4章43 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る15
「一日に必要な生命力はどのくらい?」
宿星は星外生物だが、巣食った時点でその世界に適応する。
なので、宿星ちゃんにも数値化されたステータスがあった。
「最低でも3万はほしいの」
予想以上に多かった。どうやら、かなり燃費の悪い種族らしい。
最低値が3万となると、確かに一人の人間から賄うには無理がある。
「ある程度は溜めておけるから、多ければ多いほどいいの。でも、少ないのは苦しいから嫌なの」
そのへんは便利なのね、と思いつつ質問を重ねる。
「あなたたち宿星は、ダンジョンの中でしか生きられないのかしら?」
「小生たちがダンジョンを作るのは、生命力を効率よく確保するための、宿星としての習性なの。だから別に、生命力さえ得られれば、ダンジョンの中でも外でも生きてはいけるの」
「ということは極論、生命力さえ確実に確保できるなら、ダンジョンを作る必要はないと」
「なの。でも、宿主がいなきゃ、生命力も吸収できないの」
「私があなたの宿主になって、あなたに必要な生命力を与えてあげれば、それで問題ないかしら?」
「……それが可能なら、なんの問題もないの」
「それじゃ、決まりね」
きょとりと目を瞬かせる宿星。
「私があなたの宿主になるわ。リシェルさんを解放して、代わりに私に寄生しなさい」
片手を腰に、片手の人差し指をビシッと宿星に突きつけて言う乃詠に、呆れた様子でファルが口を挟む。
「……なに言ってんの。確か、ノエの生命力、4000ちょっとのはず。それじゃ、全然足りないだろ」
騎士たちがギョッとする。
「いったい何レベルあるんだ、ノエさん……」
せっかくステータスを偽装しているというのに、高レベル高ステータスであることが彼らにバレてしまった。
まぁ、いまさらではあるのだが。
彼らはもう、ここまでの道中で乃詠の実力を目の当たりにしている。ただ、実際のステータスが、己の目で見て想定していた以上の数値だっただけで。
ちなみに、ファルと戦ったときは4000もなかったが、乃詠もまた、これまでの魔物との戦闘でレベルが上がっているので、伴ってHPも増えた。
「おまえ、んな簡単な計算もできねーほどバカだったのか」
「失礼ね、ちゃんとできてるわよ」
「……さっきも言ったの。小生に必要な一日分の生命力量は、最低でも3万なの」
「うん。それを賄えればいいんでしょ? 問題ないわ」
「でも、あなたの生命力は、4000ちょっとなの。それでもびっくりだけど、全然足りないの。それに、全部をもらったらあなたは死んじゃうの。『治癒薬』を使うにしろ、『魔復薬』を使うにしろ、お腹たぷたぷになっちゃうの。体にも悪いの」
と、こちらの心配をしてくれる宿星ちゃんはとても優しい子なのだろう。
「えぇ、わかってるわ。だからね――これを使うのよ!」
満を持して、とばかりに、乃詠はそれを取り出し、高々と掲げた。テレレッテレーと効果音が聞こえそうなノリだった。いつぞやのデジャヴである。
「それは……『神珠』」
ヴィンスが呆然と口にする。
その美しい虹色の宝珠を見間違うことなどありえない。
「どうせリシェルさんのために使う予定だったからね。なら、いま使わないでいつ使うのって感じじゃない?」
「……そういうこと」
そう、『神珠』に願って乃詠の生命力量を増やせばいいのだ。それならば問題なく叶えてくれるだろう。ナビィのお墨付きもある。
(『神珠』さん、今度こそ頼むわよ)
そうして乃詠は『神珠』を使った。
願った瞬間、宝珠は光り輝き、その光とともに消える。
「え――HP、50万?」
具体的な数値を願ったわけではないのだが、『神珠』はものすごくサービス精神旺盛だった。
どうやら固有スキル〈救済〉も勝手に仕事をしてくれたようで、ちょっとありえない生命力を得てしまった。
宿星の必要な生命力を賄うどころか、ちょっとやそっとじゃ死なない体になってしまったらしい。
「50万って、なんだそのバカげた数字」
「……さすがノエ、としか言えない」
「これはさすがに、私も想定外よ。でも、これでなんの問題もなくなったわ。3万と言わず、30万あげても問題ないわよ!」
「さ、さすがにそんなにはいらないの」
宿星ちゃんもちょっと引いていた。
「というわけで、宿星ちゃん。リシェルさんを解放して、私に寄生しなさい」
「は、はいなのっ」
そうして乃詠が宿主となり、リシェルは解放された。
余談だが――乃詠は宿主となったことで、思わぬ副産物を得た。
普通、魔力は体内で生成されるものだが、宿星の力で外から魔力を集めて運用できるようになったのだ。
それは特定の種族にのみ可能なことで、人間にはそういう機能がないため絶対に不可能な芸当である。
よほど一度に膨大な量を消費しなければ、実質、無限に魔力を使えるようになったということだ。とんでもない。
ともあれ、従魔たちとは毛色が異なるものの、また新しい仲間ができた。
「宿星ちゃんは、名前はある?」
「ないの。好きに呼ぶといいの」
「また名付けね。腕が鳴るわっ」
相も変わらず、ネーミングに張り切る乃詠である。
『〝やどりん〟に〝ほっしー〟ですか。なんだか、センスのないあだ名みたいですね』
「駄目?」
『わかってて聞いてますよね』
「うーん、じゃあ――〝ステラ〟で」
リオンたちと違って星シリーズではなく、純然たる『星』を意味する単語だ。
『何度も言いますが、なぜそれが最初に出てこないんですか』
呆れたように呟くナビィだが、名づけ自体はそれでOKらしい。
「あなたのことは、今日からステラと呼ぶわ。いいかしら?」
「ステラ……それでいいの」
どうやら宿星ちゃん、あらためステラも気に入ったようだった。
◇◇◇
「リシェル、リシェルっ」
腕の中に抱きとめた愛しの婚約者に、ヴィンスが呼びかける。
リシェルの意識を奪っていたのは宿星、あらためステラだ。抵抗されたり動き回られたりすると困るため、眠らせておくのが基本なのだという。
それはもう解けているので、軽く声をかけてやれば――リシェルはすぐに目を開けた。
「っ、リシェル!」
「……ヴィンス、ですの?」
「あぁ、俺だ。……よかった」
堪えきれず、ヴィンスの頬を涙が伝い落ちていく。
「……泣かないで、くださいまし」
「……恐ろしかったんだ、本当に……君を失ってしまうのかと……君がもう、戻ってこないのではないかと……」
「……大丈夫、ですわ」
ずっと寝たきりで筋力が弱っているのだろう。かすかに震える手が緩慢に動き、それに気づいてヴィンスが支える。彼女の意思を妨げない程度の支え――その手はやがてヴィンスの頬を包み、親指が涙をぬぐうように目元をなでる。
「……わたくしは、どこへも行きませんわ。行ったとしても、必ずあなたのところへ戻ってきます。だって」
目を細め、ふわりと笑う。
「わたくしは、あの日からあなたのパートナーですもの」
――見たくてやまなかった笑顔が、そこにあった。
今度はヴィンスがリシェルの頬に触れ、そのままゆっくりと顔を寄せていく。それを受け入れるように、リシェルは瞼を閉じた……。
「――ん、んんにゃっほんっっ!!」
盛大にして可愛らしい咳払いが、二人の世界を打ち破る。
「副長、いい加減にするにゃん。婚約者だからちゅーまでは見守ったけど、長いにゃん。長すぎるにゃん。見せつけられてるこっちの身にもなるにゃん」
じとーっとした騎士たちの視線。中には顔を赤くして首ごと視線を逸らしているうぶな者もいるが。
彼らがいるのをすっかり忘れていたようで、気まずげに目を泳がせるヴィンスに、恥ずかしそうに俯くリシェル。
そうして他の面々も隊長との感動の再会を果たし、乃詠たちはひとまず軽くあいさつをした程度で、一行はダンジョンから帰還する。
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これで2部4章は終了、次回より終章『万能聖女、はっちゃける』です。
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