4章42 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る14
光の檻――『ルナプリズン』との二重構造になった『ダークスフィア』にて、地面を掘削しながら下へおりていくと、やがて目的の空間へとたどり着く。
魔法を解除すると、空間のちょうど中心、一行の目の前にそれはあった。
バーコードのような光の帯が、一人の少女を球形に取り巻いて浮かんでいる。
その少女こそ、リシェル・ロベルティネ・ルーデンドルフ嬢その人だ。
「リシェル!!」
すぐさまヴィンスが駆け寄り手を伸ばすも、連れ去られたときと同じく弾かれてしまった。
「くっ……! いったい何なんだ、これはっ……!?」
そのとき、ふと視界に入ったものに、乃詠は意識を向ける。
「誰かが倒れているわ。……幼女?」
あらためて見れば、殺風景だと思っていた部屋のごく一角が生活空間っぽくなっていて、そこに、淡いピンク色の長い髪を床に広げた子供が、うつぶせに倒れているのだ。
『あれが宿星の本体でしょう』
ぱっと見だと十歳に満たないくらいだろうか。宿星の本体らしきその幼女は、倒れたままぴくりとも動かない。
「おまえが宿星なら、今すぐリシェルを解放しろ!」
ヴィンスの要求に、しかし宿星からの反応はなく……
「屍のようね」
『いや、生きてますよ。それこそ死んだふりでもしているのでしょう』
「残念だけど、私たちには意味ないわよ?」
ぴくっとかすかに動いた。
「めんどくせぇ。だったらフリじゃなくしてやりゃあいいだろ」
コウガが前に出てブォンッと大刀を唸らせる――と、宿星の反応は早かった。
しゅばっと飛び起きるや、美しいが必死さの伝わってくる土下座を敢行。
「ごごご、ごめんなさいなの!! 殺さないでほしいの!!」
額が地面にめり込みそうな勢いだ。見た目が見た目なので、ものすごく複雑な気分になる。
ヴィンスも渋面で、他の面々も「どうすんだこれ」といった表情で顔を見合わせている。
とはいえまぁ、そんなので揺らぐコウガではない。躊躇も容赦もオレの辞書にはねぇとばかり、大刀を振り下ろそうとする。それを乃詠は止めた。
「殺さねーのか」
「それでリシェルさんが無事に解放されるのならいいけど、その保証がないもの。あと絵面がよろしくないわ」
児童虐待の現場にしか見えない。
「しょ、小生を殺すと宿主も死んじゃうの!! だからやめたほうがいいの!!」
「あぁ?」
「ひぅっ……!?」
コウガの睨みがよほど怖かったらしく、宿星は過呼吸めいた悲鳴を上げ、頭を抱えて亀のようにうずくまってしまった。ぶるぶると震えている。
「コウガ、あんまり怖がらせないで」
「んだよ、諸悪の根源、こいつだろ?」
「そうだけど……」
無抵抗に怯えている子供の姿というのは、それがたとえ何であっても見ていて心苦しいものだ。
それに、あんまり怖がらせて応答ができなくなるのも困る。
乃詠はうずくまる宿星のそばに膝をつき、努めて優しい声音で訊ねる。
「ねぇ、宿星ちゃん。あなたが宿主にしているリシェルさんは、彼らのとても大切な人なの。解放してもらえないかしら?」
すると、宿星ちゃんがおそるおそるといった様子で顔を上げる。
涙でうるんだ瞳が乃詠を見て、気まずげに逸らされる。
「む、むり、なの……」
「どうして?」
「解放したら、小生が死んじゃうの……まだ、死にたくないの……生存競争に負け続けて、死にかけて、やっと手に入れた活路なの……」
宿星ちゃんが語ったところによれば――宿星はその星の魔力を使ってダンジョンを作り運営するが、星のリソースには限りがある。
魔力は星が供給しているが、決して無限というわけではない。いや、厳密には、あまり魔力を恒常的に使いすぎると供給が追いつかない。
枯渇すれば星が枯れる。
魔力を使ってダンジョンを運営する以上、どうしたって恒常的に魔力を使う。なので、その星に住める宿星の数にも制限があるのだ。
当然、ダンジョンに入ってくる人の数だって限られてくる。
ゆえに宿星たちは競う。自分のダンジョンに、より多くの人を集めんと。
ただ、宿星には宿星のルールがあるし、個々の能力差もある。ダンジョンのデザインや魔物の種類、難易度、獲得できるアイテムや資源など――より魅力的なダンジョンほど、人は足を運ぶ。
彼女は前にいた星での競争に負けたのだ。
宿星はダンジョンを作って生命力を得なければ生きていけない。だから他の星へと渡る。
そうして彼女は何度も敗北を続け、もはや限界というところでこの星へと行き着き、そこで幸運にもリシェルという極上の宿主を見つけたのだった。
「こりゃまた、問答無用で一刀両断しにくい話になってきたにゃん……」
アビーが途方に暮れたような顔で天井をあおいでいる。
宿星が宿主を得てダンジョンを作るのは、自分が生きるためで、別にこの世界の人を殺したいわけではない。
それは宿主とて例外ではない。ただ、宿主となった者に自由はなく、こちらからすれば、それは殺したも同然だろう。
「小生が、宿主を変えれば、あの少女は解放されるの」
だが、宿主は誰でもいいというわけではないらしい。宿主の条件というか、宿主になり得る適性というのがあるそうだ。
そもそもの話――なぜ宿星が宿主を必要とするかといえば、大気中から集めた魔力を運用する機能がないためであった。
人には魔力の循環機能がある。だから人に寄生し、その宿主を媒体としてダンジョン内へ魔力を行きわたらせ、魔物やアイテムなどの、人にとって利となり餌となる資源を、魔力を使って創造するのだ。
宿主にはとても重要な役割があり、またダンジョンの運用にかかる魔力コストにも影響してくる。
なので、魔力循環機能の優劣とか、魔法が使えるかとか、肉体が丈夫かとか、生命力の総量の多さとか――それらが水準に満たなければ宿主とはなりえない。
魔法が使えるかどうかは関係なさそうに思えるが、魔法を使える者は魔力を運用することに慣れている。それがダンジョン運営に大きく関わってくるらしい。
その点、リシェルは非常に優秀だった。魔力と生命力の総量もかなりのもので、だからこそ宿星に目をつけられてしまうこととなったのだ。
「少なくともこのあたりに、他に宿主になれそうな人はいなかったの」
とはいえ、仮に宿主にふさわしい者が他に見つかったとて、リシェルの代わりに差し出すなんて人道的にアウトだろう。
(困ったわね……何か、他に方法はないかしら)
腕を組み、乃詠は考え込む。
宿星を殺せばリシェルが死ぬ。それでは本末転倒。ありえない。ならばやはり、宿星をリシェルから切り離すしかない。
と言っても、他から持ってくるのはダメだ。ダメだし――その必要もない。
生贄なら、ちょうどいいのがここにいる。
「ねぇ、宿星ちゃん。要するに、生きるために必要な生命力があればいいってことよね?」
「そ、そうなの」
宿星は、ただ生きているだけで生命力を消費する。
人も実は同じだ。HPは平常時でも微妙に増減している。
人も、ずっと何も飲まず食わずでは死んでしまう。生命力を回復させるために、食事をしたり休息を取ったりする。活動による消費は、そういった日常の行為で自然と回復するのだ。
だが、宿星にはそれがない。
他者からもらわなければ、生命力を回復できない。