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第10話

 私が着いたのは ニューオリンズの

 朝日楼という名の 女郎屋だった


 私は、男の横で歌った。初めは、囁くような小さな声だった。


 愛した男が 帰らなかった

 あの時私は 故郷を出たのさ


 横目で見ると、男は背筋を伸ばして、眼を瞑っていた。私の歌を聞き逃さまいと、必死で耳を澄ましているかのように。


 汽車に乗って また汽車に乗って

 貧しい私に 変わりはないが


 私は、少しづつ声の音量を上げていった。男に聞こえるように。煙草の匂いが、今になって香ってくるような気がした。


 時々想うのは ふるさとの

 あのプラットホームの薄暗さ


 私は、さらに声の音量を上げた。目の前に、人気のない、寂れた駅のホームが広がる。いつの間にか、私は歌の中の女になっている。


 誰か言っとくれ 妹に

 こんなになったら おしまいだってね


 私の後ろ姿を、まだあどけなさの残る妹が見送っている。でも、彼女は姉のことを、決して恨んだり軽蔑したりしていないだろう。


 私が着いたのは ニューオリンズの

 朝日楼という名の 女郎屋だった


 私は、隣の部屋に聞こえてしまうのではないかというくらい、大声で歌った。恥ずかしくなんてなかった。私は、娼婦になっていた。人気のない、街の片隅で、男に自分の身体を売って、生活をする娼婦に。胸元や足を強調した袋を着て、コッテリと厚化粧をして、煙草を吸いながら、夜の街角に佇む娼婦に。

 横を向いて、男の顔を見た。男は、瞑っていた眼をソッと開き、私の方を向いた。そして、優しく拍手をした。男の拍手の音で、私は歌の中の娼婦から、現実の私に戻った。

 気づいた時には、私は男の胸にすがりつくように抱きつき、ベッドに2人で倒れ込んでいた。愛おしさを通り越して、なぜか泣きたいような気持ちになった。

 男は、驚いた様子は見せず、そっと私の肩と頭を、両手で抱いた。男の手は、やはりヒンヤリとしていた。手が冷たい人は、心が暖かい。そんな言葉を思い出したが、すぐに頭の中から消えた。

 私は、男から身体を離して、起き上がり、立ち上がった。男も、ベッドから起き上がった。私は、ワンピースを脱いだ。ストッキングも、キャミソールも、ブラジャーも、ショーツも脱いだ。

 裸になった私を見ても、男は動揺する素振りも、イヤらしい眼も見せなかった。ただ、眼の前で起こっている事実を、受け入れている様子だった。私も、不思議と恥ずかしくなかった。むしろ、自分の身体になんて自信はないのに、堂々としていた。

 やがて、男も服を脱ぎ始めた。ニット、シャツ、ベルトとパンツ、黒いボクサーパンツも脱いだ。

 男の身体には、無駄なものが一切なかった。無駄な贅肉も、たるみも、体毛も、日焼けもしていなかった。華奢な身体つきだが、貧相ではない。適度に筋肉がついていて、その上に薄く白い皮膚が覆っていた。ただ、性器の周りの、陰毛だけは黒く濃かった。まるで、そこを守るかのように。

 それに比べて、私の身体は無駄なものだらけだ。小さいのに垂れはじめている乳房、同じく垂れはじめている尻、腰周りに付いた贅肉、たるんだ二の腕や太もも、剃り残しのある体毛。でも、私は恥ずかしくない。これが、紛れもなく、今の私の身体なのだから。

 私達はベッドに横になり、抱き合った。男は、私の小説を読むかのように、私の身体にゆっくりと指先や舌を這わせた。私の中身を吸いとっていくかのように、私は徐々に空っぽになっていくかのようだった。男の身体の重みを感じ、男が私に入ってくると、空っぽの私はバラバラになって、部屋中に散らばってしまいそうだった。それを食い止めるためかのように、男は私の頬や髪を優しく撫でる。涙が出そうになる。痛みでも苦しみでも、ましてや喜びでもない。恐怖に近いかもしれない。男が怖いのではない。いまこのように、なってしまったのが怖い。私は、男と繋がってしまったことで、男を失う可能性も手にしてしまった。駄目だ、これ以上駄目だ。そう感じるほど、男が欲しくなる。失う可能性が大きくなればなるほど、欲しくなってしまう。

 男が私の中で果てると、しばらく私の身体を抱きしめた。動いていたのに、男は汗一つかいていなかった。ソッと男は、私から身体を離した。私達の間に、風が吹き抜けた。男は、やはり静かに微笑んでいた。それが、まるで睡眠薬のように、私は甘い眠りについた。

ちあきなおみの「朝日のあたる家」の歌詞を、そのまま引用しました。

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