冷遇王妃はときめかない
2024年2月23日 日間総合ランキング 3位
ありがとうございます!
夜になったら1位になってた…。
ラブは無いけど面白い、と言ってくださった皆さんのおかげです。
本当にありがとうございます!
煌びやかな大広間の中央で踊るのは、この国の国王と、側妃のエレノア様。会場中の貴族に注目されて、ファーストダンスを披露している。
チラチラと、貴族たちの目線が、けばけばしいドレスを着て壇上に一人残された王妃の私に移る。その目には、同情と嘲り。
曰く、家の力で無理矢理に王子と婚約した公爵令嬢。
曰く、王子が学園で出会った運命の女性エレノアを虐めた悪虐な令嬢。
曰く、王子の即位と共に婚姻するが一度も相手にされないお飾りの王妃。
曰く、一年後にエレノアが側妃として登城したら離宮に追いやられた憐れな王妃。
曰く、離宮では使用人と同じ食事を与えられ、庭で百姓の真似事をしている惨めな王妃。
「まあ、いいんだけどね」
ダンスが終わり、全員の目が国王に集まっている間に私は魔法で自分の部屋に転移した。
翌日の昼下がり、擦り切れたワンピースにエプロンという農業ファッションで日課の畑への水撒きをしていると、国王とエレノア様が護衛騎士に囲まれてやって来た。
珍しい。珍し過ぎて、私は天下の国王と側妃を台所の粗末なスツールに座らせるしか無かった。
「来るなら先触れを寄越してください。どうせここにはお客なんて来ないから、客間の家具には布を被せてるんですよ。今使える部屋は、台所と寝室だけです」
「なんだそれは。離宮が狭いという嫌味か」
「いいえ? 立って半畳、寝て一畳! 私には十分過ぎます」
私は、沸かしたお湯を三つの湯呑みに注ぎ、二つの湯呑みにスプーンを付けて護衛騎士に毒見をしてもらう。
無事お二人の前に置かれた湯呑みに、お二人は面食らっている。
「これは…お湯か?」
「東の国では白湯と言います。身体を温める事で、デトックス…体内の悪い物を押し出す効果があります。昼食の後に紅茶はお飲みでしょう? 紅茶はあまり飲むと利尿作用でお腹が緩くなりますよ。と、言っても王宮の料理は脂っこいから、食後に飲みたくなりますよね。料理長が腕を振るいたいのは分かるから、文句も言えなくて…。本当、エレノア様が城に来てくれて助かりました。陛下、お腹周りが太くなってません? エレノア様、吹き出物が出てません?」
言葉に詰まるお二人。やっぱりね。野菜も食わんと。
「で、ご用件は?」
唖然としていた陛下が、
「お前はそういう性格だったか…?」
と言う。
「ずっとこういう性格ですよ。婚約してから話した事無かったので知らないだけです。それなのに何故か、私がエレノア様にした虐めについては私以上に詳しかったですね。エレノア様知ってます? 陛下って、婚約が決まった時、五歳の私に『お前は家の力で婚約したんだ!』って言ったんですよ。馬鹿かこいつはって思いましたよ」
「五歳…?」
「はい、婚約したのは五歳でした。会った事も無い男と結婚するために家の力を使ったとしたら、末恐ろしい五歳児ですね!」
「それはいいから! 王妃よ。お前にクーデターの疑いがある」
「くぅでたぁ…? ああクーデター! なるほど! 王妃がクーデター起こした事にして処刑するんですね!」
「お前は私をどういう男だと思ってるんだ…」
「五歳児を脅して婚約破棄しようとして、学園でエレノア様を虐めた事にして婚約破棄しようとして、上手く行かなかった男?」
「……」
「なるほど、クーデターとは考えましたね! 少し見直しました!」
「お前は処刑されたいのか…?」
「あ、すみません! 『処刑しようとして上手く行かなかった男』を付けて考えてました」
「付けるな!」
「えっと、ところで何で私がクーデターを起こさないといけないんですか?」
「そりゃあ、私の寵愛がエレノアだけに注がれているからだろう」
「それなら、クーデター起こして国王とエレノア様を殺したら意味無いですよね。てか、寵愛超いらないし、エレノア様がいなくなったら王妃の仕事を私がやらないといけなくなるし。私が許すから首謀者をそっちで捕まえてください」
「お前の許可は要らん」
「あの、王妃様は私が目障りじゃないのですか…?」
「いいえ全然? むしろ助かってます。てか、エレノア様がいるから陛下と結婚したようなものです」
「それっていったい…」
「ほら、私の父って“娘は政略結婚の駒”って人じゃないですか。今だって、“王妃の生家”という事で優遇されてる事に満足して、娘がこんな状態でも放って置いてるし」
「ああ…」
「だから、もし陛下に婚約破棄されたらどんなヒヒジジイと結婚させられるか分かんないと思ったんですよ。なら、陛下で我慢しておこうかと。きっと溺愛するエレノア様を側妃にして、私には王妃の仕事をさせないだろうしって」
「「陛下で我慢…」」
「はい。なのでクーデターが起きたらかなり困ります!」
力説する私とは反対に遠い目になってる二人。
「で、首謀者は誰なんですか?」
「お前だ」
「何で本人が知らないうちに首謀者になってるんです?!」
「それを聞きに来たんだ! お前、平民たちに何をした?」
「平民?」
「平民たちがお前のためにクーデターを起こすという情報が入ったんだ」
「あ……」
「心当たりがあるんだな」
「あると言うか…、取り敢えず衣装室に来てください」
全員で移動して、衣装室のドアを開ける。
「何だこれは…!」
部屋を埋める数十体のトルソーは、昨日のドレスを纏った一体以外はすべて裸。
「お前のドレスはどこへいったんだ!」
「全部売っちゃいました。てへ」
「ドレス無しでどうやって過ごすつもりだ」
「ドレスなんて無くて困りませんよ。国王に冷遇されてる私をお茶会や夜会に招こうなんて勇者はいませんし、昨日みたいな出席義務のある夜会ではエレノア様のついでに新しいドレスが作られますし。それに、全然趣味じゃないドレスが部屋を埋めてるのってときめかないんですよ。これは売るしか無いなって」
「趣味じゃない…」
「はい。あくまでエレノア様を引き立てるドレスですから」
気付いて無かったんかい。仕立て屋だって忖度するわ。
ときめかない物は処分すべし。
敬愛するときめきの片づけコンサルタント近藤麻理恵様の「こんまりメソッド」に従って、ドレスから宝石やレースを外してドレスと宝石と小物の店に持ち込んで売り、そのお金でパンや野菜をたくさん購入し、貧民街の子供たちに賃金を支払って、それぞれ孤児院や救護院に届けてもらった。
内心子供たちがネコババしても仕方ないと思っていたのだが、先にお金をもらって仕事を任せてもらえた子供たちは真面目に届け、届け先からもお礼を言われて嬉しかったらしい。
それからは、私が街に降りると目ざとく見つけ
「あの孤児院では鍋が壊れてたよ」
「あの救護院では高熱が出る風邪が流行ってる」
「あの孤児院は履く物が無くて皆裸足なんだ」
と、情報をくれ、それに合わせて私が必要な物を購入するようになった。
そのうち、街の人も子供たちを信用して使い走りを頼むようになったらしい。
「で、私が王妃という事は街の人にバレバレなんですわ」
一応私を『奥様』と呼んでるけど、『王妃様』と言いかけて誤魔化す事がたびたび。
「なぜバレるのだ。わざとか」
「あのですね、昨日のドレスの袖口に付いてるこのレース。この部分だけで平民の家族が一年間食べられるんですよ。そんなレベルのドレスを何十着も仕立てる事ができる女性がこの国に何人いると思うんです」
「なるほど…」
「悪辣なはずの王妃が実はそうじゃなかった。じゃあ、誰がそんな酷いことを言ってるんだ、となりますよねぇ。そして国王の横にはいつも着飾った側妃様が。そこらへんがクーデターの起因じゃないでしょうか」
「何て事だ…」
陛下は考え込んでしまった。
自分の流した嘘の噂のせいでクーデターが起きそうな王様。他人事ながら笑えるな。ぷぷっ。
「仕方ない。これからは公式行事にはお前を…」
えっ嫌だ! 面倒臭い!
「それじゃあ根本的な解決になりませんよ! いかにエレノア様が心優しく美しいかを皆に知ってもらわないと!」
「王妃様…」
「とりあえずこれからは国民の前に出るドレスは落ち着いた色にしましょう。だからと言って地味じゃなく気品のある物で、ちょっと憧れられる路線で。宝石は控えて一点だけにするとか」
「そうですね。色々考えてみます」
「頑張って!」
国王御一行様をにこやかに送り出して、私の脳はフル回転した。まずいまずい、「反王家」の旗頭になんてされたらクーデターが成功しても失敗しても碌な事にならない。
公爵令嬢に転生して喜んだのもつかの間、父親は最悪だし、婚約者も最悪。
前世では派遣切りに怯える派遣社員だったので、「王妃なら安定した国家公務員!」と思ったのに全然安定してないじゃないー!
もーやだ、この国全然ときめかない。いっそ国ごと捨てちゃおうか。
いきなり王妃が姿を消した事は、皆に国王が手を下したという疑惑を生んだ。調査のために離宮を訪れた騎士たちは王妃とは思えないつつましい生活に驚愕し、その話は平民に広まり、国王への怒りでクーデターが勃発した。
と、いう事を私は隣の国で聞いた。
陛下、私が婚約者に選ばれたのは私が五歳で転移魔法をマスターした魔力持ちだからだってこと、すっかり忘れてるんですね…。
「ラブコメじゃない」との感想をいただいたので、ジャンルを「ハイファンタジー」に変更しました。
確かに、どこにもラブ無いわ…。