大切にしてくれる家族
実際に私は壊れ物のように脆くて割れやすい
だって私は、
暴力の後遺症で目が視えないのだから。
15歳 初夏
「なぁ、日向って、
いつも座ってて飽きない?」
日向 海 (ひなた うみ) これが私の名前
日向のように温かい日向家に引き取られてから
苗字でよばれることが好きになった
「飽きないよ。」
「えー?俺だったら、感じに行きたいけどなぁ
風とか!…あとは、空気の匂いとか?」
「東條くんは、元気だね」
隣の席の 東條 龍 (とうじょう りょう)くんは
いつも元気。
目が視えなくて辛気くさいであろう私にも
なにかとアクティブな話をふってくる
「そう?意外とさ!動いてたほうが気持ちも上向くもんだよ!…ちょっとだけ昼休み外出ない?」
「私が怪我する分には自業自得だけど、
怪我させるのは相手に申し訳ないからやなの。」
「そしたら日向はいつまでたっても自由に遊べないじゃん」
「…遊んだことないから、遊ぶことのなにが楽しいのか知らないし……だから別に、このままでいい…。」
「うーん、そういうもん?」
「そういうもの。」
「でもさぁ、日向の目が視えるようになったとき、
あのとき肌でみた場所は、こんな風にみえるんだ!って楽しめたら、すっげぇ良くない?!
こんな楽しみ方、日向にしかできない特別だぞ!」
キラキラした笑顔を想像してしまうような声で
楽しそうに語る
この目は、みんなに心配されて、
割れ物みたくそっと大切にされて、
いいことなんて1つもないって心の底から思っていた。
なのに、はじめて、
とってもキラキラで
とってもワクワクする私を、
東條くんはさらっとつくり出してくれた。
すごいなぁ、東條くん。
「いつかみたいなって思ってる場所、ない?
俺が日向と、日向が怪我させちゃうって心配してる周りの人も、みーんな守るから、一緒にいこう!」
私の悩みなんて、
彼にとってはちっぽけで
彼には解決できること
そう思えちゃうくらいの勢いで照らしてくれるから、
やっと、私も普通の人間になれたみたいで、
はじめて仲間に入れてもらえたみたいで、
心がじんわりあたたかく高鳴った
「ーーすごい。これが、海…。」
どこか別の世界にきたみたい
遠くからも聴こえる波の音が、
この世界は広いんだと教えてくれているようで
今、ここには、東條くんと私のふたりきり
そうとしか思えなくなる
「日向!こっち!きてきて!」
楽しそうに笑う東條くんに引っ張られて
足を進める
「きゃっ!なにこれ!土が柔らか…?!」
「もっとこっち!」
「きゃっ?!冷た?!!み、水?!
え?!なに迫ってくる!…あれいない……きゃ?!」
「あはは…!
これが波!日向、かわいーなぁ!はは!」
か、かわ…?!
こういうこともサラッといえちゃうんだ、
東條くん…
おそるべし…
「東條くんも、多分、かわいいよね…」
「へぁ?!……え、え?!なに?!」
「いつも、話すとき、キラキラした笑顔が思い浮かぶから。」
「……。(照)」
「東條くん…?」
「…そーね、俺 案外かわいい顔してんの!はは!」
東條くんが波に攫われないように
掴んでくれていた私の手を、彼の頬にもっていく。
「だから、目みえるようになったら、
かわいい俺と一緒に、また海みにこよーな。」
照れているのかな。
なんか、そんな感じする。
頬に当たる手のひらが、東條くんの熱であつくなる。
「…うん。1番最初にみるの、海にする。」
「だーめっ、海は2番な!
日向が1番最初にみるのは、俺にしよ」
ぎゅっー
抱き寄せられた、その瞬間
「好きだよ、日向。」
私にたくさんのはじめてをくれた東條くんは、
はじめての恋も教えてくれた