第12話
男が消えてから、私の生活は徐々に元に戻りつつあった。
あれから、男と会っていた居酒屋と喫茶店にも行ってみたが、男の痕跡は見つけられなかった。居酒屋の店主は、「覚えてませんねぇ・・・」と言うだけだし、喫茶店は、私が行くと「CLOSE」の札がかけてあった。
私は、日雇い派遣の仕事を再開し、たまに実家に行っては、金を無心した。部屋は散らかり、ビールを毎日のように飲んだ。そして、小説を書いた。
2つだけ、以前と変わったことがある。吸う煙草をラッキーストライクに変えたこと、そして、男の万年筆で小説を書くようになったことだ。
男の万年筆は、すんなりと私の手に馴染んだ。万年筆のペン先は、紙の上をスルスルと気持ちよく、文字を綴ることができた。一度、インクが切れてしまって、電車で街まで出かけ、大型の文房具店に行って、店員に相談した。中年の女の店員が、すぐにインクを用意してくれた上に、補充のやり方も教えてくれた。私には高い買い物だった。
「とても素敵な万年筆ですね。お客様に、とっても似合ってますわ」
店員はニコニコと笑って、笑って誉めてくれた。
「ありがとうございます。でも、この万年筆は、もっと似合う人がいたんです」
私はそう言って、売り場を後にした。
仕事を終えて、廃墟のように散らかった部屋に帰ると、私は荷物を置いて、部屋着に着替えて、冷蔵庫からビールを出して飲む。ラッキーストライクを咥えて、火を点けて吸う。部屋に常備してあるカップラーメンを食べ終えると、埃をかぶり、物で溢れたテーブルの上に、なんとかスペースをつくり、ルーズリーフを広げて、万年筆で文字を綴っていく。
もし、今書いている小説が無事に完成したら、原稿用紙に清書して、新人賞に応募しようか。そんなことを思いながら、また万年筆を走らせる。万年筆は、スルスルサラサラと、ルーズリーフに言葉を綴っていく。




