4章36 万能聖女、宿星のダンジョンへ潜る8
完全な森林であることに変わりはないが、こちらは上の層とは異なり、言うなれば樹海といった雰囲気で、元『邪毒竜の森』によく似ていた。
ここでは、『ウッドマン』という、絡み合った木の根が人型を取ったような姿の魔物が出現した。
腕にあたる部分が地面につくよりも長く、両方のそれを鞭のように振り回して攻撃してくる。
そして『リトルエレメントグリーン』――樹精の魔物だ。ウッドマンを葉っぱでもさもさと覆ったような、どこか愛嬌を感じさせる姿をしている。
体のあちこちに小さな花が咲いていて、そこから花粉を撒き散らすのだが、それには軽い『眠り』の効果がある。レベルや抵抗値が低いと、眠らずとも集中力が落ちたり注意力が散漫になったりしてしまうので、なかなかに厄介だ。
「む――やはりいるか」
元『邪毒竜の森』に似ているのは、その雰囲気だけではなかった。
当時、そこでは悪い意味でさんざんお世話になった『バンギングプラント』や『ハラスメントレント』などの植物系魔物が、そこら中にいるのだ。
遺跡風フロアのように明確なトラップは設置されていないのだが、植物系魔物がトラップの代わりを果たしていると言っていい。
普通のトラップよりもタチが悪いかもしれない。
「――っと、あっぶにゃ。こいつらは油断も隙もないにゃん」
バンギングプラントの蔓に狙われるアビーだが、寸前で察知し、振り向きざま短剣で斬り捨てる。
そして他方では、ハラスメントレントの被害に遭っている者もいた。
戦闘中に足を取られて危うく攻撃をくらうところだったが、他の騎士がフォローしてことなきを得た。
相変わらず厭らしい奴らである。
「このへんはけっこう群生してますね。ヴィンス副長、植物系用の『除香』焚きますね」
「頼む」
ヴィンスからの応えを受け、ルーミーは自身の〈収納〉から専用の手持ち香炉を出し、蚊取り線香のようなものを中に設置して先端に火をつける。
するとシトラスっぽい香りが漂ってきた。
「ルーミーさん、それは?」
「『除香』と言って、魔物の苦手な匂いを出すことで近寄らせないようにするものです。だいたい系統別に苦手な匂いというものがあって、いま焚いてるのは植物系の魔物に効果があります」
「植物系の魔物って嗅覚あるの?」
「あるみたいですよ。と言っても正確なところはわからないんですけど。匂いというより成分が効いてるのかもしれません」
「へぇ。そんないいものがあったのね。『邪毒竜の森』攻略中にほしかったわ」
「まぁ、どれも弱めの個体にしか効果はないんですけどね」
さらに詳しく聞けば、これは魔物素材や草花などを使った錬金薬であり、他にも虫系や獣系など種類があるらしい。
獣系にはラフレシアンアクトの『臭袋』が一番効くのだが、あれは使用側にもダメージがひどいので、よほどのことがなければ使わないそうだ――
「っ……! この、臭いはっ……!」
「んにゃぁぁぁっ……!! 鼻が曲がるにゃんっ……!!」
「うがぁぁっ!! くっせぇぇっっ!!」
その会話が見事にフラグとなって即回収。
いたのだ。そのラフレシアンアクトも、ここに。
もともとの性質があるからか、他の魔物と違って直接的な敵対行動こそ取らないものの、頭に生えたラフレシアから、身を守るための臭気を放出する。
それも、そこに固まっていた複数の個体が、一斉に。
おかげで植物系を除けるだけでなく、獣系などもすべて脱兎のごとく逃げていったが、こちらのダメージは甚大だ。
特にアビーともう一人の獣人、二人のダメージが。
即座に乃詠とベガが〈白魔法〉『デオドラント』を連発しつつ、他の魔物がいなくなったことも幸いとし、一行は全力疾走でその場を離れるのだった。
――そんなことがありつつ、一行はフロアボスの部屋へ。
木々が頭上で絡み合うようにしてできたドームの中にいたのは、リトルエレメントグリーンの上位種、E+ランクの『エレメントグリーン』。
取り巻きには、リトルエレメントグリーンも四体いる。
サイズは大きく、レベルもステータスもリトルより当然高いが、スキルなどの能力的にはさして変わらない。
ただ、『眠り』の効果がリトルよりもやや強く、効果にかかって軽く眠ってしまった者もいたが、弱い『睡眠』状態であれば大抵、外部刺激で解ける。
彼らは一人ではない。即座にその騎士を仲間が起こし、戦線に復帰。
それ以外には特に何事もなく、騎士隊は鮮やかな勝利を収めたのだった。
◇◇◇
その後もダンジョン攻略は順調に進む。
十六層からは、一転して緑のほとんどない、岩山だらけの山岳地帯だった。
森の中とはまた別の足場の悪さ。登ったり下りたりと高低差も激しいうえに、トラップの一種だろう落石なんかもある。
「あ、そこ気をつけてください。『ロックバースト』が擬態してます」
「うお、マジか。あぶなっ」
ここの魔物の特徴は、そのほとんどが岩に擬態して突然、襲ってくるというトラップ的な魔物であることだ。
『ロックバースト』は、接近すると内部から爆発するように砕け散り、その砕けた礫が散弾のように襲ってくる。
「そこ、足元に『ロックタートル』がいます」
「っ――ふぅ、間一髪。ありがと、ルーミー」
「それ『ロックリザード』です」
「さんきゅ。にしても、ほんとわからんな……」
「うわっ!? 足がっ、いつの間にっ……!?」
「『ロックスネーク』ですね」
『ロックタートル』は、甲羅の表面に岩石を貼り付け、獲物が接近すると首を伸ばして捕獲する亀の魔物で、『ロックリザード』と『ロックスネーク』もだいたい似たようなものだ。蜥蜴と蛇である。
「――落石だ! 避けろ!」
「いえ、『ローリングストーン』です。避けても追ってきますよ」
「破壊だ、破壊!」
名前そのままに、ひたすら転がって追いかけてくるという石の魔物『ローリングストーン』などなど。
擬態中は本当に岩石そのものにしか見えず、植物系よりも気配が薄いため、ルーミーの〈鑑定〉が大活躍だった。
「これ、上るのかぁ……」
なだらかな場所などほとんどない山岳地帯だが、いま一行の前にあるのは崖と呼んで差し支えのない急勾配。とても足だけでは上れないだろう。
「避けては行けないのか?」
「迂回すれば多少落ち着いた感じの道があるけれど、その先で似たような地形になっているから、時間がかかるだけで苦労は同じよ」
ヴィンスの問いかけに、乃詠は〈マップ〉を確認しつつ答える。
「そうか。なら行くのは最短だな」
「でも大丈夫、私に考えがあるの」
そう言って乃詠が実行したのは、偽装した聖結界による階段の作成だった。
上ることに変わりはなくとも、不安定な岩の足場よりは圧倒的にマシだし、手がふさがらないから不測の事態にもしっかりと対応できる。
「いいかげん慣れたけど、相変わらず想像の及ばない人にゃん」
嘆息するアビーの横で、感心する神官騎士がいる。
「僕らは固定観念に囚われていたんですね。バリアを守るものとしか見ていませんでしたが、考えてみればいくらでも応用が利くんだ」
「バリアはけっこう汎用性高いですよ。すごく便利です」
「僕もやってみます。……あぁ、けっこう難しいですね。それに、MPの消費量も通常より多い……」
「強いイメージが大事ですよ」
なんて、突然レクチャーが始まったりもしたが、ともかく一行はバリアの階段を上って行く。――と、そのとき。頂上の岩が突然崩れ、落ちてくる。
「ノエのバリア階段さまさまだな! 両手が自由に使える! 砕くから後ろの奴ら気をつけろよ!?」
「あ――駄目です!」
ルーミーの忠告は一足遅かったようだ。
岩を真っ二つに切り裂いた先――本命の敵がそこにいる。
「その落石、『フォールンキャット』が乗ってます!」
長い爪の生えた猫のような生き物が、にやりと嗤って肢を振り上げる。
だが紙一重、本能レベルの回避でもってかわし、逆に切り伏せるのだった。
「っぶねー! なんだこいつ、落石に乗ってくるとかズリぃだろ!」
ターゲットが回避すれば、それで安心した隙をついた不意打ちの攻撃。破壊を選べば選んだで、そのまま正面から攻撃するという二段構えなのだ。
岩に乗っている前提で身構える必要があるのだが、しかし落石すべてに乗っているわけではない。
無駄に神経を使わせる、なかなか狡猾な魔物なのだった。
階層を下りると、後ろ肢が発達していてとにかくジャンプ力のすごい山羊型の魔物『ジャンピングゴート』や、鎧のように岩石をまとった熊型の魔物『イワグマ』なんかも現れ。
ちょいちょい小さなピンチやトラブルはありつつも、乃詠たちがいて大事になるわけもなく。
地形が地形ゆえに体力の消耗が大きいため、休憩の回数が多くなったりもしたけれど――二十層まで続いた山岳地帯をなんとかクリア。
フロアボスは、Dランクの『アーマーリザードマン』が五体と、それらをスキル〈統率〉によって率いる上位種『アーマーリザードマンリーダー』だったが、やはりこれも難なく撃破して、一行は次層へと進む。