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第4話

 秋が深まり、もうすぐ冬の気配が近づいてきた。世間は、ハロウィンの喧騒が去り、次はクリスマスだと浮かれていた。

 仕事が終わり、いつもの店に行くと、あの男が先にカウンターに座っていた。男は、相変わらずスーツ姿で、ビールを飲んでいた。私は、まるで待ち合わせしていたかのように、男の隣に座って、ビールを注文した。

 男は、「待ってました」とばかりに、ノートを広げ、胸元のポケットから万年筆を取り出し、言葉を綴っていった。男は、「年末が近づいているので、仕事が忙しくなってきてます。残業はあるけど、休日出勤だけはゴメンなので、超特急で終わらせてます」と綴った。私は、万年筆を受け取り、「こっちも、社員やパートのおばさんが、年末だってピリピリしてます。私も残業はしますが、年末年始だけはなんとしても休んでやりますよ」と綴った。そして、お互いに顔を合わせて笑い合った。

 他人から見たら、私達2人は、会話は一切せず、ノートを夢中で書いている、ちょっと風変わりな恋人同士に映るのだろうか。男にも、そう尋ねてみたいが、やはり聞けずに、私は冷たいビールを一口飲んだ。

 ジョッキから顔を離すと、男が珍しく、私から眼をそらし、万年筆のキャップを閉じたり開けたりしていた。男の表情は、モジモジしている少年のようでもあり、戸惑っているようにも見えた。私は、なにか失礼なことをしてしまったかと不安になり、思わず、男の左肩に自分の右手を置いた。男に直接触れたのは、これが初めてだった。

 男は、私が触れたことで、ハッとした表情になり、少し照れたような笑みを浮かべた。私は、慌てて男の肩から手を離した。

 男は、万年筆のキャップを開け、ノートにこう綴った。

「不躾な質問だったら、すみません。あなたは、自分では小説は書かないんですか?」

 その質問に、当然私はドキリとした。「小説を読むからって、小説なんて書けませんよ」と書いて、笑って嘘をつくこともできた。しかし、そうノートに綴っても、無駄なような気がした。男に嘘をつきたくないというより、男の万年筆が、嘘をつかせてくれないような気がしたのだ。

 男は、万年筆を私に差し出した。相変わらず、ペン先はヒンヤリと光っていた。私は、そっと万年筆を受け取り、深呼吸をひとつして、ノートに丁寧に綴った。

「自分でも小説を書きます」

 それだけ書いて、男にノートを見せた。男は、その一言を見て、なにもかも納得したような表情をした。私にとって、小説を書くことは日常なこと、新人賞に応募したことがあることなど、語らなくとも、男には全て見破られているような気がした。

 私は、今さらながら恥ずかしくなって、煙草を咥えて、火を点けた。自分で小説を書いているなんて、自分の下着姿をいきなり見られるくらい、私には恥ずかしいことだ。煙草を1本吸い終えても、恥ずかしさはおさまらなかった。

 男の方を見ると、いつの間にか私を真似るように、煙草を吸っていた。根元ギリギリまで吸うと、灰皿に煙草を押し付けた。そして、万年筆を手に持ち、ノートにサラサラと綴って、私に見せた。

「あなたの書いた小説を、僕に読ませて下さい」

 その言葉に、私はさらにドキリとし、男から奪い取るように万年筆を持って、急いでノートに綴った。

「そんな人様に見せられるようなものじゃないです」

 そう書いて、男に見せた。私は、恥ずかしくて、少し息が荒くなった。息が落ち着いてきた時に、男はまたノートを見せてきた。

「見せるんだ」

 確かに、ノートにはそう書いてあった。今まで、丁寧で紳士的な男の言葉とは思えなかった。

 男は、さらにノートに万年筆を走らせた。

「あなたには、僕にあなたの小説を見せなければならない」

 見せなければならない・・・強引な言葉のはずなのに、私は、男に自分の書いた小説を読ませることが、義務のような気がした。どうしても抗えない運命のような気がした。

 男は、またノートに万年筆を走らせた。

「駅の出口の横に、喫茶店があるのは知ってる?」

 その喫茶店なら知っていた。入ったことはないが、古そうな喫茶店だ。私が頷くと、男はまた万年筆を走らせた。

「今週の土曜日の13時に、その喫茶店で待ち合わせしよう。その時、あなたの書いた小説を持ってきてくれ。そこで読むから」

 私は、頷くしかなかった。男も、満足したように頷き、残ったビールを飲み干した。私は、喉がくっついているのではないかというくらい、口の中がカラカラになり、慌ててビールを飲み干した。そして、そのままいつも通りに、男と別れた。酔いは、すっかり覚めていた。


 私は、部屋に急いで帰った。そして、テーブルや床に散らばっているルーズリーフやメモをかき集め、さらにクローゼットを開けて、中からノートや原稿用紙を引っ張り出した。

 土曜日まで、今日も入れれば、あと4日しかない。いったい、男になにを読ませればいいのか、どの作品なら読ませられる状態なのか。私は、途方にくれてしまった。とにかく、この中から探して、土曜日までに読ませられるようにしなければ。私には、男に自分の小説を読ませる義務がある。

 私は、気持ちを落ち着かせて、紙の山から、ひとつひとつ作品を見ていった。最初は、新人賞に応募した作品にしようと思ったが、あれは長編だし、下書きは残っているが、清書したものは提出してしまったので、とても間に合わない。さらに私には、パソコンもプリンターもない。それなら、手書きしか道はない。土曜日までに書ける短編はないか、探し回った。床が、ルーズリーフやメモやノートで、メチャクチャになった。

 古いノートをめくっていると、何年前に書いたのか、ページで数枚の短編小説を見つけた。男子高校生と女子高生の奇妙な関係と体験を書いたものだ。これなら、原稿用紙でも30枚程度だろう。私は、テーブルの上にスペースを作り、ノートを広げ、ボールペンで内容を手直しした。それだけでも、思いの外時間がかかった。終わった時には、日付が変わっていた。私は、ヨロヨロと立ち上がり、服を部屋着に着替えて、ベッドに倒れこんだ。朝になったら、原稿用紙とボールペンを買い足しに、100円ショップに行こう。そう思いながら、眠りについた。

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