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第6話

 男と土曜日に会ってから、私の生活は、小説を書くことが中心になった。

 インターネットで、大量のルーズリーフと原稿用紙とボールペンを買った。自分が今までに書いた小説を整理し、男に読ませられる作品をピックアップしていった。もちろん、最後まで書ききれた作品の方が少ないくらいだ。そういった作品は、書けなければ諦めるし、書けそうなら内容を考えて書く。ルーズリーフに下書きをし、手直しをし、原稿用紙にボールペンで清書をする。この繰り返しだ。

 私は、日雇い派遣の仕事を休むことにした。母から、「年末年始はこっちに来るの?」という電話に、「それどころじゃないの。それより、お金を送って」とだけ言って、電話を切った。

 私は、とにかく書き続けた。ひとつの作品に集中することもあれば、2~3作品を平行して書くこともあった。始めこそ、原稿用紙に読みやすいように、丁寧な字で書こうとしたが、そんな事をしていては間に合わなかった。ほとんど書きなぐるような字で、原稿用紙をマスをうめていった。

 私の頭の中には、常に様々な物語が交錯し、渋滞していた。どこかで誰かが恋をしたり、誰かを憎んだり、死んだりした。たくさんの人間の人生が、私の中でパンパンに膨らみ、破裂しそうだった。

 いつ眠ったか、よく覚えていない。コーヒーを1日に7~8杯くらい飲んだ。煙草を、1日に2箱吸った。眠くなってしまうので、酒は飲まず、バランス栄養食のような物ばかり食べていた。おそらく、以前より痩せたと思うが、体重計が無いので、確認できなかった。テレビも観ず、スマホも最低限しか使わなかったので、世界でなにが起きているのか、知らなかった。私の世界は、小説を書くことと、土曜日にそれを喫茶店で男に読ませることだった。

 土曜日、男に会うために、私は少しお洒落な服を着て、顔に化粧をしていく。以前着たときはきつくなっていた服は、スルリと楽に着れるようになった。顔は、眼の下にクマができ、肌は青白く、カサカサに乾いて、ファンデーションがのらなかった。口紅を塗って、歯を見せて笑ってみると、煙草のヤニで歯が黄ばんでいた。伸び放題の髪の毛はパサパサで、クリップでなんとかシニヨンにしてまとめた。そんな姿になっても、土曜日になると、私は新しく書けた小説を持って、男に会いに行く。

 男の方は、私と違って、いつもとまったく変わらなかった。カーキ色のニットを着て、細身のジーンズを履き、足元は茶色い紐付きの革靴だった。

 どんなに、待ち合わせの時間より早めに行っても、男は先に店の奥の席に座り、コーヒーを頼み、ラッキーストライクを吸いながら待っていた。店のマスターは、私が来ると、「いらっしゃいませ」と微笑んで、いつものコーヒーを出してくれた。

 男は、私が小説を渡すと、コーヒーや煙草には手を付けず、私の作品に集中した。その顔は、無表情にも見えるし、プラモデルを作る子供のように夢中になっているようにも見えた。そして、作品の長さに関係なく、私がコーヒーを飲み終わり、煙草を4本吸い終わった時に、読み終わって、表紙を閉じる。

「ありがとう。また、来週の土曜日の同じ時間に、この店で待ち合わせしよう。新しい小説を読ませてほしい」

 いつも、ノートに万年筆で、そう綴られていた。それ以外の言葉はなかった。そして、男は冷めてしまったコーヒーを啜る。私は、ただ黙って男の言葉に従う。口の中に、苦味を感じる。

 私の小説は、男のためにだけ存在している。男に、土曜日にこの喫茶店で読んでもらうために存在する。感想なんてものは、必要ないのだ。ただ、2人の間で共有できれば良いのだ。私達だけの秘密・・・私はそれだけで満足しているのだ。そのためだったら、生活や健康を投げ出してもかまわない。

 男が2人分のコーヒーの会計をし、店の外に出て、私達は別れる。男の後ろ姿を見届けると、私は小説を書くために、急いで自分の部屋に戻る。

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