1章9 万能聖女、デンジャラスな魔物たちの洗礼を受ける4
(……歌恋は大丈夫かしら)
この世界にともに召喚された、血のつながった実の妹。身内。この世界での、真の意味での唯一の寄る辺――なのに、乃詠が悪魔だと誤解されてしまったがゆえに離れ離れになってしまった。互いにひとりになってしまった。
『カレン様はノエ様の妹君で、同じく聖女として召喚された方ですね』
『えぇ、そうよ――って、なんであなたがそれを知ってるのよ?』
あまりにも自然に訊き返されたので、うっかり流してしまいそうになった。
乃詠が異世界から召喚された聖女であることは、乃詠自身が明かしたのだから知っていて当然だが、しかし歌恋のことは一言も口にしていない。
伝えていないことをナビィが知っているのはおかしいのだ。
『ステータスの称号欄を確認された時点で、カレン様のこの世界での立場は確立されています。異世界から召喚した聖女なうえに、古の大聖女と同じく二つの固有スキルを所持していますからね。国としては重宝せざるをえません』
『ちょっと。なんで歌恋のこと知っているのかって。しかも称号のことまで』
『ノエ様も説明されたと思いますが、聖女はこの世界にとってなくてはならない存在です。その身は手厚く保護され、決して害されるようなことはありえません。特別な力を有する召喚聖女ならばなおのこと』
『ねぇ、私の声、聞こえてる? ねぇ、ナビィさん?』
『女神アフィリアンテの聖域たるファライエ聖皇国であればこそ、他国よりもよほど丁重に扱われることを、ワタクシからも保証いたしますよ』
『…………』
頑なにも華麗なスルーを決め込まれてしまったので、これ以上の追及は無意味だと悟った。それにまぁ――なんとなく想像はつく。
(大方、記憶共有とかそんなところでしょう。相手は私の中にあるスキルだし)
『さすがはワタクシのマスター。そのとおりです。ノエ様のことなら何でも存じ上げておりますよ。ノエ様検定一級です』
『そんな検定、あったら嫌だわ』
推測を思考に乗せた途端、あっさりと認めた。
開き直った、と言ったほうがいいのだろうか。
『記憶もだけど、思考のほうも全部、筒抜けってことなのね。ところでナビィ、プライバシーって言葉、知ってる?』
『もちろん存じておりますよ。ですが……これは仕方のないことであり、不可抗力なのです。これがワタクシの仕様ですから。ただの疑似人格として作られたワタクシには、どうすることもできないのですよ』
しおらしさを漂わせて弁明するナビィだが……それがどこか白々しく聞こえるのは、乃詠の心が歪んでいるからなのだろうか。
本当に不可抗力なのかどうかは、乃詠には判別のしようもない。
だが、言っても今更だ。記憶はもう全部見られてしまったあとのようだし、思考が筒抜けなのもさして不都合があるわけでもない。
それよりも――
(ナビィって、本当に〝ただの疑似人格〟なのかしらね)
疑似人格――乃詠としては、だいぶ科学技術の進んだ未来の超高性能AIとかそんな感じの認識なのだが、それにしたって人間くさすぎやしないだろうか。
まぁ、物語のSFモノで人間と遜色ないAIが出てくる話もあるし、スキルなんかはこの世界特有の、原理が不明な超常的なものだから、別におかしなことでもなんでもないのかもしれないけれど……
(何か違う気がするのよねぇ。何がってのは私自身、よくはわからないのだけど)
この世界に実在する人間がどこかから、それこそ〈念話〉とかそんな感じのスキルを使って話しかけてきている、と言われたほうがまだ納得できる。
(ま、ナビィが疑似人格でもそうじゃなくてもなんでもいいわ。そんなことより歌恋のことよ)
『そんなことだなんてひどいです。傷つきます』
『そういうことは傷つく心を持ってから言ってくれるかしら』
ただの疑似人格だと言っておきながら調子のいいことだ。
『先ほどのワタクシの話を聞いてもまだ心配なのですか?』
『当たり前じゃない』
乃詠と歌恋の姉妹は、容姿だけでなく性質も真逆だ。女の子らしくなく図太い乃詠に対し、歌恋は女の子らしく繊細。ゆえにこそ、二人は元の世界でも別々に暮らすことになった。――だから。
『だって、勇者と一緒に戦場に立つことはないにせよ、魔物とは戦わされるのでしょう? あの子、動物はあまり得意ではなかったはずなのよ。それなのに普通の動物なんかより恐ろしい魔物となんて……そういえば、グロ耐性もなかったんじゃないかしら……あぁ、本当に心配で心配でたまらないわ』
個人のレベルやスキルのレベルを上げるためには、魔物を倒して経験値を獲得する必要がある。
聖女としてのお役目がある以上、最低限、スキルのレベルは上げなければ使い物にならないし、個人レベルを上げて相応のMP量も確保しなければならない。
スキルのレベルに関しては、スキルを使用すれば上がるのだが、ただ使用するだけでの上昇値は微々たるもの。戦闘系に属する武技・補助・支援スキルは特にそれが顕著で、チリツモにしたってあまりにも効率が悪すぎる。
個人レベルも同様だ。ただ生きているだけでも日常活動で多少は上がるが、せいぜい5~10レベルまで。それ以上は戦闘でしか上げられない。
原理は不明だが、スキルを実戦で使い他の生物を殺すことが、レベルアップへの近道なのだ。
『その件についても、ロレンス皇子が言っていたではないですか。レベル上げを行う際には、神殿付きの聖女の近衛――聖騎士が大量に護衛につき、大事に守られたうえで、聖女本人は瀕死の魔物にとどめを刺すだけだと』
戦闘で得られる経験値は、これまたゲームみたいに与えたダメージ量に比例して多くなるが、相手にとどめを刺した者――いわゆるラストアタッカーには少しばかりのボーナス的なプラスがある。
それを大いに活用するかたちで、聖女の育成には、瀕死かつ動けなくした魔物にとどめを刺すだけの、安全かつ楽々なパワーレベリングが行われるのだ。
『グロ耐性の有無は特に問題にはならないでしょう。とどめを刺すだけなら目をつぶってでもできますしね』
『まぁ、そうね……』
『聖騎士の選抜は通常の騎士以上に厳しいそうです。すなわち、聖騎士はいずれも精強であるということ。妹様をしっかりと守ってくれるはずですから、何の心配もいりませんよ』
『それはわかっているのだけど……』
シスコンな姉としては、しつこいと思われようとやっぱり心配なのだ。頭ではわかっていても、心が受け入れてくれない。
なにせここは、知り合いどころか顔見知りすらいない、文化も常識も何もかもが異なる異世界――シスコンに心配するなというほうが無理だろう。
『ノエ様は、本当に妹様のことが可愛くて仕方ないのですね』
『逆に血のつながった弟妹を可愛く思わない兄姉のほうが、私からすれば信じられないのだけどね』
『ですが、過度な心配は余計な反感を生みますよ』
『うっ……わ、わかってるわよ……』
嫌っている奴に過剰な心配をされることほど鬱陶しいこともないだろう。
『そんなに妹様のことが心配なら、ファライエ聖皇国に戻るという選択肢もありますね。ステータスが正常に表示されるようになった今のノエ様であれば、最初は相応の騒ぎにはなるでしょうが、すぐに誤解は解けるでしょう』
『それは……』
確かに――乃詠が追放されたのは、ステータスの表示がバグり、その化けた文字が一人の神官によって悪魔の言語だと断定されたことが原因だ。それでステータスの持ち主である乃詠が、イコール悪魔だと誤認されてしまった。
ステータスの表記が正常に戻った今、もう一度鑑定させれば、乃詠が聖女であることは一目瞭然。しかも聖女の固有スキルをコンプリートした、古の大聖女や歌恋の上をいく【万能聖女】である。諸手を挙げて受け入れてくれるだろう。
けれど、
『……いえ、やめておくわ』
少し考えてから、乃詠はそう結論を出す。
『ステータスのバグによる誤解とはいえ、ロレンス皇子たちに思うところがないわけじゃないのよ、私も。我ながら心が狭いとは思うのだけど』
『いえ、それは当然かと』
『歌恋のことは心配で心配で仕方ないけれど……よくよく考えてみれば、彼女にとっては私が側にいないほうがいいはずなのよね。ただでさえ聖女のお役目なんてものがあるのに、嫌いな私が常に近くにいたら、きっと余計なストレスを与えてしまうことになるわ』
『まぁ、そうでしょうね』
『……ちょっとは否定してくれてもいいんじゃない?』
『ノエ様の記憶を見る限り、事実ですから』
『もう……』
向ける相手の姿はないが、ついジト目になってしまう乃詠。
『最初は主人を全肯定する従者みたいな恭しい感じだったのに……あなた、そんなキャラだったの?』
『そのほうがノエ様好みかと思いまして』
『……変に畏まられるよりは、気楽でいいけれど』
しっかりと性格を把握されてしまっている。
記憶を共有しているのだから、当然といえば当然なのだが。