4章40 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る12
「Aランクが二体、か」
「しかも、片方はレベル60です。もう片方は10しかないですけど。ちなみにどちらもメスです」
「いやその情報はいらんにゃん。さすがに、ニャーたちじゃ厳しいにゃん。レベル10の一体でもいっぱいいっぱいにゃん」
「――はい!」
ここぞとばかりに元気よく挙手する乃詠。
「レベル60のほうは私たちが受け持つわ!」
「あぁ、助かるよ、ノエさん」
「ノエにゃん、ずいぶんとはりきってるにゃん?」
「あんな綺麗なもふもふを前にして、はりきらないほうがおかしいわ!」
「もふもふ」
「あのもふもふは絶対に私がテイムする!」
「テイム」
ヴィンスが、ただただオウム返しに呟く。
「……そういえば、ノエにゃんはテイマーだったにゃん。それも、すでにAランクを二体も連れた」
本人が直接の戦闘でも大活躍していたから、うっかり頭から抜けていた。従魔たちもみんな、いやに人間的だし。
「……というか、このダンジョンの魔物って、テイムできるのか?」
と、ファルから疑問の声が上がる。
『できますよ。ダンジョン自体の原理構造が異なっていても、魔物は魔物ですからね。理論上、テイムできない魔物はいません』
封印と試練のダンジョンも、その場ではできずとも、攻略して魔物が解放されたあとにはちゃんとできた。
「だって、ファル」
「……ノエが欲しいなら、別にいいけど」
とは言いつつ、ファルはどこか不満そうだ。あんまりライバルが増えるのが歓迎できないのだろう。それがたとえ、純粋な獣型でも。
だが今の乃詠には、もう目の前のもふもふしか見えていない。
「ひどいっスよ姐さん!」
と、別サイドから非難の声が上がった。アークだ。
「オイラという極上のもふもふがありながら、そんなどこの馬の骨ともしれないもふもふを選ぶんスか!?」
「違うっ、違うのよアーク……! あなたを捨ててこっちのもふもふを選んだわけじゃないの……! だってもふもふは、この世の正義であり真理なのだから!」
「あの、すみません姐さん。まったくもって意味がわからないっス」
アークとそんな緊張感の欠片もない茶番を繰り広げつつ。
騎士隊が戦闘陣形を整えたのを確認し、乃詠はレベル60の個体を〈挑発〉で引きつけ、偽装聖結界にて空間を二つに分断した。
それぞれに加勢させないためだ。
条件はこちらも同じだが、もしものときは解けばいい。
なお、便宜上、乃詠ファミリーの担当するレベル60の個体を『A』、騎士隊の担当するレベル10の個体を『B』とする。
冷気を纏い、アイスダストをきらめかせたアイスフェンリルAが、軽やかに駆けながら氷の礫を生成――撃ち出してくる。
その数は尋常ではなく、まるで弾幕のようだ。
「オイラの盾の前には、そんなもの屁でもないっスよぉ!!」
『邪毒竜の森』攻略以降、そしてこのダンジョンに入ってからも戦闘しっぱなしの乃詠ファミリー。各々の基礎能力もずいぶんと増強され、神創武器への理解もかなり深まっている。
操作力の上がったアークの〈眷属盾〉が、宙を自在に素早く動き、氷礫の弾幕を的確に弾いていく。
そして本人は、大盾を立て、アイスフェンリルAの正面に陣取った。
真正面から受け止める気概――その気迫を感じ取ったアイスフェンリルAの表情がかすかに動く。
直前で跳んだ。その足元から氷柱が伸び、アークの頭上を越えるかたちで、アイスフェンリルAは氷柱の上を走る。
「むっ!? 上を取られたら弱いっス!」
氷柱から飛び降りたアイスフェンリルAは、周囲に次々と氷柱を出現させる。
さまざまな角度に高く伸ばされた氷柱が、その側面からさらに枝分かれし、隣の氷柱とつながって――さながら、巨大な氷のジャングルジムのようなものが出来上がった。
アイスフェンリルのそれは、固有スキル〈氷魔法〉――〈水魔法〉に付随する人の魔法スキルとは、自由度も威力も桁違いなのだ。
そうしてアイスフェンリルAは、氷でできた巨大なそれを戦闘領域とし、自在に動き回りながら多彩な〈氷魔法〉を放ってくる。
氷の矢が降り注ぎ、ひと鳴きで巻き起こる吹雪の中にも、鋭く尖った氷片を紛れ込ませている。
また、ホワイトアウトした視界の中、氷と雪で己の偽物を作ることで、こちらを惑わしてくる。
ただしそれは、ジャックフロストの吹雪とは違って永続的なものではない。乃詠の〈風魔法〉で容易に打ち消せる。
今度は、地を這う氷の蔦を伸ばしてきた。アークとギウスが捕まり、ダメージこそないものの、HPとMPを吸い取られてしまう。
「アーク! ギウス!」
ベガが円月輪を投じ、即座に破壊したため微量で済んだが、そのままでいたら、いずれゼロになるまで搾り取られていたことだろう。
「ありがとうっス、ベガ!」
「悪ィな、助かったぜぇ!」
「いえ!」
そうしてベガは、直径にして三十センチほどの円月輪が手元へ戻るや――倍のサイズへと変化させた二つのそれを、アイスフェンリルAへと向けて放つ。
「――〈如意戦華〉」
それは神創武器『円月輪』に備わっているスキルだ。
効果の一つは、サイズの変更。基本は直径三十センチの小サイズが四つ。そこから中サイズの直径六十センチを二つ、大サイズの直径一メートルサイズを一つに変更することが可能だ。
もう一つは、手元から離れたあとの遠隔操作。といっても、自由自在に操れるわけではない。投擲後の軌道を二回、変えられるだけだ。しかし、それだけでも相手にとっては厄介な代物だろう。
氷のジャングルジムの隙間を縫うようにして、氷の塊が隕石のごとく、無軌道に降ってくる。だが、
「ヒャァッハハハハ――ッ!! しゃらくせぇッ!!」
ギウスの神創武器スキル〈特殊弾〉と連射可能なライフル銃によって、氷塊は瞬く間に破壊されていった。
「なかなか手強い相手ね」
まぁ――乃詠たちでなければ、だが。
普通なら多彩な〈氷魔法〉による攻撃にさらされつつ、空中も使った複雑な機動に翻弄され、対応に窮するところなのだが、しかし乃詠たちにはあまり関係がなかった。
乃詠が神創武器スキル〈光輝連星〉で相手を引きつけ、それに合わせて近接のコウガとファルが攻撃を加える。
スキル発動中はターゲットを強制されので、対象は乃詠以外に攻撃できなくなるわけだが、よそからの攻撃への回避行動はとれる。
しかし、それも容易ではなかった。
コウガにはナビィが、念のため偽装した聖結界の足場を作り、ファルはもともと跳躍力が半端なく優れていて、それは人化しようとも変わらない。
空中戦もお手のもの――近接三人による代わる代わるの攻撃。さらに、そのかすかな間隙を突くかたちで、ギウスの銃弾やベガの円月輪が飛んでくる。
アイスフェンリルAの焦りが手に取るようにわかった。
そろそろ、乃詠の神創武器スキルの効果が切れる――思念でさえ、もう声がけも必要ない。
準備をしていたのはわかっている。
このタイミングで発動可能状態となることも。
スキルが解ければ、その反動でわずかな硬直が生じる。それは結界でしのぎ、速やかな離脱――置き土産に光の拘束。相手が相手なので、拘束は一瞬で解けてしまうが、その一瞬があれば十分だった。
「――〈孤魏一閃〉」
リオンの神創武器スキルが、決まる。
クリティカルではないが十分なダメージを与えた。
クールタイムが明ければ、再びの〈光輝連星〉。
Aランクレベル60に対し――それ以上のレベルを持ちステータスはもっとあるコウガと、ランク自体が二つ上で高レベルのファル、そしてそんな二人より強い乃詠の三人がかり、プラス援護射撃……ぶっちゃけオーバーキルだ。
アイスフェンリルAが憐れに見えるほど圧倒的、かつ一方的なバトル――というかリンチである。
一度目でもだいぶボコボコにされたアイスフェンリルAは、二度目のリンチにもはや涙目となっていた。
そうして最後は――降伏で終わるのだった。
ごろんと腹を見せ、服従のポーズである。
「魔物が、しかもダンジョンボスが、降伏?」
しかも〈テイム〉もあっさり……というより喜んで受け入れていた。
『知能の高い魔物ですし、そういうこともあるのでしょう』
ナビィが言うなら、そうなのだろう。
いずれにせよ、なんとしてでもテイムするつもりだったので無事にできてよかった。
「名前は〝白〟でどうかしら」
『せめて〝白〟にしませんか』
「採用」
というわけで、アイスフェンリルAことハクが、乃詠の新たな従魔となった。
一方――騎士隊とアイスフェンリルBとのバトルは、接戦といった様相を呈していた。
若干、騎士隊が押され気味か。やはり巨大氷ジャングルジムを使った立体機動がくせもののようだ。
レベルが低いゆえに、魔法の種類も威力もアイスフェンリルAには劣るものの、それでも脅威には違いない。
彼らは乃詠たちのような空中機動のすべを持たないが、身体能力の高い者は巧みに氷柱を利用し、また道中で乃詠が教授し練習したバリアの足場を補助として使っている。
あとは弓術士や魔導騎士らの遠距離攻撃と、神官騎士の防御や強化で、なんとか渡り合っているといったところだ。
騎士隊も懸命に食らいついてはいるものの、このまま敵優勢の戦況が変わることはないだろう。
しかし、彼らは人の中では十分に強いほうなのだ。
上位魔物は災害級。兵士が軍隊規模であたる次元の相手だ。冒険者で言えば、Aランクパーティーが複数必要な手合いなのだ、実は。
乃詠たちが規格外すぎるだけなのである。